133 サンドボックス9
本土までの距離、約二〇キロメイル。全長は縦に三〇キロメイル、横に二〇キロメイル。空から見れば、縦に細長く、中央より上部分がくびれた形しているブロランカ島である。
だが、くびれた形から上――島の北部は魔物が定期的に湧く危険地帯につき、人の住める場所ではない。
島の南部には十の村と一つの港街がある。
村の平均人口は約300。
港街の人口は約1500。
約4500が子爵領ブロランカ島の全人口である。
そして、グスタブ=ソーントーンが彼等の未来の領主となる。
◇
ヒュッ! ヒュッ!
木剣の空を切る音が鋭く響く。
グスタブが一心不乱に剣を振るっていた。
頭に巻かれた包帯に血が滲む。
『なぜ、息子たちが死んで、お前が生きている!』
伯父の激情に任せて振るわれた一撃をグスタブは甘んじて受け入れた。
本当にその通りだと思う。
エーリッヒは賢く社交的な男だった。領主になれば、この島をさらに発展させていたことだろう。弟のディートハルトは兄に比べて少々内向的ではあったが、優しく、賢さは兄に勝るとも劣らない。いざという時の勇気は人一倍で、彼も良き領主となったことだろう。
(なぜ、守れなかった)
木剣を振るいながら考える。
(決まっている。俺が弱いからだ)
弱さは罪悪であることをグスタブは悟った。
罪人である自分が、なぜ、まだおめおめと生きているのか。
いっそのこと伯父の手で手打ちにしてくれた方が楽であった。
(いや、いっそのこと自分の手で……)
グスタブは剣を振るう手を止め、剣に写る自分の顔を見つめた。
そして、おもむろに剣を自分の首に――
ドカッ!
あてようとしたところで誰かに尻を蹴り上げられた。
ズザッ!
蹴られた衝撃で地面を転ぶグスタブ。
「!?」
振り返り見上げると、一人の淑女が扇を広げて立っていた。
「あなたは――」
「ご機嫌様」
グスタブの言葉を遮るように淑女が挨拶する。状況的にグスタブの尻を蹴り上げたのは彼女に間違いないはずだが、そんなことをしたと微塵も感じさせない立ち居振る舞いだった。
「……お久しぶりです。ソフィア様」
気まずい思いを抱え、土を払い立ち上がるグスタブ。
「ええ、久しぶりですね。グスタブ。86日と六刻ぶりでしょうか」
「……相変わらず素晴らしい記憶力で」
「訃報をお聞きしました。この度はご愁傷様です」
「……いえ、それはソフィア様こそ」
「所詮は親同士が決めた許嫁です。エーリッヒのことは嫌いではありませんでしたけど、我を失って泣き叫ぶほどではありません」
この人は相変わらずだなと、グスタブは心の中で笑った。
彼女の普段の言葉から冷酷な女性と思われがちだが、本当は誰よりも心優しい女性だとグスタブは知っている。
今も扇の向こうから、エーリッヒと何倍も長い時間を過ごしたあなたの方が辛いと、気遣わしげな視線を投げてきている。
「……両腕を骨折したそうですね」
「問題ありません。治癒魔術師殿に繋げてもらいましたから」
「それでも、数日は安静にしているように言われたのでは? それに頭から血が」
ソフィアはグスタブに近づくと、そっとハンカチを傷に押し当てた。
「問題ありません」
「ダメです。――」
静かだが、有無を言わせない口調だった。
「――死ぬのは許しません」
「!?」
「あなたが私のことを分かってくださるように、私もあなたのことを分かっているつもりです。私に二度も婚約者を失わせるつもりですか?」
「それはどういう――」
「父は私を貴方に嫁がせるつもりです。末長くよろしくお願いします。旦那様」
ソフィア・グラシア。
ブロランカ島に最も近い港街を本土に有する子爵家の第四令嬢であり、グスタブとエーリッヒの幼なじみである。
「弱ければ強くなればいいのです。これから二人で強くなりましょう」