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最弱スライム使いの最強魔導  作者: あいうえワをん
二章 ブロランカの奴隷
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132 サンドボックス8

「飛べぇ!! ソーントーン!!」


 シャーダルクが自分の所に必死の形相で駆けつけてくる。


 シャーダルクの背後には白い光の奔流。それに触れたものは分解、消滅していく。


 ディーグアントも。

 物見櫓も。

 傭兵達さえも。


 ソーントーンはその光に死を感じた。触れれば終わると。


 その時、ソーントーンの頭に過去の光景が過ぎ去った。


 自分の両親。

 伯父。

 従兄弟達。

 そして最後にソフィアの姿が脳裏に浮かび、ソーントーンは飛んだ。



 ― 十数年前 ブロランカ領主邸 ―


「グスタブ。精が出るな」


「伯父上」


 グスタブ=ソーントーンは素振りを止めて、敬愛する伯父に向き直った。


「息子たちにも見習わせたいものだ」


「いえ、自分には結局、これでしかお役に立てそうにありませんので」


 そう言うとグスタブは剣を掲げて見せた。


「ふむ。やはり【転移】スキルの発展はこれ以上、望めそうにないか?」


「はい、残念ながら」


 グスタブは気落ちして、そう言った。


 グスタブの【転移】で連れて飛べる人数は二人。重量にすればワイン樽一つ分までが限界である。


 しかも、これはワイン樽一つ分を持って何度でも【転移】できるというわけではない。


 一日分の制限である。


 自分以外の荷物を持って、何度か【転移】すれば、ワイン樽一つ分の重量を超えた時点で【転移】できなくなるのである。


 長い時間をかけて【転移】スキルを鍛えたが、ワイン樽一つ分以上はどうしても増えなかったのだ。


「ブロランカ島内外への輸送役として、お役に立てると思ったのですが」


「まあ、仕方がない。お前はお前で出来ることで息子たちを支えてやってくれ」


 そう言いつつも、伯父の顔は何処か安心したような表情をしていた。


 グスタブの従兄弟達は、スキルに恵まれなかったのだ。


 成人前に両親を亡くしたグスタブに伯父は良くしてくれていたが、やはり自分の息子達の方が可愛く、息子達のどちらかに領主の地位を引き継いで欲しいと思っている。


 グスタブが強力なスキルを持つと王家や領民から領主の地位にグスタブをという声が挙がりかねないのだ。


 王国貴族の相続制度は長子相続が基本だが、それ以上に重要視されるのがスキルの有無である。


 スキルは遺伝することが多い。王国と領地の未来の発展のために、有用なスキルを領主の血として残そうと考えるのは自然なことであった。


 だが、領主の地位を継ぐのはグスタブの本意でない。


 伯父の本心は分かっていたし、年下の自分に従兄弟達も良くしてくれた。


 彼等を押し除けてまで領主になりたいと思わなかったし、何より領主としての勉強を何もしていない。


 王国の中央や周辺の貴族達ともグスタブ自身に交流が無いので、明日、領主になれと言われても困ることになる。


 幸い、自分には剣の才があるらしい。


 武の家臣として、従兄弟達を助けるのがグスタブの嘘偽りない望みであった。


 ◇


 深夜、グスタブは妙な胸騒ぎで目を覚ました。


 枕元に置いていた剣を掴み、窓の外を伺う。


(何だ?)


 異変は無いように見える。だが、胸騒ぎが収まらない。


 グスタブは離れの外に出て、見回りをすることにした。現在、伯父は所用で王都に行っている。領主の留守を狙った盗賊か、それとも――。


「――――!!??!」


 悲鳴が闇を切り裂いた。


「!?」


 グスタブはすかさず声のした方――母屋へ走り出す。


(あの声は!? まさか!?)


【転移】をしたかったが、視界が悪く短距離転移はできない。転移したい場所を思い浮かべる観想転移も、転移先である母屋の状況が不明なので危険すぎる。


 焦るグスタブの目に、開け放たれた母屋の扉が目に入る。扉の前には首から血を流して倒れる使用人の姿があった。


 走る勢いを殺さず、そのまま屋敷に飛び込むと従兄弟達の部屋に向かった。


「エーリッヒ! ディートハルト!」


「グスタブ! エーリッヒ兄さんが!」


 ディートハルトが、エーリッヒの部屋の前で立ち竦んでいる。


 エーリッヒの部屋は血の臭いが濃厚に立ち込めていた。


 ベッドの上には首から血を流し、絶命しているエーリッヒがいた。


「ディートハルト! 俺の側へ来い!」


「どうしました!?」


 異変を察知した屋敷の使用人がランプを持って駆けつけてくる。


「来るな! 魔物だ!」


「え!?」


 プシュ。


 突然、使用人が首から血を吹き出す。


 信じられないようなものを見たような顔で使用人は倒れた。


 ガシャン!


 ランプの油が溢れ周囲を炎が照らすと、犬の姿をした透明な輪郭が現出した。


「やはり、不可視の恐犬(インビジブルドッグ)!」


 不可視の恐犬は姿が透明で、特殊な魔道具か魔術でないと視認できない。


 北の森から発生する魔物は二箇所の砦で押し留めているが、年に何回か魔物の侵入を許してしまう。


 恐らく、何らかの用事で外に出た使用人が母屋の扉を開けた瞬間に不可視の恐犬に殺された。


 そのまま屋敷に侵入し、寝ているエーリッヒを噛み殺したのだ。


「くっ!?」


 不可視の恐犬が、闇の奥へ姿を消す。


 この魔物は狡猾で自分の特性を熟知していた。まるで熟練の暗殺者のように人間を殺していく。


「ディートハルト。俺の側を決して離れるな」


 タタッ!


 四つの足が床を蹴る。


「!」


 ソーントーンが音のした方へ剣を振るう。


 だが、手応えがない。


 咄嗟にグスタブは左腕で首を庇った。


 そこに不可視の恐犬の牙が食い込む。


「!?」


 グスタブは苦痛を押し殺し、右手の剣を握りから剣身の中ほどに持ち替えて切っ先を不可視の恐犬に突き立てた。


(くっ! 浅い!)


 不可視の恐犬は剣を突き立てられてもグスタブを離そうとせず、強力な力でグスタブを振り回す。


 ダン!


 壁に叩きつけられた衝撃で呼吸が乱れるグスタブ。


 不可視の恐犬はグスタブの左腕を離し、グスタブの首筋に噛みつこうとしている。


 ガシャァン!


 そこにディートハルトから花瓶が飛んできた。


 不可視の恐犬に当たらなかったが、魔物の注意をグスタブから離すことには成功した。


「ぐっ! 逃げろ! ディートハルト!」


 すかさず、背を見せて逃げるディートハルト。


 だが、それは悪手だった。


 逃げるものを追う犬の習性により、魔物の注意は完全にディートハルトに移ってしまった。


 タッ!


 ディートハルトの後を追う不可視の恐犬。


 グスタブもまた剣を拾い、後を追った。


 噛まれた左腕は骨折でもしたか、ピクリとも動かすことができなかった。それでもグスタブは再度、不可視の恐犬の注意を自分に向けようと叫ぶ。


「こっちだ、犬っころ! 俺はまだ生きているぞ!」


 だが、不可視の恐犬は自分を襲ってくることなく、礼拝堂に着いた。大地母神の像が月の光を浴びて神々しく輝いていた。


「ディートハルト! 無事か!?」


 ディートハルトからの返事はなく、代わりに――


「グルルルルル」


 不可視の恐犬の唸り声が礼拝堂に響いた。


 魔物の強烈な殺気がグスタブを襲う。


 ターゲットを自分に変えてくれたようだが、ここで自分が死ねばディートハルトの命はない。


 グスタブは剣を構え、周囲に目を凝らす。


 相討ちでも不可視の恐犬を殺す覚悟だった。


 タタッ!


 四つ足が駆ける音。


 それは左、グスタブの動かない左腕方向からの襲撃だった。


 不可視の恐犬の牙が月の光に反射する。


 グスタブは咄嗟に剣を振るうが、間に合わないことが理解できた。


 不可視の恐犬の牙は剣が届く前にグスタブの首を噛みちぎる。


(それはダメだ! もっと速く!)


 後に"剣鬼"と呼ばれるグスタブ=ソーントーンの才能が開花した瞬間だった。


(【転移】!)


 グスタブの右腕を数十センチ先に転移した。自然、右手に握る剣も転移し――


 ザシュ!


 不可視の恐犬の牙が届く前に、その頭を切り飛ばした。


 ドサ!


 床に力なく倒れる不可視の恐犬。


 ガラン!


 同時にグスタブは剣を取り落とした。


 右腕がおかしな形に曲がっている。骨折したのだろう。


 だが、構わない。ディートハルトを守れた代償としては安い。


「ディートハルト。何処だ。返事をしろ」


 息絶え絶えで、礼拝堂を捜すグスタブ。


 首から血を流して倒れるディートハルトを見つけるまで、そう時間はかからなかった。

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