130 サンドボックス6
キキン!
右から振り下ろした斬撃と、それとほぼ同時に【運命の女】スキルの力によって発生した胴払いの剣撃も弾かれる。
一つの行動で倍の成果を得られるアシュターの【運命の女】スキルであるが、こと戦闘に至ってはオーソンとは相性が悪い。
【運命の女】スキルの効果は結果の倍取り。アシュターの起こした結果以上の成果は決して得ることができない。アシュターの剣撃が【全身武闘】によって弾かれれば、【運命の女】の剣撃も【全身武闘】によって弾かれるのだ。
だが、【全身武闘】スキルの弱点はわかっている。体力を著しく消耗することだ。
【全身武闘】スキルを解除する暇もなく攻撃を続けることで、オーソンの体力を消耗させる。そして、体力が尽き【全身武闘】スキルが解除された時こそ、オーソンの最後である。それに長い時間は必要ない。片腕、片脚を失って満足に動けない上、奴隷生活の粗末な食事では、全盛期の体力を維持することはできないはずだった。
だが、何度目かの斬撃を防がれた後、違和感を感じる。
オーソンがまるで体力を消耗しているようには見えないのだ。否、消耗はしているようだが、まだまだ余裕が見える。
おまけにオーソンはその場を動かず反撃してこない。その態度がアシュターをイラつかせる。この男には決してアリダを渡したくないと思った。
キキン!
さらに数度、斬撃を浴びせるが状況は変わらない。するとそこに――
「オーソン?」
全身を黒い甲冑に身を包んだ騎士が現れる。
「? アリダか?」
フルフェイスの兜を脱ぎ捨て、素顔を晒す。化粧気のなく、彼女以上の相貌を持つ美姫は山ほどいるだろう。だが、アシュターにとっては唯一無二の存在である。
その彼女が――自分には決して見せなかった顔と表情を見せ、駆けつけてくる。彼女の眼にはオーソンしか写っていないのは明白だった。
その時、アシュターの全身を炎が駆け巡った。そのように錯覚するほど、体が熱くなる。
後は無意識に体が動いた。
駆けつけてくるアリダの背後に周り、その背中を押した。
「あ!?」
アリダとオーソンの体が触れ合う。
アリダが弾き飛ばされていないことを確認したアシュターは、剣を刺し貫いた。
アリダの背中から、オーソンの心臓を目掛けて。
― 一年前 ブロランカ島北部地下 ―
「わからないな。なぜ、オーソンが負けて、むざむざブロランカに送られたのか」
グレアムと共に、ディーグアントの巣に侵入し間引きを終えた後のことである。
低い温度の湯が湧く地下の泉で汚れを落としていると、グレアムが唐突にそう聞いてきた。
「【全身武闘】だったか? ほとんど無敵じゃないか。ディーグアントの大群をものともせずに突き進んで、最後は女王の胸と腹に一発。むしろ、ディーグアントが可哀想に思えたほどだ」
グレアムの言葉にオーソンは苦笑した。
「それほど完璧ではないさ。強力なスキルは代償を必要とする。【全身武闘】の代償は体力だが、グレアムが来た頃には俺はほとんど【全身武闘】が使えなくなるほど体力が落ちていた」
「だけど、今ではほぼ全盛期の体力に戻っているんだろ?」
「ああ。半日はいける」
今のオーソンならブロランカの脱出は可能だろう。オーソンは今すぐ王都に向かいアリダに会いたかった。だが、それはできない。二の村の仲間達を置いていくわけにはいかなかった。
「当時もその体力があったんだろう? 正直、オーソンが自ら【全身武闘】を解除する以外に攻略法が思いつかない。持久戦にでも持ち込まれたのか?」
「いや、【全身武闘】の弱点をソーントーンにつかれた」
そう言うとオーソンは【全身武闘】を発動し、全身を金色のオーラに包んだ。
「【全身武闘】はこのオーラに触れたものを弾き飛ばす能力だが、実は敵味方を問わないんだ。何であろうが弾き飛ばす。あの時、ソーントーンは俺に向かってヒューストームを突き飛ばしてきてな。タイミング的に回避もできなかった。ヒューストームに怪我を負わせないためには【全身武闘】を解除するしかなかった。そこを後ろからズバッさ」
オーソンは手刀で自分の右腕と左脚を切る真似をした。
話を聞いたグレアムはしばらく考える素振りを見せると、「オーソンは変態と言われたことは?」
「は?」
唐突に訳の分からない質問をしてきた。
「戦場で変態とか、それに類する言葉を叫ばれたことはないか?」
「あるわけないだろう。何を言い出すんだ、突然」
やや、憤慨して答えると、グレアムはオーソンの全身を指さして、
「だろうね。もし、本当に『何でも』弾き飛ばすなら、オーソンの服も弾け飛んで、とんでもないことになっているはずだ。でも、そうなっていない」
指摘されたオーソンは改めて自分の全身を眺めてみた。確かに【全身武闘】を纏っている時に自分の服や鎧を弾き飛ばしたことはない。だが、それは――
「そういうスキルだからじゃないのか?」
「どうかな?」
グレアムは亜空間から手拭いを取り出すと、オーソンを向かって放った。
金色のオーラに触れた手拭いはパン!と弾け飛ぶ。
「発動前に身につけていた物は対象外。むしろ俺の一部と見做されるんだと考えていたんだが」
「でも、それだとそれが説明できない」
そうして、グレアムが次に指さしたのは地面だった。
「金色のオーラは足の裏にまで及んでいる。地面が弾き飛ぶ対象とならないのはおかしい」
「…………確かに」
「おそらく、オーソンは弾き飛ばさない対象を無意識に選択しているんじゃないか?」
「…………確かにそうかもしれない。昔から疑問に思っていたんだ。俺の先祖は護衛として身を立てたらしい。だが、護衛が何でも弾き飛ばしていたら、被護衛者にも危険だと。もしかすると、先祖は弾き飛ばさない対象を選択できたのかもしれない」
「オーソンの親から何か聞いていないのか?」
「いや、両親は流行病で俺が幼い頃に亡くなっているからな。だが、もし訓練で意識的に弾き飛ばさない対象を選択できるようになれば――」
「ああ、オーソン。君は本当に無敵だ」
―― 現在 ――
アシュターの剣が、オーソンをアリダごと刺し貫いた。剣身はアリダの背中に半ばまで埋まっている。
アシュターは自分がしでかしたことに総毛立った。剣を引く。だが、剣は半ばで折れていた。
貫いたと思ったのは錯覚で、実際は折れた剣でアリダの背中を突いていたに過ぎなかった。
ザス!
折れた剣の先が、庭園の木に突き立つ。
アシュターの前には、背中を見せるアリダと、その彼女を二本の腕で抱きしめるように立つオーソン。
「おまえ」
怒りの視線をアシュターに向けるオーソン。
アシュターの剣を左腕で叩き折り、【運命の女】の二撃目を失ったはずの右腕で防いだ。
「な!?」
さらに、オーソンは左脚を引き抜くような動作をする。すると、存在しないはずの膝から下が虚空から現れ、つま先まで完全な形の左脚が現出した。
「!?」
「アリダが幸せならば身を引こうかとも思ったが、気が変わった! おまえにアリダはやらん!」
オーソンの素の拳がアシュターの頬に突き刺さる。
「ブフォ!」
宙を舞ったアシュターはそのまま意識を失う。
アシュターが次に目覚めた時、松葉杖とフルフェイスの兜を残しオーソンとアリダは消えていた。
バキャ!
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
松葉杖を破壊する音とアシュターの慟哭が月夜に轟いた。