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最弱スライム使いの最強魔導  作者: あいうえワをん
二章 ブロランカの奴隷
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129 サンドボックス5

 ― 現在 アシュター・ジルフ・オクタヴィオ邸 ―


 王国の現国王ジョセフの第一子、アシュター・ジルフ・オクタヴィオは八星騎士筆頭にして、王太子である。


 だが、それらはいずれも過去の肩書きであった。


 妹のティーセに、オーソンとヒューストームが本当に裏切ったのか聞かれた時、わからないと答えたが、本当はわかっている。


 積み上がっていく有罪の証拠と証言。それは毒の皿であった。アシュターは尋問官と衛兵に供されるまま、それを口にした。


 捏造と偽造の匂いは感じていた。


 だが、心が求めていた。


 それをたいらげた後に得られるものを。


 そうして、アシュターは望むものを手に入れた。


 だが、代償は大きかった。


 "ゴブリンの子はゴブリン"


 アシュターに対する陰口である。


 それの意味するところは軽蔑する実の父に教えられた。


『臣下の妻を寝取ってこそ、君主として一人前である。よくやった。アシュター』


 実の息子に対する初めての褒め言葉は、アシュターを壊した。


 酒に溺れ、体を壊し、地位を失った。


 そうして、今、最後に残ったものさえ失おうとしている。


 ◇


 アシュターは庭に置かれた椅子に座り、月を見上げていた。


 美しいと思う。


 この美しい月を手に入れようとして破滅した愚かな王の童話がある。


 ある夜、月に恋した王はあらゆる手を尽くして、月を手に入れようとする。だが、それは不可能とわかると、国の民に空を見上げることを禁じた。手に入らないなら、せめて、その美しい姿を一人占めしたいと思ったのだ。


 だが、空を見上げることが出来なくなった民は、俯いて過ごすようになる。常に俯いて過ごすことを強要された民は徐々に活力を失い、やがて国力の低下を招く。最後には隣国に滅ぼされ、王は首を切られたという。


 今の自分と似通っているところがあるとアシュターは思う。


 童話の王と違い、心から求めたアリダを側に置くことは成功したが、彼女の心は手に入らなかった。


 罪悪感と失望から俯いて過ごした結果が今の自分である。


 そして、今夜、自分の首を切りにきた隣国の使者が訪れた。


 オーソン・ダグネル。


 庭の芝を残された一本の脚と松葉杖で踏みしめ、アシュターに近づいてくる。


「やあ」


 アシュターは一見、陽気とも取れるように手を振った。


 それに対し、オーソンは少し戸惑いの表情を見せる。


「? そのように気安く話しかけられる覚えはありませんが」


「? ああ、すまない。君のことはアリダから、よく聞かされていてね。おかげで、君のことを数年来の友人のように錯覚していた。何せ彼女は仕事の話以外ほとんどしないからね。唯一、私的なことを話すのが君のことだけだったものでね」


「……俺がブロランカに島流しになった後、すぐにアリダはあなたの護衛になったと聞いています」


「事実だよ。僕が当時持てる権力の全てを使ってそうした」


「そして、俺とヒューストームを陥れる陰謀に加担した」


「ああ、その通りだ」


「なぜ、そんなことを?」


「なぜって? それを君が聞くのかい? 君が旅に出ている間、アリダには何度も交際を申し込んだが、君という婚約者がいることを理由を断られたのさ。正妃という地位も約束した。だが、彼女はそれでも首を縦に振らなかったんだ」


「……初耳です」


「君にいらぬ心配をかけたくなかったのだろうね。彼女を愛したきっかけはスキルの代償によるものだが、今ではそんなもの関係なく、彼女を心から愛している」


 ◇


 正妃にすると簡単に言うが、言うほど易くはない。王国の貴族達が自分の娘や孫を正妃の地位につけようと、それこそ陰謀を日々巡らせているのだ。騎士爵の娘が、おいそれと付ける地位ではない。


 アリダが高位貴族の養女となり、そこから輿入れという道もないわけでないが、それでも側妃が限界だろう。


 正妃を差し置いて、王の寵愛を一身に受ける側妃。その側妃の後盾は、ほぼ皆無である。魑魅魍魎が跋扈する後宮に繋がれたアリダの幸せがオーソンには見えなかった。


「……アリダは?」


 彼女と話がしたいと思った。


「奥にいるよ。【気配感知】スキルでわかっているだろう。この屋敷に私と彼女、そして数人の使用人以外いないことを」


「……私が言うのも何ですが、無用心に過ぎるように思いますね」


 その言葉にアシュターは自嘲するように笑った。


「今の私に多数の護衛を割く価値はないのさ。なんたかんだで一人二人と減らされ、今ではアリダ一人だ」


「……そうですか。同情する気は起きませんが。彼女と話をしても?」


 流石に七年は待たせ過ぎだとオーソンは思う。とっくに愛想を尽かされていてもおかしくはない。


 アシュターは王太子という地位を失ったが、むしろアリダにとっては良かったのかもしれない。もし、彼女の今が幸せならば、オーソンは大人しく身を引くつもりであった。


「断る」


 そう言うとアシュターは傍に置いていた剣を抜いた。


「今のあなたと戦う気はありません」


 アシュターにかつての面影はなく、何らかの病に侵されているのは明白だった。


「片腕片脚の男に、この身を気遣われるとはな。心配せずとも貴殿の首を切り飛ばす余力ぐらいは残っている!」


 とても病人とは思えぬスピードでアシュターが切り掛かる。


 狙いは宣言通りオーソンの首。


 そして、もう一つ不可視の剣撃がオーソンに迫ってくるのを【気配感知】で感じる。


 回避不可と判断したオーソンはすかさず、【全身武闘】スキルを発動する。オーソンの全身が金色のオーラが包まれる。このオーラに触れたものを等しく弾く無敵の鎧。"重装"オーソンと称された姿である。


 キキン!


 アシュターの剣撃と、その剣撃をトリガーに発生した【運命の女(ファムファタール)】スキルによる剣撃は、いずれもオーソンのオーラに弾かれるのだった。

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