125 バルトリーフェン
「本音とは?」
「誤魔化すな、ヒューストーム。お前も、もうわかっているんだろう。あいつの正体を」
ヒューストームは酒を一口、口に含む。
「グレアムのことか? ふむ。一体、何を言いたいのかわからんのだが」
「いつまで、あの化け物に付き合うつもりなのかということだ」
「化け物とは酷い言い草ではないか」
「だが、事実だろう。あいつは十にも満たない歳で傭兵十一人を殺した奴だ。頭がおかしい」
「確かに少々、過激なところがあるが……」
「どこが少々だ。あんたも最初、弟子にするのは渋ったと聞いたぞ。奴の異常性を初見で見抜いたんじゃないのか。大賢者様よ」
「…………」
「だが、結局のところ、島から脱出するにはあいつの魔力に頼るしかない。あんたの魔力は封印されているからな。弟子にするのは苦渋の選択だった。違うか?」
「…………」
ヒューストームは何か考えるように酒を飲み即答を避けたが、リーは当たらずとも遠からずだと思っている。
やがてヒューストームは考えをまとめたのか、ゆっくりと答えた。
「確かにグレアムは敵には容赦しない。どこまでも苛烈で冷酷になれる。だが、味方にはトコトンまで優しい。それで充分ではないか?」
それにはリーも同意せざるを得ない。グレアムがムルマンスクで凶行に及んだのは孤児院の子供達を守るためだった。グレアムが動かなければ早晩、孤児達は行き場を失い良くて奴隷、最悪、魔物達の餌となっていたことだろう。
「あやつ一人ならば、どうとでも生きられる。孤児院を追い出されようが、奴隷にされようが。だが、他の者はそうはいかぬ。皆、グレアムのような才はないのだ。グレアムは自分の懐に飛び込んできた者には、是が非でも守ろうとする」
「俺が心配しているのはまさにそれだよ。懐に飛び込んできた奴を守ろうとして抱き締め殺すんじゃないかってな。
一つ、昔話をしよう。
ある村に二人の兄弟がいた。兄の方は『獣化』というスキルを持っていて、文字通り凶悪な獣に変身するスキルだ。鋭い爪と牙を生やし、村を襲ってきた魔物や盗賊を何度も返り討ちにした。
そう聞くと兄はさも勇ましい人物だと思うかもしれんが、実際は真逆。普段は心優しい男で、争い事なんか大嫌いって奴だった。
そんな男が何をとち狂ったのか傭兵になると言い出した。村の連中はこぞって止めたが、兄は頑固だった。結局、村を出て、そこそこ大きな傭兵団に所属した。まぁ、戦闘系スキル持ちだ。兄は歓迎されたさ。
でだ、直後にその傭兵団はとある戦に参加した。
色々あったが、結論だけ言うと大負けした。
その傭兵団にとっては地獄の撤退戦の始まりだ。敵地深くに入っての侵攻戦だったからな。敵の騎士に追われ、飲み食いも寝ることもできず、糞や小便さえ垂れ流しで、ひたすら安全地帯を求めて走った。
その最中、兄はひたすら戦った。騎士が追いついてこれば馬ごと引き裂き、敵が道を封鎖していれば単身乗り込んでバリケードをぶち破った。『獣化』を解く暇もなかった。獣の姿で、三日三晩戦って走って、また走って戦った。
…………後から知ったことなんだが、『獣化』のように変身するスキルは長時間の使用は避けた方がいいらしい。
長くその姿でいると、心もまた変わっちまう。外見に準じてな。
兄も例外じゃなかった。
逃げ回る最中でも戦いを楽しむようになった。嬉々として敵を切り裂くようになった。
そして、一緒に逃げていた仲間まで手にかけた。
あれは、森の開けた場所で小休止をとっていた時のことだ。皆、流石に限界だったんだ。
泥のように眠って、騒ぎで目を覚ませば地獄だった。あたり一面は引き裂かれた仲間の死体でいっぱいだった。
兄がやったことは明白だった。死体が散乱する中で明らかに理性を失っていた。
生きている存在は獣化した兄の他に一人だけ。その最後の一人に兄は飛びかかった。
悲鳴を上げて抜いた剣は兄の胸を貫き、何故か兄の爪は横を擦り抜けていた。
振り返れば生き残りはもう一人いて、そいつがおれ――弟を殺そうとしていた。
『大丈夫か? バルトリーフェン』
弟の剣に貫かれたまま、兄はそう言った。
それで弟は理解した。脚を負傷して足手まといになった弟を、一緒に逃げていた仲間が殺そうとしていたんだと。
思えば兄が傭兵になると言い出したのも、傭兵になった馬鹿な弟を心配してのことだった。
兄は胸に剣が刺さったまま、弟を抱き抱え安全な場所まで運んだ後、息絶えた。
…………長々と話して何が言いたいかと言うとだな、結局、どんな姿になっても人間の本質は変わらないってことだ。
兄が凶悪な獣の姿になっても、弟を思う優しい心を持ち続けたように。
…………俺にはな、グレアムが人の皮を被った化け物のように思うんだ。人の姿で人の世界で生きたことで、人としての振る舞い方を学んだ。だが、結局、その本質が化け物ならば、いずれ徹底的な破滅が待っているんじゃないか。
俺はそう懸念している」