124 化学プラント27
「ジャックス、待たせたか?」
ヒューストームの陽動部隊と、ジャックスの救出部隊はブロランカ島北西部の浜辺で合流していた。
「特に待ってねぇよ。一の村の連中は全員救出済みだぜ」
「ふむ。説明は終わっておるな?」
「ああ。だが、連中、半信半疑だぜ」
「ならば、百聞は一見に如かずじゃ」
ヒューストームはグレアムから預かったロックスライムを取り出すと両手に持った。
そのロックスライムは奇妙な形に擬態していた。左に十字の形をした出っ張り、右にBとAと書かれたボタンがある。
それをヒューストームは上上下下左右左右BAと親指で押した。
「あの時はマッドサイエンティストと揶揄したが、ワシには過ぎた弟子じゃよ」
船を奪おうと港街に攻め入れば、兵士だけでなく多くの犠牲が出た可能性がある。
だが、無辜の民の血を流すことなく脱出できるのはグレアムのおかげである。ディーグアントのフェロモンを突き止めただけでなく、そこからさらに研究を進めた結果、ディーグアントを直接的に操れるようになったのだ。
背後の森が騒がしくなり、そこから大量のディーグアントが現れる。その一体一体に毒スライムを頭部に埋め込んでいる。
ディーグアントは恐れ慄く獣人達には目もくれず、浜辺に集まるとお互いに手脚と大顎を絡めあった。
密に繋がりあい、繋がる場所がなくなれば胴体に噛み付いて絡みつく。そうしてディーグアントの集合体は大きくなり、最終的に直形五〇メイルほどの物体が浜辺に出現した。
ディーグアントのイカダの完成である。
魔物は魔物を襲わない。その原則に従い、海の魔物はディーグアントを襲わない。そしてディーグアントに乗っている人間も襲わなくなることは確認済みである。
一刻後、二の村の住民二八名と一の村住民九五名、そこにリーを加えた一行は洋上に浮かんでいた。
◇
リーはディーグアントの背中を何度か踏みつけてみた。リーもまた、説明を聞いただけで本当にこんなことが可能なのかと半信半疑だったが、なるほど、多少の海水が足元を濡らすがイカダとしては充分な出来である。
「あまり端に近づかん方がいい。姿を見せればアイアンフィッシュが飛びかかってくるぞ」
そうヒューストームがリーに警告する。獣人達も同様の警告を受けているのだろう。身を寄せ合うようにイカダの中央に集まっていた。
「問題ねぇよ。俺のスキルは『危機感知』だ。それよりも、やるのはちと早すぎるんじゃないか?」
ヒューストームは干しイカを肴に酒を飲んでいた。
「もうできることはないからな。後はイカダが対岸に流れ着くのを待つだけじゃ」
「だからといって何もこんなところで」
「ヌシも一杯やるか?」
「…………もらおう」
リーもまたいける口である。
なみなみと注がれた盃を一気に煽ったリーは声をあげた。
「うまいな」
「じゃろう?」
「どうやって手に入れたんだ?」
「密造した。グレアムが」
「……もう何でもありだな。あいつは」
生贄奴隷という特殊な環境に置かれていたとはいえ、その天衣無縫ぶりに呆れるリー。
密造酒も魔銃も、一奴隷ができる所業ではない。特に蟻喰いの戦団だ。
よく訓練されているとリーは思う。これだけの統制は正規の騎士団にも匹敵する。
正規の騎士であったオーソンが訓練の監督をしたというが、それだけでここまでの統制を見せられるものであろうか。子供もいるのだ。
二の砦を襲撃した時も、彼らは落ち着いていた。
ディーグアント相手に実戦を繰り返したと聞いているが、それでも人間相手となると体が固まることがある。
だからこそ、リーは真っ先に魔銃を撃ったのだが、そんな心配は杞憂の如く、冷静にかつ、冷酷に処理していった。
特にミリーという少女がやばい。リーは最初の一発以降は後ろから監督していたが、ミリーが<炎弾>を外すことはなかった。それどころか、突撃してくる傭兵の中から危なそうな奴を選んで狙撃する余裕すら見受けられたのだ。
正確にカウントしたわけではないが、おそらく彼女一人で四十人近くは屠っているのではないか。
一人殺れば手柄、二人なら大手柄の傭兵稼業では破格の数字である。
そのミリーは今、離れたところで他の仲間たちと島の方を見ている。残してきたグレアムを心配しているのかもしれない。
「心配なんかいらんだろうに。竜大陸に一人放り込んでも生還しそうな奴だからな」
「違いない」
リーの独白にヒューストームが笑って答えた。
「で、結局、あいつは何で島に残ったんだ?」
「功利主義のためかの」
「何だそりゃ?」
「最大多数のための最大幸福のために、少数を犠牲にする」
「……もう少しわかりやすく」
「つまりじゃな――」
説明を聞いたリーは戦慄した。
「マジかよ」
「大マジじゃよ」
「よくそんな無謀なこと認めたもんだな」
「グレアムが強く望んだのじゃ」
「だからといってもな」
「お前さんも言っておったではないか。今のあやつならどんな場所からでも生還すると」
「まあ、そりゃそうなんだが」
「ワシの知っている知識は全て教え込んだ。魔術式も含めてな。万が一を考えてオーソンもいる。問題ないじゃろう」
リーは周りを見渡した。近くに他の人間はいない。声をひそめれば、聞かれることはないだろう。
「いい機会だ」
リーはイヤフォンマイクを外した。
「ちょうどこのイカダは島からも大陸からも二キロメイル以上離れている。あいつに聞かれることもない」
「ふむ?」
「本音を聞かせてもらおうか」