114 化学プラント18
「はぁっ! はぁっ!」
森の中をジャックスが駆け抜ける。滴る汗も拭わず、その顔は恐怖に歪んでいた。
(殺される! 殺される!)
恐怖と疲労で足がもつれ転びそうになる。だが、必死に踏ん張り足を前に出す。一歩でも前に。もし、足が止まればあの鬼がくる。
(そうだ! あの鬼に――グレアムに殺される!)
―――― 三時間前 ――――
「では約束通り、皆に出していた課題の成果を見せてもらおうか」
グレアムは二の村の住民全員を前にそう通告した。
「課題?」
ジャックスが惚けた顔で返す。
「お前たちに最低でも五体以上のスライムと仲良くしてもらう。まさか、忘れていたのか?」
グレアムの計画の要はスライムである。だが、スライムは怖がりだ。滅多なことではスライムは人間に近づこうとはしない。
そこで、グレアムは二の村住民を雇った時に課題を出した。それが村や森にいるスライムと仲良くなることだった。
スライムと仲良くなることはグレアムがいればさほど難しくない。グレアムが最初に一体だけ一人ずつに貸し与える。そのスライムを撫でたり、食事を与えたりしていれば他のスライムも寄ってくる。後はその寄ってきたスライムも同じように可愛がってやればいいだけである。
ちなみに汚物処理をするグレートスライム(便所を司る神を徳の高い神様として敬う日本人の精神性を残すグレアムは彼らをそう呼んでいる)は衛生上の理由からグレアム以外の人間に近づかないよう厳命している。
「あー、大丈夫。覚えてる。覚えてる」
ジャックスが軽い感じで応じる。
「ならいい。じゃあ、早速、スライムを呼んでくれ」
「呼ぶ!? あいつら呼べば来るの!?」
グレアムはため息を吐いた。これは、期待薄かもしれない。そんなことも、わからないなんて。仲良くなるということは、スライムのことを理解するということでもあるのだから。
「師匠。お願いします」
「うむ」
頷くとヒューストームはパンパンと手を叩いた。
すると何処からかタウンスライムとフォレストスライムが湧いて出てくる。その数は三百体以上。スライム達は寄り集まって長方形の形になる。
その上にヒューストームは寝転んだ。
「うーむ。極楽、極楽」
ヒューストーム満足顔で呟く。このまま寝入ってしまいそうだった。
ウォーターベッドならぬスライムベッドである。硬い寝台に腰が痛いと嘆くヒューストームを見かねたグレアムが考案したものだ。
ちなみにグレアムはスライムに一切命令していない。ヒューストームのベッドになってもいいというスライムを募集したところ、この数が集まったのである。
「スライムと仲良くなれば、こんなことも可能だ。では、見せてもらおうか」
こうして、仲良しスライムお披露目会が開催される。
オーソンは二百体。ドッガーは百体。ミリーは六十体ほどである。ヒューストームを入れてベスト四はこの四人となった。後は、老年組の老人達と年少組の子供達を中心に二〜三十体とまずまずの結果である。
お披露目を終えた住民はスライムベッドの魅力に心打たれ、新たな仲間を得るために村に森にと散っていった。
「で? お前たちのスライムは?」
元不具者組を中心に十名弱がスライムを呼び出せずにいた。
「あー、どうしたんだろうな? いつもなら呼べばすぐ来るんだが」
ジャックスはバツが悪そうに頬を掻いた。
「ふん。バカバカしい」
そうジャックスの隣で毒づいたのはヘンリクという少年だった。
「なぜ、俺たちがスライムなんぞの下等生物と仲良くしなければならんのだ」
「……下等生物?」
グレアムの発する声が一段低くなった。
「そうだ。お前はスライムに命令できるのだろう。ならば俺たちに従うように命令しろ」
「……前に説明したはずだ。スライムは臆病な生き物だ。信用できない相手の傍ではパフォーマンスを充分に発揮できない。だから、スライムにお前たちを慣れてもらう必要があると」
「そんな能無し、さっさと殺してしまえばいい」
「……なるほど。ちなみにここにいる連中はヘンリクと同意見と考えていいのか?」
「え? そりゃ、殺してしまえとまでは思わないけどよ、楽に使えるならそれに越したこたはないわな」とジャックス。
他にも汚いから触りたくない、臆病者なんかと仲良くするなど冗談ではないと、スライムに対する否定的意見が多く出る。
黙って聞いていたグレアムは一通り出尽くしたところで口を開いた。
「君たちの意見はよくわかった。とはいえ、一度、決めた方針は簡単には変えられない。だから、そうだな。俺とゲームをしよう」
「ゲーム?」
「簡単な鬼ごっこだよ。今から四時間、一人でも俺に捕まらず逃げ切れればお前たちの勝ちとしよう」
「そうすりゃ、俺たちの提案を飲むと?」
「副賞もつけようか? そうだな、何でも好きな物をペル=エーリンクに注文してもいい」
「マジかよ!?」
色めき立つジャックスたち。ところがヘンリクだけは不満顔だった。
「それだけじゃ足りないな。俺が勝ったら何でも言うことを聞け」
「おいおい、ヘンリク。いくら何でもそりゃ――」
「構わないさ。いいとも、何でも言うことを聞こう」
「グレアム!?」
「問題ない。スライムより遥かに劣るお前たちに俺が負ける道理はない」
「……おい、グレアム。いくらなんでもそりゃ言い過ぎだぜ」
「事実だから仕方がない。お前らはただのゴミムシなんだから」
「……そこまで言われちゃ仕方がねぇ。だが後悔するなよ。走りに関しちゃ俺はスキル持ち以外で負けたことがないんだからな。せいぜい吠え面かくなよ!」