106 化学プラント12
「師匠、お待たせしました」
北の森から戻ったグレアムはヒューストームが一人で寝泊まりしている粗末な小屋に入る。
ヒューストームが座るテーブルの上には種々の鉱物が広げられていた。
「こちらもちょうど終わったところじゃ……。これがアダマンタイト。こちらがミスリル。で、これが恐らくオリハルコンじゃろう。他はわからん」
海水から分離・抽出した鉱物の中には、グレアムではわからない物が含まれていた。そこで見聞が深いヒューストームに鑑定を依頼していた。
「アダマンタイト、ミスリル、オリハルコン。それって貴重品ですか?」
グレアムは聞きなれない鉱物名に疑問を発する。中村から勧められて読んだ異世界物の小説に出てきたような気もするが、地球ではそんな元素名を持つものなど無かった。
「金より貴重品じゃな。過去にはミスリルが取れる鉱山を巡って大戦争が起きたこともある」
「そうですか。それなら当面、資金に困ることは無さそうですね」
グレアムは聖国へ脱出後、ニの村住民全員の平民身分購入を約束している。さらには今月から給与の支払いもする予定だった。その額は元不具者組のジャックスが衛兵の時に貰っていた額の三倍。年少組、老年組は二倍である。金はいくらあっても困らなかった。
「当面どころか一生遊んで暮らせるわい」
「ええ。ですが、それは不可能でしょう」
「…………」
グレアムは海水から抽出した希少金属のことをフォレストスライムの頭文字を取ってF資金と呼ぶことにした。
F資金のことを知られれば、何としてもグレアムを手に入れようとする存在が出てくるはずだ。場合によっては殺そうとすら考える存在がいてもおかしくはない。
無論、グレアムも公表するつもりはない。だが、秘密はいずれ明らかになる。特に金という万人の興味を引きつけて止まないものに関しては。
その時に、グレアムの身を守る組織が必要だった。この世界でグレアムがグレアムとして平穏に生きるために。
「…………」
「……師匠?」
無言で杯を傾けるヒューストームに違和感を覚えるグレアム。
「……ひょっとして、怒っています? 俺がみんなに無断で酒を振舞ったことを?」
「ふん。ワシがそんな狭量な小人物に見えるか?」
「はい」
「ぐふぅ!」
弟子の素直な言葉にダメージを受けるヒューストーム。
「……違うんですか?」
「ち、ちがわんけど……、こう、何というか言い方っちゅうもんがあるじゃろうが」
「師匠は酒に関してはダメな人ですから」
「うぐぐ」
弟子の指摘に多少の自覚はあるヒューストームは言葉に詰まる。
「ですが安心してください、師匠。師匠の分の酒は確保してあります」
「何?」
ヒューストームはグレアムが作った酒の総量は把握しているつもりだった。今夜、盛大に振る舞ったことで、今、手元にある酒以外は尽きたはずだ。だから、ヒューストームは名残惜しんでチビチビやっていたのだ。
疑問を覚えるヒューストームに構わず、グレアムはテーブルの上に数匹の毒スライムを置いた。黒地に赤の見た目からして毒々しい。
グレアムは空いた杯の上に毒スライムを置くと何かを命じたようだった。
しばらく見ているとスライムの表面に透明な無数の雫が浮かび上がってくる。雫はスライムの丸い表面を滑って杯の底に落ち、瞬く間に杯が満たされる。
「さぁ、師匠。どうぞ」
「え?」
「え?」
「………」
「………」
「いや、これ毒スライムが出した液体じゃろ?」
「そうですが……」
それが何かと言わんばかりの弟子の様子にヒューストームは正気を疑う。
「ま、まさか!? おぬし! F資金の秘密を知っておるワシを亡き者にせんと――」
「何をバカなことを言ってるんですか? 早く飲んでください。もったいないでしょう。折角、作ったんですから」
「いや、待て! 毒スライムの毒は七転八倒の苦しみを味わうと聞く! せめて楽に死ねる方法で――」
喚くヒューストームを無視して、グレアムは杯をヒューストームの口元に近づけた。
すると芳しい匂いがヒューストームの鼻孔を刺激する。
「!? これは!?」
恐る恐るヒューストームは舌先で舐めてみる。
「!?」
さらには杯を傾けゴクゴクと飲み出した。
「どうなっとるんじゃ!? 間違いなく、これは酒じゃ!」