103 化学プラント9
二の村の食事は一日二回。全員が食堂に集まって砦の傭兵が運んできた物を食べる。
生贄奴隷が食材や調理器具を持つことは禁じられていた。ディーグアントを引きつけるカダルア草と、麻痺させる竜吠草を奴隷達に摂取させるためだ。
今日最後の食事のメニューはオートミールの粥。オートミールは栄養価が高いことで近年の日本でも健康食品として注目されていたが、オートミールそのものは決して美味いものでもない上に、傭兵が運んできたそれは調味料をケチっているせいか味が薄く喜んで食べたいものでもない。それが毎度のことであればなおさらである。
元衛兵のジャックスはいつものように憮然として機械的に匙を口に運び――
「!? 美味い!?」
思わず声を上げた。
「は? 何を言っておるんじゃ? そんなわけ――、味がある!」
彫金細工師のドッガーも声を上げた。
それを機に食堂のあちこちから美味い美味いと声が上がる。
さらには、
「こりゃ酒か!?」
老年組、元不具者組の飲み物にはりんご酒が振舞われていた。
酒が飲めることなど滅多にない。新年や感謝祭などにソーントーンから振る舞われることはあるが、砦の傭兵が生贄奴隷にはもったいないと横領してしまうのだ。
いつもより美味い食事と酒に食堂の雰囲気が明るくなる。
そこにカンカンと甲高い音が鳴り響いた。
「食事中、すまない。食べながらでいいので聞いてくれ」
空の皿を叩いて皆の注目を集めたのはグレアムだった。
「いつものオートミールに俺が手を加えさせてもらった。その酒も俺が提供したものだ」
「マジかよ!? どうやって!?」
「うむ。酒などどうやって手に入れたのだ?」
ジャックスとドッガーが皆の気持ちを代弁する。
グレアムはヒューストームと酒造りに協力してくれた老人に一瞬、視線をやった。彼らは秘密を守り通してくれたようだった。もっとも、自分たちの取り分が減るのが嫌だっただけかもしれないが。ヒューストームは少し落ち込んでいるように見えた。
「酒は俺が作った。オートミールの味を調えた調味料もある特別な方法で手に入れたものだ」
「まさか? お前さんが酒など作っている様子などなかった」
「ああ。何せ小さな村だ。酒なんか作っていれば一発でわかる」
「本当に酒を作ったというのなら、材料や道具を何処に隠しておったんじゃ?」
「その答えはこれだ」
グレアムが何もない中空に腕を伸ばしたと思ったら、突然、指先から肘まで消失した。
「「「!?」」」
驚く二の村住民に構わずグレアムは腕を引くと、その手には甕があった。
グレアムはタウンスライムの持つ亜空間収納能力について説明した。
「こ、こいつらにそんな凄い力が!?」
「まるで魔道鞄のようではないか」
ざわつく住民達。彼らのスライムを見る目が変わったと思うのは間違いではないだろう。
「ただし、この力を使えるのは、現状、『スライム使役』スキルを持つ俺だけだ」
「ふむ。わからんな。ならば、なぜこの村にいる。その力を明かせば、どこの騎士団でも傭兵団でも重宝される。何せお前さん一人いれば兵站の心配をする必要がなくなるのだからな」
ドッガーの質問にグレアムは答えた。
「そうすれば、俺に自由は無くなる。いや、悪ければ命を狙われる可能性すらある。俺を手に入れた騎士団でも傭兵団でも、それに敵対する組織にとって、俺の存在は邪魔だ」
「ふん。手に入れられないなら、いっそのことってか。まあ、確かに奴等が考えそうなことではある。だがよ、何故、今、このタイミングで明かしたんだ? 手足を取り戻してくれた俺達不具者組はお前に感謝している。だからといって、お前を裏切らない保証はないんだぜ?」
ジャックスは包帯でグルグルに巻かれた左手を見せながら言う。ジャックスの左手が再生していることを隠すために包帯で隠しているのだ。
<再生>の魔術が使えるグレアムが村から連れていかれるのは二の村住民にとっても困る。ディーグアントの脅威は少なくなったとはいえ、未だに蟻たちの襲撃は続いているのだ。グレアムがいれば怪我を負っても助かる確率は格段にあがる。
「二の村のグレアムは<再生>の魔術が使える上に、亜空間収納が使える。奴隷からの解放を条件に、その情報をエイグにでも提供するか」
グレアムの言葉に住民達がざわついた。