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最弱スライム使いの最強魔導  作者: あいうえワをん
二章 ブロランカの奴隷
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102 化学プラント8

 打ち寄せては引く波。


 視線を上げれば水平線が眼前に広がる。


 海は異世界でも変わらないのだとグレアムは妙な感動を覚えた。


「あまり水際に近づいては危険です」


 突き抜けるような空の青さを惚けるように眺めていたグレアム。その背後に控えていたミリーがそんな忠告をしてくる。


「ああ。そうだな」


 グレアムは素直に後ろに下がった。きめ細かい白い砂が足の裏をくすぐる。コバルトブルーの海も合わさったその美しさは、地球ならば最高のバカンス地として賑わったことだろう。


 だが、それはこの世界ではありえない。なぜなら――


「シャァァァアアア!!」


 突如、海中から奇声を発し何かが飛び出してくる。


 魚の体に鋼鉄の牙を持った魔物――アイアンフィッシュがグレアム目掛けて襲いかかってきたのだ。


 シュ!


 ミリーの投げた投げナイフがアイアンフィッシュを貫く。


 砂浜に落ちたアイアンフィッシュは尾鰭で数度、地面を叩くとそのまま絶命した。


「ありがとう。助かったよ」


 ミリーに礼を言いつつ、グレアムはアイアンフィッシュを胡乱げに見つめた。


「……何かお悩みですか?」


「まぁ、ちょっとね」


 嘘だ。本当はちょっとどころではない。グレアムがこの島に来て半年、ヒューストームに弟子入りして二ヶ月経過している。だが、この島からの脱出の目処は未だに立っていなかった。


 当初、グレアムは海を魔術で凍らせることはできないかと考えた。スライム達の大容量魔力と大規模演算のゴリ押しで海を凍らせて大陸まで渡るのだ。


 だが、ブロランカ島は比較的温暖な気候にある。冬でも海が凍ることはないという。どうやら黒潮のような暖流が南から北に向かって流れているようだった。


 暖かい海を凍らせるには、どれだけ魔力があっても足りない。よしんば凍らせることに成功したとしても維持は難しい。


 さらにグレアムを悩ませる問題が魔物の存在である。人を見れば襲ってくる連中は氷ぐらい簡単に突き破ってくる。


 氷の上で魔物と戦わないといけない上に、冷えた海に落ちれば心臓麻痺だ。


 グレアムは早い段階でこの案を捨てた。だが、他に良い案が今のところ見つかっていない。


「……この世界にも船はあるんだよな」


 現にグレアムも船でこの島に連れてこられた。


「この世界?」


「いや、……この地域ではどんなふうに船を運用しているのかなって。ほら、海の中も魔物がいるだろう」


「ブロランカも他と変わらないと聞きます。足の速い大型の船で魔物に襲われる前に安全な港に逃げ込む。凪の日や漕ぎ手が充分に確保できない場合は出航を見送ることもあるとか」


「魔物と戦ったりはしないのか?」


「滅多にないと聞きます。戦っている間にもどんどん魔物が集まってきますし、海に落ちれば、まず生きて帰れません」


 つまり、島からの脱出には船は必須ということか。


(流石に船作りまでやった覚えはないな。あいつなら本気で習得していたかもしれんが)


 異世界転移部の中村優をグレアムは懐かしく思う。ただ、知識はあっても技術はない。仮にここに中村がいても海に浮かべることさえ難しいかもしれない。


 それに船作りなどすれば流石に傭兵達にバレるだろう。幸運にも立地の都合で、砦と村は離れている。多少の無茶はバレずにできるだろうが、船は無理だ。亜空間収納も万能ではない。タウンスライムが開けられる出入口の物しか収納できず、その大きさは直形一メイルほどが限界だった。


「……港を襲撃して船を奪うしかないか?」


 グレアムは口に出してみて、それも難しいと思い直す。エイグの傭兵団に加え、港を防衛する領兵が常駐している。さらには王国最強の男と言われるソーントーン。船を奪うまで、全員無事でいられる保証はない。


「ですが、それしか方法は無いと思います」


 グレアムの呟きにミリーが答える。


「ソーントーンを殺し、エイグも殺して敵が混乱している間に船を奪うんです」


 むしろ、なぜ今すぐそうしないのかと言いたげな口調だった。


「エイグはともかく、ソーントーンは無理だな。あいつの周りにスライムは近づけない」


 ソーントーンの屋敷にはスライム避けの香料が常に焚かれている。ソーントーンを安全に殺すには暗殺しかないが、スライムを使えなければそれも不可能だった。


「エイグだけ殺しても片手落ちだ。作戦は失敗する」


「ならば真正面から打ち倒すだけです。こちらにはオーソンさんもいます。決して低い勝率ではないかと」


「ソーントーンの相手はそれでいいかもしれんが、領兵の対処はどうする? 傭兵もすぐに態勢を立て直してくるかもしれない」


「皆で力を合わせれば――」


「却下だ」


「なせです!? 皆も今のこの閉塞状況から抜け出したいと思っています。誰もが解放を望んでいます」


 復活したオーソンの活躍で、二の村住民がディーグアントに殺される危険は著しく下がった。


 だが、それと同時に村には厭世気分が蔓延している。村に碌な娯楽もなく、食事も傭兵が運んでくる味気ないものばかり。


 死への緊張感が著しく薄れたことで、人間としての意義ある活動を村の住民達は欲していた。


「今、武力蜂起はできない」


「なぜです!?」


「二の村から裏切者が出るからだ」


「!?」


「勝算の低い戦いに出るよりも、密告して解放してもらうことを考える奴が出るかもしれない。今は傭兵憎しでそんなことを考える奴はいないようだが、いざ戦いの段になるとそう考える奴が出てきてもおかしくない」


 もし、裏切者を出せばグレアム達は終わる。二の村の住民達は最悪全員殺されるだろう。


「お、王国の非道を説き、正義は我らにあると訴えれば――」


「裏切りは起こらないと? ミリー。人は損得で動くものだ。誤解しないでほしいが人は生まれついての悪だと言いたいわけじゃない。損得で動くことは生きるための当然の行為で、恵まれた環境にある者だけが名誉と正義で動くことができるんだ」


「…………」


「だが、住民達を結束させるという意見には賛成だ。早急に今の閉塞状況を打開する必要はある」


 ミリーとの約束は住民全員の脱出である。最終的には計画を全員に打ち明け、協力してもらわなければならない。遅かれ早かれ彼らを信用するしかないのだ。


「正直言うと、脱出の算段はまだ立っていない。だが、それでも彼らに明確な未来のビジョンを見せることはできる」


 そのために浜辺に来た。


 グレアムは思い出したのだ。


 海に関する、とある事実を。

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