101 化学プラント7
「では、次じゃ。ワシから魔術を学んでグレアムよ。お前は何を成さんとする?」
グレアムがヒューストームに弟子入りする前に確認すべき二つ目。それにグレアムは平然と答えた。
「何もありません」
「ふむ? 例えば、どこかの国や何処ぞの貴族に仕官するとか、傭兵となって名を馳せるとか」
「いずれも興味がありません」
「それではなぜワシから魔術を学ぶ」
「生きるためです」
この世界は弱者には厳しい。力が無い者は踏みにじられる。今のこのブロランカ島にいる生贄奴隷のように。
「俺は平穏に生きたいのです」
「ふむ。わからぬな。確かに力があれば多少の火の粉は振り払えるやもしれん。だが、力を持つことで逆に危難を呼び寄せる事態になるやもしれん。平穏に生きたいのならば、何処ぞの有力諸侯の加護の元、お前さんの力を発揮すればよい。魔術など必要あるまい」
魔術は戦闘手段である。古代魔国時代ならともかく、魔物が跋扈し、戦乱の絶えないこの時代では魔術が使えるというだけで戦場に駆り出されることは珍しくない。
だが、ソーントーンの言葉にグレアムは横に首を振った。
「その力が問題なんです、師匠」
「む? どういうことじゃ?」
「スライム達は有能です」
フォレストスライムの分離・抽出能力にタウンスライムの亜空間収納能力は言うに及ばず。毒スライムとロックスライムも、とてつもない能力を有している。それに加えてスライム達は魔術系スキルを持たない者にまで魔術を使う術を与える可能性がある。
「スライム達の有用性が周知されれば、『スライム使役』スキルでスライム達の力を借りられる俺を巡って争奪戦が起きる。そして、その勝者の元で死ぬまでこき使われるでしょう」
厳重な監視の元、昼夜を問わず働かされる。グレアムだけならばそれでもいいが、実際に働くのはスライム達である。我欲に塗れた争奪戦の勝者はスライム達がボロボロになるまで使い捨てる。その姿が容易に想像できた。
「それを避けるには俺自身が俺の争奪戦の勝者になることです」
「そのための魔術か?」
「はい。正確にはその一つですが」
「む? どういうことじゃ?」
グレアムは自分の計画をヒューストームに語った。
「ふむ。そんな事を考えてあったのか」
「はい。まだ構想段階で実際にできるかは、まだわかりませんが」
「まぁ、やり遂げるじゃろうよ、お前さんならな。
…………わかった。弟子入りを許そう」
「あ、ありがとうございます」
グレアムは魔導の大家ともいえる賢者に師事して学ぶことができる幸運に思わず震えた。
「じゃが、忘れてはおらぬな。ワシに弟子入りするには一つ条件があることを」
「はい」
グレアムはどんなことでも守るつもりでいる。それが生涯をかけることだとしても。
<毒消し>の魔術式。あの複雑怪奇なコードと文様の羅列。あれを事もなげに書き換えていく姿を見て、ヒューストームへの弟子入りはそれほどの価値があると確信していた。
「王国の宮廷魔術師にシャーダルクという男がおる。ブロランカ島のこの馬鹿げた計画の発起人でもある。この男を――」
グレアムはヒューストームから出された条件を驚きを持って承諾した。