100 化学プラント6
「悪くは無い……が、酒気が足りん」
ヒューストームはコップに注がれた酒を舐めるように飲みながら、そんな評価を下す。
「アルコール度数ですか?」
「うむ。もう少し強い酒がワシの好みじゃ」
「……それなら何とかなるかも知れません」
「ほぅ!」
途端に相好を崩すヒューストーム。好みの強い酒が飲めるのが嬉しいらしい。
「ただ、少し作り方に問題がありまして……」
「かまわん。やってくれ」
「それなら」
グレアムはおもむろにフォレストスライムを数匹、酒の入った甕の中に投入した。
「ほわっ!?」
驚きに素っ頓狂な声を上げるヒューストーム。
「安心してください。こんな事もあろうかと今のスライム達には人が食べられる物しか食べさせていません。衛生的に問題はないはずです」
「う、うぅむ。いや、しかし、それでどうやって酒気の高い酒を作るつもりじゃ?」
グレアムはフォレストスライムの持つ分離・抽出能力について説明した。
「何と、そんな力が?」
「ええ。この能力でアルコールと水分を分離します」
「ふぅむ。素晴らしいな」
グレアムが説明している間に、フォレストスライムによる分離・抽出が終わった。
「取り敢えず、二割ほどの水分をりんご酒から排出しました。どうぞ」
グレアムは甕から酒を汲み、ヒューストームの前に置いた。
「うむ。馳走になる」
ヒューストームは再びコップを傾ける。
「…………」
「どうでしょう?」
「うまい」
「では?」
期待を込めてグレアムは弟子入りの是非を問う。
「弟子入りを認めてもいい」
グレアムは喜びからテーブルの下でこぶしを握りしめた。
「だが、お前さんを弟子にする前に二つ確認しておきたいことがある。そして、弟子入りの条件として、一つ頼み事がある」
「何でしょうか?」
「一つ目はお前さんが犯罪奴隷になった理由だ。それを確認しておかねば、お前の師はできん」
「それは……」
「話せんか?」
「いいえ、師となる人間に隠し事はしません。躊躇ったのは信じていただけるかわからなかったからです。ですが、ご希望なら嘘偽りなく申し上げます」
グレアムは語った。
自分がムルマンスクにある孤児院に捨てられたこと。そして、その孤児院の土地をデアンソという商人が手に入れようとしていたことを。孤児院を守るためにデアンソを殺したことを。デアンソを守る十一人の傭兵とともに。
その内容の凄まじさにヒューストームはあんぐりと口を開けた。スキルや魔術があるこの世界でもたった一人で十二人の男を一晩で殺すなど異常なことであったのだ。しかも、護衛は熟練の傭兵だったという。
「お、お前さんのいた世界というのは修羅の世界か何か? 敵対する者は皆殺しが常識とか?」
「過去にはそういうこともあったようですが、少なくとも俺の生きた時代はそんなことありませんでしたよ。殺人そのものが厳しく罰せられてましたし」
問題も色々あったが、よい世界だったと思う。少なくとも田中二郎にとっては。今でも時折、懐かしく思う時がある。だが、帰りたいとは思わない。あの世界に自分を待つ人間はいないからだ。
「いや、しかし何も――、いや、お前さんがそうしなくてはならんと判断したのならば、そうしなくてはならなかったのだろうな」
実際に、前世の知識と『スライム使役』の能力を担保にデアンソ以外の有力商人から金を借りることも考えた。
だが、それをすれば孤児院の命運は今度はその商人のものになる。亜空間収納での輸送や敵対組織への盗聴のためにグレアムがムルマンスクから連れ出されれば、デアンソから孤児院を守る者がいなくなる。
デアンソは孤児院に異常な執着を見せていた。それこそ人一人殺すことも厭わないほどに。命の安いこの世界でも法はある。人殺しのリスクは高いのだ。
「ですから、デアンソを殺すしかありませんでした。機会は一度だけです。護衛も殺すしかありませんでした」
「…………」
ヒューストームは手元のコップを煽った。もう少し酒気を強くしてもらうべきだったかと後悔しながら。