97 化学プラント3
「師匠の<毒消し>を拒否したそうだな」
グレアムは村の外れで弓矢の訓練をするミリーにそう話しかけた。
「そうですが、それが何か?」
先日のディーグアントの襲撃でグレアムを庇って死んだ少年の妹である。少年の死に責任を感じるグレアムとしては、せめて妹は生き残ってほしい。そのためにも<毒消し>を受けて、ディーグアントに襲われるリスクを減らして欲しかった。
「村をディーグアントが襲わなくなれば、砦の傭兵に疑われます」
「カダルア草の薬効を残すのはオーソンと不具者組が担うと決まっただろう。君まで残す必要はない」
「ディーグアントの標的が私に集中すれば、他の子供が襲われる可能性が低くなります。子供を守ることは兄の願いでもありました」
カン!
ミリーが放った矢が的の中心を射抜く。ミリー達兄妹は、村に来た時から一通りの武具を扱えたという。文字の読み書きができることやその言葉遣いから高貴な出自なのかもしれない。
「……君の兄さんのことを持ち出されると、俺には何も言えなくなる」
「兄のことなら気になさらないでくださいと伝えたはずです。兄も本望だったはずです」
「馬鹿を言え。十四年も生きていないんだ、君の兄さんは。何が本当の望みだったかなんて分かるはずもない」
ミリーの兄は十四歳だったという。無限の可能性が開かれている年齢だ。今は無くても、いずれは自分の夢を見い出し、幸せを掴んだかもしれない。
「子供は幸せになる義務と権利があるんだ。大人の都合で、こんな所で死んでいいわけがない」
「……では、どうすればいいんですか?」
ミリーは弓を引き絞り、その矢の先をグレアムに向けた。
「兄の死の原因となったあなたを殺し、仇を討てとでも?」
「それも悪くないかもしれない。君の気がそれで晴れるなら」
グレアムはミリーの目を見つめた。彼女の瞳から燃え盛るような怒りが見て取れた。本当に矢を放つかもしれない。そんな気配さえ感じさせる。
だが、グレアムには引くことはできなかった。彼女の瞳にもう一つ、別の感情を見い出したからだ。
「だが、俺を殺すのはしばらく待ってほしい」
「なぜです? 命が惜しくなりましたか?」
「村の子供達――、いや村の全員を島から脱出させるからだ」
「!?」
グレアムはミリーに近づいて、そう断言した。
「兄から受け継いだお前の重荷は俺が背負う。だから、お前は――」
"泣いていいんだ"
その言葉はミリーを解放する呪文だった。
弓矢を取り落とし、ミリーは叫んだ。
「ああ! 兄さん! 兄さん!」
グレアムにしがみつき滂沱の涙を流す。
グレアムは彼女が泣き止むまで、ずっとその背中をさすっていた。