11 勤勉な悪魔
グレアムはデアンソという男を高く評価している。
孤児院の土地を手に入れるという目的のために機会が来るまで待ち続ける辛抱強さがある。
情報収集によってトレバーの賭博狂いや、資金繰りに困っていた孤児院出身のトムスの存在を掴んだように情報の重要性を知っている。
領主や傭兵ギルドのような敵にしてはいけない相手との争いを避ける分別がある。
役割の済んだトムスを始末したように、阻害要因を見極め排除するリスクマネジメントができる。
金を使って、ときには激高してみせて人を動かし、望む結果を得るだけの実行力がある。
実に"勤勉"で有能な男だとグレアムは思う。
後、二十年も経てば商人として大成し歴史に名を残したかもしれない。
もし、デアンソみたいな男が前世でサブリーダーとして二郎の下についてくれれば、二郎の仕事はかなり楽になったことだろう。
ただ、彼は"冷酷"だった。
目的のためなら、人を傷つけることも、時には殺すことさえ躊躇わない。
時に人はデアンソを"悪魔"と呼ぶ。
だが、果たして"勤勉な悪魔"などという存在がいるのだろうか。
悪魔は大罪を犯すから悪魔なのであって、本来悪魔とは"怠惰"であるべきなのだ。
であるならデアンソは悪魔ではない。
少なくとも合法的に孤児院を手に入れようとしている今回の件に限っていえば、正義はデアンソ側にあるとさえ考える。
トレバーは、はめられたが、孤児院の誰もデアンソから暴力を受けたわけではない。口封じに殺されたトムスは孤児院を出て十数年以上経っているので、ノーカウントといっていいだろう。
トレバーの件も彼自身の自滅といっていい。
ただ彼は"冷酷"なだけである。
その結果、孤児院の子供たちがとても困った状況に陥ってしまうだけなのだ。
だから、グレアムはデアンソを殺すことにした。
それ以外の方法をとるには、デアンソは有能に過ぎる。
生かしておくのは孤児院にとってリスクが大きい。
だから、グレアムはデアンソを殺すことにした。
合法的に孤児院を手に入れようとするデアンソに対し、非合法でこれを阻もうとするグレアム。
果たしてどちらが悪と言えるのか。
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トレバーがデアンソお抱えの傭兵に連れて行かれたのがおよそ三時間前。
辺りは、すっかり闇に包まれていた。
デアンソはレナがいない間にトレバーに孤児院の土地を譲渡させる証文にサインさせる気なのだろう。
急ぐ必要はないが、ゆっくりもしていられない。
夜のうちに証文にサインさせ、朝に街の役所に持ち込まれればすべて終わり。
今夜のうちに決着をつける必要があった。
子供は大人の知らない抜け道をよく知っている。
塀の上に、崩れた生け垣、穴の空いた壁、時には屋根の上なんかも子供たちの通り道だ。
それらを駆使してデアンソの商会敷地に入り込んだグレアムはまず傭兵の宿舎に向かった。
デアンソは強引な手法で恨みを買っているという自覚があるのだろう。
フリーの傭兵を雇い、常に自分の身辺を守らせている。
「ぐぉぉおおおお」
「ぐーー」
「ガー」
いびきをたて眠っている傭兵が三人。それが二部屋。計六人。
デアンソの雇っている傭兵のおよそ半数が仮眠中だった。
まず、比較的、母屋から遠い方の部屋からコトを始める。
「……281、282」
三百を数える前にいびきが止まった。
念の為、四百まで数えてからスライムたちに解除命令を出す。
息を止めて傭兵たちが眠っている部屋に侵入した。
傭兵の短剣を拝借し、毛布をめくると胸の中心からやや左寄りに突き立てる。
すばやく短剣を抜くと血が吹き出した。
まだ、生きていたのだろう。動いていた心臓がポンプのように血液を体外に排出する。
グレアムは毛布を戻すと、次の傭兵に向かった。
デアンソの始末を傭兵に邪魔されたくなかった。
だから、まず傭兵たちを始末することにした。
同様に他の二人にも短剣を突き刺していく。
一人は最初の男と同じように血が吹出したが、もう一人は血がわずかしか出なかった。
グレアムは部屋を出ると、深く息を吐き出した。部屋に侵入してから二分と経っていない。
もう一つの部屋も同じようにして、傭兵たちを始末していく。
毛布をめくって短剣を刺す。抜く。血が吹き出す。毛布を戻す。
毛布をめくって短剣を刺す。抜く。血の噴出はなし。毛布を戻す。
毛布をめくって短剣を刺す。抜く。血が吹き出す。毛布を戻す。
先程よりも早い時間で始末が終わった。