92 反乱19
「お前達が<炎弾>を撃ってきたときは肝を冷やしたぞ」
「ぐっ……。すまん」
<魔盾>を展開して迫ってきたのはミストリア率いる獣人達だった。
通路が薄暗く砦の傭兵達と区別がつかなかったのだ。
ミストリアは今回の救出計画をグレアムから打ち明けられた際、その厚意を即座に受け入れた。
獣人達にとってあまりに都合の良い提案に疑われることを覚悟もしていたグレアムだったが、呆気なく受け入れられたことに驚いたが、ミストリアは臭いで相手が嘘をついているかどうかわかるのだという。
計画の内容を説明したグレアムは、地下牢の位置を示すためのロックスライムの他に、念のため<魔盾>展開用のスライムと通信用のスライムもミストリアに提供していた。(魔銃は訓練が必要なので渡さなかった)
ミストリアは通信用スライムからジャックス達が追い詰められていることを察知し、ティーセが切り開いて修理中だった城壁から侵入してきたのだという。
「何にせよ助かった」
「礼を言うのはこちらの方だ。子供たちは皆、無事に例の場所に辿り着いたと連絡がきている」
「よし。俺達も行こう」
少し予定は狂ったが、作戦は概ね成功したと言える。ジャックスは脱出後のボーナスに思いを馳せながらグレアムに作戦成功の連絡を入れる。
じっとりとした目でジャックスを見る猫獣人少女の視線に気づかないまま。
◇
「あれはフェイクだ。エイグ。こちらに向かわせている傭兵達を一の砦に戻せ」
「は?」
突然のソーントーン伯爵の言葉に混乱するエイグ。何がフェイクというのか。
「よく見よ。二の村の奴隷達はグレアム以外全員あそこにいて魔杖から魔術を放っているように見えるが、実際に撃っているのは三分の二だけだ」
「た、確かに……」
「これは陽動だ。恐らくはヒューストームの幻覚魔術で全員あそこにいるように見せかけて、別働隊がいる。そうであろう?」
ソーントーンはグレアムを見てそう言った。
「狙いは一の砦か? 人質を解放し、獣人達と共闘する――それがお前達の計画か」
「半分だけ正解です。別に獣人達と共闘する気はありません」
「獣人達と共闘して港で船を奪うつもりではないのか?」
ジュリアがグレアムに強い口調で問い詰める。
「船が無くては島から出ることは叶わない。海の魔物が島の周りにもいることは知ってるはずだ。それとも、島から脱出する気はないのか?」
ジュリアの質問にグレアムが答える前に、エイグが突然、テーブルを叩いた。
「もういいでしょう! 伯爵! こいつを拷問して計画とやらを洗いざらい喋らせやしょう! 一刻――、いえ、半刻あればあっしが綺麗にゲロさせやすわ!」
エイグは顔を真っ赤にしてグレアムに詰め寄る。
「落ち着け、エイグ。その男が吐いたとしても、我々が後手に回っていることには変わりない。計画の全貌を語り終えた後に、計画が完遂していては意味がない」
「では、どうするって言うんです!?」
エイグはソーントーンに怒鳴り付けるように質問した。エイグの精神は追い詰められ余裕が無いように見える。
「まずは主導権を奪い返す」
ソーントーンはエイグを落ち着かせるように静かに短くそう言った。
「まずは、私が『転移』で彼らの後背に移動し、制圧する」
「お、お止め下さい! 向こうにはオーソンがいます! 危険です!」
「問題ない。あのオーソンの姿も幻覚だ。ここにいるように見せかけているのは手足を失った不具者組のようだ。あの武器があるとはいえ人質救出に戦力的に心許ない。であれば、オーソンも同行している可能性が高い」
「推測に推測を重ねるのは危険です!」
「何、ひと当てしてみれば分かることだ」
ソーントーンは剣を抜いた。仮にオーソンが幻覚でなく実際にいたとしても、自身の剣が今のオーソンに負けるはずは無いという自負もあった。
「向こうにはリーもいます! オーソンとリーの二人がかりで、そこにヒューストームの支援も加われば、主といえども苦戦は避けられません!」
「ふむ。では何か対案があるのかね?」
「はい。こちらに向かっている傭兵達を引き返させずに、そのまま二の砦に迎え入れます。彼らの到着と同時に、主は手練れの傭兵を連れて彼らの後背に移動。二の村の奴隷達を挟撃します」
「一の砦はどうする? あの武器が獣人達の手に渡れば、それこそ苦戦は免れないぞ」
エイグの質問にジュリアは即座に答えた。
「あの武器が量産されているなら、とっくに獣人達の手に渡っていると考えていいでしょう。もしかすると、不具者組が武器の輸送を担当しているのかもしれません。獣人達に武器を渡して、手薄になった一の砦を襲わせ人質を救出する。それがあの場に不具者組がいない理由です」
「ぐむぅ」
百名を超える獣人が、あの武器を手に襲ってくる。その現実にエイグは恐怖で喉を鳴らした。
「ま、待て! 一の村と二の村の奴隷どもが接触するには北部の森を通る必要がある! 瞬く間にディーグアントに襲われるぞ!」
「あの武器が彼らにはあります。多少、襲われたところで撃退は可能です。それこそ主の言う通りオーソンも同行したのならば、容易とは言えませんが、突破した可能性は高いと思います」
「くそったれ!」
グレアムの獣人達と共闘しないという言葉は初めから信じられていないようだった。まぁ、もっとも、宣戦布告した敵の言葉など、まともに受け止めるわけもないかとグレアムは思う。
実はソーントーンとジュリアはグレアムの評価を下方修正していた。一人、宣戦布告の使者にされたことと、盾にされているにも関わらず奴隷達が撃ってきたことから、実はグレアムはそれほど重要な地位にいるのではないと考え始めていたのだ。
「獣人達と共闘して、船を奪うつもりにしろ、私達と正面から戦うつもりにしろ、ある程度、時間はあるはずです。その間にヒューストームをこちらで確保するんです。
二の村の奴隷達が使っているのは明らかに魔術です。ヒューストーム以外に魔術系スキルを持った者はいなかったのにです!
これは明らかに異常なことです!
まずは、この秘密を解き明かさねば、私達に勝ち目はありません!」
「なるほど、ジュリアはあれがヒューストームが新たに開発した魔術の一種と思っているのか」
「ええ、それに近いものではないかと」
「……」
それはエイグも考えていたことだ。だからこそ、ヒューストームを確保するために多少の犠牲を覚悟して部下たちを突撃させたのだ。できることなら伯爵に知られることなく確保したかったが、今となっては不可能になってしまった。
「わかった。ヒューストームの確保を最優先事項とし、一の砦からの援軍を待って彼らを挟撃する」
そうソーントーンが決断を下した直後に砦が騒がしくなる。
待ち望んでいた一の砦からの援軍が到着したところだった。