91 反乱18
「お姉ちゃん!」
サンダースライムから発せられた雷撃が収まり、傭兵達が残らず床に倒れたのを確認すると猫獣人の少年エリオは駆け寄った。
「痛っ。結構、来たな……」
身を呈して猫獣人少女の盾になったジャックスは、そうボヤきながら少女の手を引いて立ち上がる。少女の胸にエリオが飛び込んだ。
「エリオ……」
少女は傭兵達の手から逃れ続けた疲労と雷の衝撃で綺麗な顔を青くしていたが、特に大きな怪我はないようだった。弟の顔を見て顔を綻ばせる。
「感動の再会は後だ。さっさとここを脱出する。走れるか?」
「……はい」
少女はジャックスに向けて何か言いたそうな顔をしていたが、素直に頷いた。
ジャックスはそれを見ると肩に付いているボタンのようなものを二、三度指で軽く叩いた。
するとジャックスの目の前の空間がグニャリと歪み穴が開いた。ジャックスはそこに迷わず手を突っ込むと、穴から魔銃を取り出した。
「行くぞ。俺から離れずついてこい」
魔銃の先端に腰から抜いた小剣を取り付けながらジャックスは姉弟に言う。
一方、その光景に姉弟は目を白黒させていたがジャックスが部屋から出て行こうとするのを見て慌てて後を追った。
三人は地下牢に向かって薄暗い廊下を走る。
「ジャックス! 不味いぞ! 侵入に気づかれた!」
地下への経路を見張らせていた仲間の一人が途中で合流し、そう報告してくる。
その報告の正しさを裏付けるように砦のあちこちが騒がしくなっていた。
「チッ! 無線封鎖を今から解除する。ドッガー、状況は?」
『人質は無事全員救出。所定の場所に向かっている』
「よし。俺たちも今から合流――」
「!?」
T字路で二人の傭兵と鉢合わせする。
ザシュ!
すかさずジャックスは銃剣で一人の傭兵の喉を刺した。
「――――!?」
声にならない叫びを上げて床にのたうつ傭兵。
「いたぞ! 侵入し――」
バシュ!
もう一人の傭兵は、仲間が至近距離からの<炎弾>で仕留める。
だが、叫びを聞いた傭兵達が次々と集まってくる。
「くそ! ディーグアントのようにワラワラと!」
どうやら、そこそこの数の守兵を一の砦に残していたようだ。
バシュ!
バシュ!
向かいくる傭兵達に<炎弾>を放つ。
「何だ!? 魔術!?」
「敵に魔術師がいるぞ!」
(魔術師じゃねぇよ! タコ!)
心で悪態をつきながら引き金を引き続けるジャックス。前方の敵を排除しなければ地下牢には行けない。横目で西の窓を見れば、もうすぐ陽が沈もうとしていた。タイムリミットが迫る。
「!? 後ろから敵が!」
猫獣人少女の叫びに振り返る。
「くそ! ここはダメだ! 戻れ戻れ!」
ジャックスはT字路の来た通路を引き返す。地下牢とは真逆の方向に焦りの表情を浮かべる。
「邪魔だ!」
バシュ!
進行方向に現れた傭兵に走りながら<炎弾>を放つ。
ギン!
「!?」
だが、<炎弾>は青白い半透明の防壁に音を立てて防がれる。
「<魔盾>!? くそったれ! 何で魔術師が砦に残ってんだよ!?」
バシュ!
バシュ!
仲間と二人、必死に<炎弾>を放つが<魔盾>は破れない。通常の<魔盾>なら<炎弾>を十発も喰らえば破れるはずだ。だが、スキルか、魔道具によるものか知らないが、<魔盾>は破られることなく、背後に大勢の傭兵を従え迫ってくる。
「後ろからも!」
「くそ! 適当な部屋で籠城する。ナッシュ! 先行しろ!」
「あいよ!」
ナッシュと呼ばれた仲間が手近な扉を蹴破った。
すかさず魔銃を構え部屋の安全を確認する。
「クリア! 中は倉庫だ! 誰もいない!」
「よし! 部屋に入れ!」
獣人姉弟はすぐに部屋に飛び込むと、ジャックスも続いて扉を閉めた。
ナッシュが長櫃を押して扉の前を塞ぐ。
直後に扉を激しく叩く音が響いた。
倉庫は小さな窓が一つ。エリオでも抜けることは難しいサイズ。そして、出入り口も一つだけだった。
獣人姉弟は奥で身を寄せ合い、ジャックスとナッシュは銃口を扉に向けて構える。
怒号と共に激しく何度も扉が叩かれた後、斧が扉に叩きつけられた。二度、三度と打ち付けられる。
「…………」
唾を飲み込むジャックス。扉を破って上半身を現したところで<炎弾>をぶち込んでやるつもりだった。
ところが扉の前で突然。激しい喧騒が起こる。
「――――!?」
「――――――!!」
顔を見合わせるジャックスとナッシュ。何が起きたか分からない。
すると突然、扉の上部が弾け飛んだ。そこから例の<魔盾>が現れる。
すかさず、ジャックスとナッシュが<炎弾>を放とうとすると――
「待て! 撃つな! 私だ!」
その声を聞いた獣人姉弟がワッと駆け寄った。<魔盾>を解除したそこには狼獣人の少女、ミストリアがいた。