84 エイグ
エイグにとってグレアムは一目見た時から気に入らないガキだった。
ガキとは思えないあの落ち着きようが、エイグを不安にさせた。そして、何よりエイグを見るグレアムの目が、エイグをイラつかせた。グレアムはエイグのことをまるで虫か何かのように見る。
当時のエイグは一の村の砦に詰めていた。一の村の奴隷は身体能力の高い獣人で構成され数も二の村より多い。
だから、反抗するのは大抵が一の村で、その対応のためにエイグが一の村の砦にいる必要がある。
二の村は部下に任せている。二の村の状況は報告を受けていたが、奴隷の補充はエイグを通さず伯爵と直接やり取りする。だから、異常に気付くのが遅れた。
奴隷が発する匂いに惹きつけられたディーグアントが奴隷達を襲い、奴らの肉を食ったディーグアントが痺れて動けなくなる。そこをエイグたち傭兵が始末する。
こんなやり方をしていれば、奴隷達の数が減っていくのは当然だ。だが、その当然が無くなっている。
グレアムが二の村に来てから一年。二の村への奴隷の補充が全くなくなっていた。
「どういうことだ?」
「どういうことも何も、二の村の奴隷達で片付けちまうんでさぁ」
「一人も食われることなくか?」
「へい。あっしらが村に着く頃には連中ピンピンして後始末してまさぁ」
「……まさかオーソンか?」
「へ?」
奴の『全身武闘』スキルのことは知っている。戦場ではまさに無敵のスキルだ。王国がなぜオーソンをさっさと始末しないのか理解に苦しむ。万が一にも奴が手足を取り戻せば王国は最強の相手を敵に回したことになる。
「あいつの手足はどうなっている?」
「へ、へい。どちらも片っぽ欠けたまんまですが」
「確かか?」
「へい。間違いありゃせん」
あの無敵のスキルと敵対しなくて済んだ安堵とともに疑念は深まる。奴隷たちの装備で犠牲無しに対処できるような相手ではない。ディーグアントという魔物は。
「じゃあ、ヒューストームか? 封じられていた魔力を取り戻したか? いや、それならさっさと島から脱出して聖国にでも亡命しているはずだ」
「へい、飯を運ぶたびに酒も付けろと煩くてかないやせん」
「解せんな」
どうやって二の村の奴隷達だけでディーグアントを撃退しているのか、まるで見当がつかなかった。
胸騒ぎがする……
「おい、二の村を見張れ」
「はぁ?」
何のためにそんなことをするのか理解できないという顔だ。
内心、イラつきながらも指示を飛ばす。
「奴らがどうやって蟻どもを撃退しているのか調べるんだ。常に二、三人山の中に潜ませておけ」
砦と隣接している一の村と異なり、二の村と二の砦は二キロメイルほど離れており、砦からでは二の村の様子が見れない。
「へぇ。連中、普通に戦ってるんじゃ?」
「槍と防護柵だけでか? ふざけろ。それだけで防げるなら一の村の奴隷どもに補充はいらん。いいから、見張れ。不審があれば家捜ししてもかまわん。どんな小さなことも見逃すな!」
だが、そう命じてから一年経っても特に怪しい報告は上がってこなかった。常に連中は槍と防護柵、そして、時にヒューストームの魔術だけでディーグアントを撃退し続けたという。
だが、エイグの胸騒ぎは大きくなる一方だった。まるで取り返しのつかない失敗をしているような、そんな気分に囚われ続けた。
だから、エイグはグレアムがこの島に来て三年目に、二の砦に拠点を移した。
そして、グレアムと出会った。
すべては手遅れであったのだが。