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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

正義の味方として活躍したから、狂った君からのご褒美が欲しい

作者: 朝霧

 「正義の味方として悪の組織をやっつけたからご褒美ちょうだい」

 部屋で眠っていた時に唐突に聞こえた声に目を開く。

 が、思い直して夢の中の声だったのだろうと惰眠を貪る事にした。

 時折あるのだ、夢の中で響いた音によって覚醒してしまうことが。

 だから今の声も夢に違いない。

 何が正義の味方だ、悪の組織だ。

 アニメか特撮かよ。

 リアリティのない台詞だ、ゆえに現実のものではないだろう。

 そしてご褒美ときたか、私には褒美にするもの一つないというのに。

 ああ、馬鹿馬鹿しい。

 「あれー? 寝てるの? しっかたないなあー……」

 まだ声が聞こえる、夢現の声のくせに五月蝿い。

 消えろ消えろ消えろ消えろ。

 ようし、静かになった。

 「ごふっ!?」

 不意に全身にやけにリアルな衝撃と重みがかかる。

 そう、まるで誰かに勢いよくのしかかられたような衝撃が。

 「おっきろ〜」

 やけに楽しそうな声が聞こえてくる、五月蝿い、重い。

 夢のくせに生意気である、死んじまえ。

 だけど反応したら負けな気がするので徹底的に無視をした。

 「起きてよー。てゆーか寝たふりなんでしょー? 疲れた恋人が帰ってきたんだからおかえりの一言くらい言ってもいいんじゃないのー?」

 毛布を引っぺがした夢はそう言って私の肩を掴んでガクガクと揺さぶった。

 でもまるっと無視する、だってこれは夢だから。

 現れる夢……というか幻覚はいつもその男のカタチをしていた。

 時折自称友人の女が現れるが、回数はあまりない。

 三年ほど前、私は狂った。

 いわゆる精神の病に侵されたらしい、詳しいことはよくわからないけど、とにかくそういうことなのだ。

 狂った私は幻覚を見るようになった、自意識はないが時折正気を失って暴れることもあるようだ。

 だから私は今、この隔離病棟にいるのだ。

 ベッドしかない、外側からしか鍵がかけられない部屋の中で過ごしてもう三年。

 自称恋人の幻覚が現れて三年。

 その幻覚は綺麗な顔の男のカタチをしていた。

 狂う前はただの喪女で男には興味がなかったはずなのだが、やはり心のどこかでそういうことへの関心があったのだろうか?

 まあ、そういうこともあるだろう。

 だが幻覚ならもうちょいまともな幻覚になればいいのにとは思う。

 顔はいいのだ、顔は。

 問題は幻覚を構成する性格だ、これがよくない。

 簡単に言ってしまえば、その幻覚の頭はおかしかった。

 狂った私の夢であるそれが狂っているのは当たり前のことであると言われてしまえば当然のことなのかもしれないが。

 狂う前に割と猟奇的なものや突拍子のない絵空事を描いたものを嗜んでいたことが原因と言われてしまうとぐうの音も出ない。

 だけど、もう少しまともでもいいのではないだろうか?

 今回も『正義の味方として悪の組織をやっつけた』とか言っちゃってるし。

 前回は確かクラーケンを倒した、でその前はUFOを迎撃した、だったか?

 私の脳内恋人の設定は正義の味方であり地球防衛軍の一員であり陰陽師であり祓魔師であり魔術師であるらしい。

 なんでこんなにバグった設定なのか、こんな設定を作り上げた自分の脳味噌を一度解剖してみてみたい。

 まあ、私が狂ってるからこんな設定なんだろう。

 たったそれだけでついてしまう説明に苦笑いをしたい。

 幻覚が私の名前を呼んでいる、何度も何度も狂ったように。

 私はそれを全て無視する。

 昔はいちいち反応して、お前は私の幻覚だと怒鳴り散らしたこともあったが……

 何を言っても無駄で、何をしても消える様子がないからもう無視することにしてしまっている。

 「今日も無視するの? まあ、なら勝手にご褒美もらっちゃお」

 そんな言葉が聞こえてきた直後に、幻覚が私の身体を抱きしめた。

 血の臭いのようなものが鼻をついた、これもまた幻覚だ。

 幻覚は私の胸に顔を埋めているらしい、未だに寝たフリをしてるから憶測だけど。

 このあとどうなるのかは大体パターン化してる。

 幻覚がそのまま眠りにつくか、事に及ぶか、大体その二択だ。

 大体半々の確率。

 狂う前は性交渉のせの字くらいしなかった私が幻覚であるとはいえ、なんであんな生々しいものを半々の確率で体験するのは如何なるものなのだろうか?

 私、そんなにエロくなかった気がするんだけどなあ……

 ただ狂う前の自分ももう曖昧だ、どこにでもいる大学生だったことだけは確かなのだけど。

 なんでだろう? 狂っているからだろうか、思い出せる記憶は虫食いだらけでよくわからない。

 ……半分の確率、今日はどうも後者の方であったようで身体中をいじくりまわされ始めた。

 自意識では幻覚だと理解している私だけど、外側から見たら私はどれだけ狂っているのだろうか?

 幻覚だと自分で断じる恋人に弄ばれる自分を演じてしまっているんだろうか。

 気持ち悪いな、私。

 この全身をいじくりまわしているのは自分の手なのだろうか?

 ただの妄想にしてはリアルな気がする、狂う前にそういう経験はなかったから記憶の引き出しから引っ張ってきたとは考えにくい。

 だとすると、正気に戻った時に私は死ぬほど羞恥する事になるだろう、いやそれは今でも変わらないけど。

 だってとんでもない醜体だ。

 幻覚の笑う声が聞こえてくる、少しだけ獣じみたその声を聞いて、最後にこの幻覚はどうなって消えるのだろうかと考える。

 笑って消えることもあれば、大声で泣きながら消えることもある。

 こちらを散々罵倒してボコボコに殴ってから消えることもあれば、殴ったその後に泣きながら謝罪して消えることもあった。

 だけどもうどうでもいい。

 だって、ぜんぶ夢だから。

 私の恋人は壊れている。

 多くの悪が蔓延る世界でその多くの悪に対応できる、対応してしまえる数多の才能を持って生まれた彼は必然的に正義の味方にならざるを得なかった。

 正義の味方であり地球防衛軍の一員であり陰陽師であり祓魔師であり魔術師でもある彼は生まれた時から多忙で、だからこそなんだろうけど倫理観が欠けていた。

 倒せと言われたものだけを倒すだけの機械。

 感情のない機械であれたのならもう少しはまともだったのかもしれないが、彼には幸か不幸か心があった。

 殺戮だけを肯定された彼は、やがて悪を狩る事に楽しみを覚えてしまった。

 いつか、自分の楽しみのためだけに意味のない殺戮を犯してしまうのではないのだろうかという危惧すら生まれてしまうほどに。

 そんな彼が留まっていられる一因にどうやら私が含まれているらしい。

 悪いことを悪いことであると、おかしなことをおかしいと言えてしまう私がいるから、踏みとどまっているのだろうと言ったのはどこの誰であったか。

 私は彼の最後の命綱、彼が人でいられる分水嶺に私は立っているらしい。

 なら、彼が道を踏み外さないように、せめて私だけでも普通でいなければ。

 この狂った世界でたった一人でも正気を保っていられるように、おかしいことをおかしいと言って、彼を諌められるように。

 それって結構大変だなあと苦笑する。

 だってこの世界はもう壊れている、狂っている。

 強くないものが生きるためには狂うか壊れる以外に方法がないとすら言われている始末だ。

 それでも大事な恋人のためだ、そのくらいしかできないならやるしかないだろう。

 それにしても……

 夢物語だとは理解しているけど、今読んでいる小説のように悪の組織も何もない平穏で何もない世界が現実のものだったらよかったのに。

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