犬の選んだ人
人で賑わう通りの角をいくつか曲がったところで有栖はこまいぬ太に追いついた。
「こまいぬ太、どうし……あっ」
メインの通りからは少し外れたそこの路上で、こまいぬ太は一人の女子高生に頭を撫でられていた。こまいぬ太は気持ちよさそうだ。
優しいお姉さんといった印象を受けた舞火と比べると、その少女は少し不良っぽい気の強そうな印象を受けたが、こまいぬ太を撫でる彼女の表情は優しかった。
「あんた、神社の犬でしょ。何でこんなところに一匹で出て来てるのよ。ん?」
相手に気づかれた。少女の猫のような瞳が有栖を見る。
隠れる場所も無く、有栖はただ顔を強張らせて立ちすくんでしまった。
少女が立ち上がり、声を掛けてきた。
「神社の方ですか?」
彼女は意外と礼儀正しかった。有栖が何かを答える前に、彼女の中では結論が出たようだ。
「なんて聞くまでもないか。巫女服を着てるもんね」
説明が一つ省けた。有栖は心の中で舞火に一つ感謝した。
少女は再び足元の犬に視線を戻して言った。
「ほら、ご主人様が迎えに来たわよ。行きなさいよ。どうしたのよ?」
少女が促しても、こまいぬ太は彼女の足元から離れようとしない。
彼女は困惑したようだった。
「またファミチキが食べたいの? 今は持ってないのよ。また今度神社に持って行ってあげるからね」
「ワン!」
こまいぬ太は少女の足元から有栖に向かって一声吠えた。
言いたいことは分かっている。こまいぬ太はこの人がいいと言っているのだ。
少し気が強そうだが、面倒見が良さそうだし、こまいぬ太が懐いている。
有栖としても反対する理由はない。後は有栖が積極的になって誘うだけだ。
「あの……」
「ん?」
言おうとする有栖を少女が不思議そうに見つめてくる。
負けてはいけない。
こまいぬ太も応援してくれているのだ。
有栖は勇気を振り絞る。
「うちの神社で……バイトしませんか?」
言えた。前よりずっと楽だった気がした。
舞火のことで自信が付いていたのかもしれない。
後は相手の返事を待つだけだ。
少女は有栖の姿を見つめて訊ねてきた。
「それって巫女の仕事をしないかって、あたしを誘ってるってこと?」
「はい」
「うーん、巫女の仕事かあ……」
少女は考えているようだった。もしかしたら何か都合が悪いのだろうか。
舞火は気軽にオーケーしてくれたものだが。
誘えば終わると思っていた有栖は不安になってきた。
こまいぬ太も頼りない。
「あたしに出来るかなあ」
少女は自分に自信がないようだった。見た目のわりに弱気のようだった。有栖は押すことにした。
「うちは未経験でもOKです!」
「うーん……」
少女は少し考え、決めたようだ。
「うん、いいわよ。あたしも久しぶりに地元に戻ってきて、ちょうど何かをやりたいと思っていたのよね」
「やった」
有栖は心の中でガッツポーズした。
三人いれば三本の矢だ。有栖は無事に仲間が出来たことに満足した。
彼女は手を差し出してきた。握手しようってことらしかった。
有栖はその手を握り返した。
彼女は実に爽やかな人の良い笑みを浮かべていた。
有栖は心の中で彼女のことを怖そうと思っていたことを詫びた。
「東雲天子よ。高校生。よろしく」
「伏木乃有栖です。こちらこそよろしくお願いします」
彼女も有栖や舞火と同じ高校生らしい。
舞火といい、他校の高校生は大人びて見えると有栖は思った。
今日はもう遅くなったので、明日の朝に神社の方に来てほしいと天子に伝えて、有栖はその場を後にした。
時が過ぎるのは思ったよりも早い。もう日が傾きかけてきた。
仕事の条件は達成した。
有栖は神社に戻ることにした。
階段を昇って境内に入ると、箒で地面を掃いていた舞火が声を掛けてきた。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
「ただいま」
日の傾き始めた境内で巫女姿の舞火は絵になっていた。
彼女もそれを自覚しているようだった。
箒を持ったまま、子供っぽい笑顔を浮かべて訊いてきた。
「どう? わたし巫女さんぽく見える?」
「はい、とっても」
「フフ、有栖ちゃんて正直ね。誰かさんとは大違い」
「誰かさんって?」
有栖が気になって訊ねると、舞火は遠くの空を見上げて答えた。
空は遠く、茜色に染まっていく。
「小学校の頃の友達でね。天子っていうんだけど」
その名前を聞いて有栖は気が付いた。
「実はその天子さんにもうちに来てもらえることになったんです」
それを聞いて舞火はびっくりしたようだった。
「え? あいつ、この町に戻ってきてるの?」
「はい、地元に戻ってきたと言ってました」
「東雲天子が?」
「はい、そうです」
「わたしと同じ高校生の?」
「その通りです」
「へえ、あいつ戻ってきたんだ」
舞火は過去の思い出に少しふけっている様子だった。
誰だって過去の友人と再会出来るとなったら喜ぶものだろう。
そんな彼女を誘えたことに、有栖も誇らしい気分だった。
見つけてくれたこまいぬ太にも感謝だった。
「それは楽しみね」
「はい、楽しみです」
舞火の笑みは優しくて、彼女も同じ気持ちなのだろうと有栖は思っていた。