表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
逆さ絵  作者: K-ey
3/5

~飾り~

「ねぇお母さん、叔父さん来なかった?」

台所にいた母にそう一声かけると母は一瞬手を止めて

「…叔父さん?どうして?来なかったわよ。」

と答えた。私の顔を見ずにいる母に

「あのね、さっき叔父さんの車にそっくりなのがすぐ前の道を

通って行くのが見えたの。」

と母の背中にもう一度声をかけると

「似たような車なんてどこにでもあるわよ…」

と母は何も聞かなかったかのようにトントントンと包丁を動かし始めた。





父には弟がいた。父とは正反対の潔く細かいことは気にしない

明るく、すぐに新しいことにチャレンジしたがる6歳離れた弟が。


叔父はまだ独身で、自由気ままに人生を謳歌しているといった感じで、

気前が良いせいか新し物好きの叔父は私たちにもよく贈り物をしてくれた。

まだ周りの皆んなが持っていないような物をくれたり、行っていないような

場所へ連れて行ってくれたりもして、友達の手前、正直ちょっと鼻高々なところも

否めなかった。

一方真面目で慎重、至って穏やかな父は、叔父とどうも性格が合わないらしく、

兄弟でありながらも連絡は必要最小限にとどまっていたらしかった。

叔父はそんな父のことを“俺の周りは兄弟で旅行に行っただとか、飲みに行った

だとか、仲良さそうにしているのに、俺のところは違うなぁ”とこぼしていたのを

確かに私も何度か耳にしたことがあった。

父は父で“あいつとはどうも性格が合わないから疲れるんだよ”と口にするのを聞いて

おり、“お世辞にも仲の良い兄弟とは言えない”と子供心にも密かにそう感じていた。





「ほら、おやつ食べるでしょう、手を洗ってきなさい。」

そう言って母が飲み物をコップに注ぎ、お盆に乗せるのを見ると

私は叔父のことなどすっかり忘れ、そそくさと洗面所に向かい

「お兄ちゃんおやつだよー」

と大きな声で兄を呼んだ。手を洗って台所を覗きながらリビングに向かうと

母がテーブルにおやつを置いているところで

「おやつは何?」

と尋ねているところにちょうど兄が姿を現した。

「うわーこのケーキどうしたの?おいしいやつじゃない⁈

これ大好物。ラッキー早く食べよう。」

と母を急かし、私は大好物のケーキを前にご機嫌で、夢中になっていると

ピンポーンとチャイムが鳴った。

「誰かしら?」

母は小走りで玄関へ向かった。


「お兄ちゃんおいしいね。」

私はケーキを頬張りながら兄に話しかけると、兄は

「うん。」

と頷き、こっちを向いた。

「あっ、」

兄に気を取られ、手元にあったコップの存在をすっかり忘れていた私は

見事にコップを倒してしまい、慌ててふきんを取りに立ち上がった。


「百合子さん今日、智さんがみえてたでしょ。あの素敵な車が止まってたもの。」

私は途中、玄関先で母が誰かと話をしているのを耳にしてしまった。

叔父を“ともさん”と呼ぶのは、母の他には父たち兄弟を幼い頃から良く知る

古くからの知人くらいで、当然見間違うはずもなく、瞬間私は母に違和感を覚えた。


私は大きな音を立てないように静かに台所へ行き、様子を伺っていると

「えっ?ああ…ちょっと主人に届けものがあったので寄ったんですよ。」

と母の話す声が聞こえた。

“やっぱり叔父さんだったんだ…どうして嘘なんか?”

私はそのまま耳を澄ましてじっと身を潜めていたが

「じゃぁそろそろ…」

というおばさんの声が聞こえ、慌てて足を滑らせるようにしてリビングまで戻った。


「あら、どうしたの?」

私はすぐさまテーブルの下に身を屈めて体裁を取り繕った。

「ジュ、ちょっとジュースをこぼしちゃって…」

「まあ大丈夫?」

母は私の姿を覗き込むようにしてそう声をかけたが

「あ、大丈夫だから」

と大きな声で言うと

「じゃぁ新しいの持ってくるわね。」

と言いながら台所へ行った。


私は少しドキドキしながらそれでもホッとして、顔を上げると

目線の先に何かがチラッと目に入り、

好奇心で思わずそれに手を伸ばすとそれは黒いボタンで、

手の平に乗せてよく見ると桜の花びらの模様が描かれた

特殊なボタンだった。

「お兄ちゃんこれ、」

兄に見せようと立ち上がると母の足音が聞こえ、私は慌ててボタンを

ポケットにしまった。

「ほら新しいの持ってきたわよ。」

「あ、ありがとう…」

私はポケットの中にあるボタンを指で触っていた。



残りのケーキを平らげると部屋に行き、机に向かうと灯りをつけて

ポケットからさっきのボタンを取り出してもう一度まじまじと観察してみた。

黒い地に桜の模様がはっきりと浮き彫りになった変わったボタン。

何となく引っかかるものがあった。

少しの間考えていたが突然“兄に見せてみよう”という気になり、

ドアをノックし兄の部屋に入ると、椅子に座る兄の背中に

「お兄ちゃん」

と声をかけた。兄はいつものように振り返りもせずに

「ん?」

と声だけで返事をし、

「お兄ちゃんこれ知ってる?」

と兄の手元にボタンを差し出すと兄はそれを手に取って自分の目の前に持っていった。

「何だこれ?…」

ボタンをひっくり返しまた元に戻すと

「これ、ボタンか?」

と言った。

「うん多分…お兄ちゃんこれ何のボタンか知ってる?」

と聞くと

「んーいやーわかんないなぁ…何のボタンだろう?ちょっと変わってるな」

とやっぱり兄もそう言った。

「でもどうしたんだこれ?」

「おやつを食べていた時にね、拾ったの。テーブルの下に落ちてたの。」

「ふーん」

兄はもう一度ボタンを目の高さまで掲げるとしみじみと見入っていた。

「かして、なんだか変わってて綺麗だから持ってる。」

私はボタンを受け取ると部屋に戻り、夕食までの少しの間眠ることにした。





今日は珍しく父も早く帰宅して、家族揃っての夕食となった。

父はいつものように穏やかに私たちを見守っていたが

「茉莉、茉莉は大きくなったら何になりたいんだ?」

と突然私に尋ねた。

「うーん…でもやっぱりお父さんのお嫁さんになる。お父さんのお嫁さんになるの。」

「バカだろう⁈お父さんと結婚なんかできるわけないだろっ」

それを聞いていた兄がすかさず私をからかったが、父は目を細めて

「そうかそうか」

と嬉しそうな顔を見せた。





父は知らない秘密が私にもあった。

何でも話す父にひとつだけ内緒にしていたことがあって

それは父が自分の書斎に入りアヴェマリアを聞いている時は、普段父が決して

私たちには見せない顔でいるということ。

父だけにしかわからない深い哀しみがそこにはあるっていうこと。


それを私が知っていたっていうこと…





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ