変態(勇者)にとって魔王(幼女)は……
「っ……」
そう…だよね。
なにを期待してたんだろうわたしは。
勇者がどんな使命を背負っているかなんて誰でも知ってる。
当たり前の事なのに……
「どったの?」
魔王は心底悲しそうな表情で俯く。
先ほどの勇者の答え。
まだ、変態口調であったならば魔王の精神的ダメージは少なかったかも知れない。
だが、勇者自信知っている。
理解している。
『勇者』が何をしなくてはならない存在なのかを。
だからこそ勇者は素で答えた。
何言ってんだお前?
勇者にそんな気は無くても魔王にはそう言われた気分だった。
しばらく静寂が訪れる。
そろそろ何か言うべきか。
そう勇者が思ったとき、魔王が再び口を開く。
「…こんな事をワレが口にするのはおかしいと理解しておる。じゃが、もうこれしかないのじゃ…」
「……」
泣くのを堪えるような声で魔王は続ける。
「…のう勇者…どうかワレの頼み「引き受けた!」をき…いて……ふぇ?」
「いや、だから引き受けたってば。」
予期せぬ回答。
それも即答だ。
思考が追い付かず、ぱくぱくと酸素を求める金魚のような顔で魔王は固まる。
「え?なに?オレにお願いしたいことがあるんじゃないの?」
勇者はなんか間違ったこと言ったか?みたいな顔で問う。
「あ、そっか……勇者よ、お主には言ってなかったな。ワレは魔物を統べる王「魔王だろ?」まお……ふぇ?」
可愛いなぁこんちくしょおぉぉぉっ!!!!
『ふぇ?』
っくっはあぁ!!
ヤバいお!ヤバいお!
耐えろ…耐えるんだオレ!!
まだ早い…シリアスを打ち砕くにはまだ!
見ろよ、あの状況を呑み込めず処理落ちして呆けた顔!
ぐっ、今すぐにでもお持ち帰りしたい…お持ち帰りしたいぃっ!!
勇者は変態である。
勇者の脳内はどうあれ、ポーカーフェイスは立派なものだった。
魔王もその顔から勇者の脳内がどれだけ悲惨な状態なのかは一切読み取る事は不可能だ。
「だ、だったら…」
「お持ちかえ……こほん、どうした?」
危うく口から飛び出し掛けた言葉に冷や汗を流しながらも呑み込み、ポーカーフェイスを保ったまま平然と答える。
「だったら…なぜワレの頼みが聞ける?ワレは魔王。お主は勇者。それも、頼みの内容も聞かずにどうしてじゃ?」
「え?今言った中でお前の頼みを断る理由なんてあるか?」
「……ふぇ?」
可愛いなぁこんち────
勇者は変態である。
「お前言ったろ?自分が口にするのはおかしいと理解している。って?」
「え、あ、うん…じゃなくて、うむ。」
「……ゴクン。」
「?」
出かかった言葉を呑み込む勇者。
話が進まないから一々反応するな変態。
「それをわかった上で口にしたんだろ?なら、それだけ切羽詰まった状況だと言ってるようなもんじゃねぇか。」
「ぁ…」
「どこに断る理由がある?」
「…でも…わたしは魔王…あなたは…」
「関係ねぇよ。オレはオレだ。勇者の使命?知ったこっちゃねぇ。困ってる奴をほっといて何が勇者だ。」
言っていることは立派だが、相手は魔王。
大きな矛盾であるが勇者にはそれを上回る使命…いや私命を抱えている。
ポーカーフェイスで塗り固めた面の皮を剥ぎ取ればどす黒い欲にまみれているだろう。
こんな奴がどうして勇者を名乗っているのかが不思議でならない。
「ほ…んとうに…助けて…くれるの?」
魔王は安堵からなのか溢れる涙を止めることは出来なかった。
「俺は(幼女との)約束は決して破らない男だぜ。」
「うぅ…ふえぇぇん!」
「ぬあっ!?泣くの!?」
まさかの号泣。
勇者は気味悪がられ、怖がられて泣いて逃げる少女をポジティブ精神で追いかける事の出来るクズだが、
このように手の届く(と言っても、鉄格子越しで、さらに鎖に繋がれていて接触は出来ないが)範囲で安堵によって泣く少女を慰める術を勇者は持ち合わせていなかった。
よって、魔王が泣き止み落ち着くまでかなりの時間を要したのだった。
「ほら、落ち着いたんならこれを外してくれよ?これじゃ、落ち着いて話も出来ないだろ?」
「ぐすっ…うん…今、外すからね…」
ようやく落ち着き、会話出来るまでになった魔王に勇者は牢からの解放を要求する。
それを魔王は鼻をすすりながら二つ返事で承諾すると鉄格子を開け不用心にも侵入。
そして、両手を差し出す勇者の手を取り手枷を躊躇なく外す。
それから胡座をかく勇者の足首の鎖を苦戦しながらも外していく。
この時、魔王は勇者の足首に巻き付いた鎖を覗き込むような体勢でいたため気付けなかった。
頭上で勇者の表情が歓喜で歪んでいることに…
「んっしょ。」
ガチャン
「よし、はずれ──」
「イヤッフー!解・禁!!」
「ひゃわっ!」
奇声と同時に勢いよく立ち上がる勇者。
それに驚き魔王は尻餅をつく。
そして次の瞬間理解した。
自分があまりにも無謀で馬鹿なことをしてしまったのだと…
「ぐふぇっ!ぐふぇへへへ!お嬢たん…解放してくれてありがとう!」
「ぁ…ぁぅ…」
突如、起こった勇者の変貌。
騙された。
得体の知れない恐怖を纏い、なんの儀式なのか両手を胸の高さまで上げて奇妙に動かす。
全ては自分を解放させるためだけの…嘘?
軽率だった?
相手は人間……それも勇者だ。
あぁ…わたしは殺されるんだ…
魔王は自分の心が急激に冷めていくのがわかった。
腰を抜かし、尻餅をつく魔王はジリジリと近づく勇者から逃げようとはしなかった。
いや、出来なかった。
希望の光を手にしたと思った次の瞬間には、それが自分を燃やす冷たい炎の光だった…
そんな絶望を見た魔王は涙を溜た暗い瞳で勇者を見上げる事しかできなかった。
「これは感情のき・も・ち。」
「っ───」
勇者の手が魔王の頭にふれ──
「サンダーボルト!!」
「あばばばばばばばっ!?」
だが、その手が魔王に触れることはなかった。
闇から現れた一筋の雷。
それは反応する間もなく勇者を貫くと遅れて轟音。
人1人の命を消し去るにはあまりにも大きすぎる力。
それをモロに受けた勇者は糸の切れた人形のように倒れた。
自然発生する雷と大差ないそれは役目を終えると消失した。
「ム、ムート~っ!!」
魔王は恐怖から解放され、先ほどの魔法を放った主を目にしたとたん目にも止まらぬスピードで男に飛びついた。
「…だめ…だったようですね。」
「うっ…ぐすっ、怖かったよぉ~うわぁぁん!」
「所詮は人間…ご無事でなにより。遅くなってすいませんでした。」
「ううん…ありがとう…助かったよ…」
男、ムートは自分の腰に張り付く魔王を優しく包み込み頭を撫でる。
そして、黒こげの勇者を憎々しげに睨みながら口を開いた。
「…申し訳ありません魔王様。国王軍です。」
途端に魔王の纏う雰囲気が変わる。
静かにムートから離れるその少女の顔はまるで面でもつけたかのような冷たいものだった。
「…数は?」
「森の奥からぞくぞくと現れているため詳しくは…不甲斐ない事にこちらの兵の約半分が人質に取られ睨み合いの状況です…」
ムートは苛立たしそうに。
魔王は苦虫を噛み潰したような顔をする。
「場所と要求は?」
「南出入口付近、シナナ海の砂浜に陣取り……魔王を出せと…」
「…そうか。」
魔王はチラリと勇者に目を向ける。
兵をあぶり出し、外の味方が対峙し、その間に王の首をとる……それが狙いだった?
……本当に?
「もう回避出来ぬ所まで来てしまったのだな…行こう。どう転ぼうが血を見る戦場へ…」
「御意…」
ふっと勇者から目を逸らした魔王は身を翻し、ムートを引き連れその場を後にする。
そして、2人が闇に消える中、勇者もまた薄れゆく意識の中思った…
『ただ感謝し、頭を撫でようとしただけなのに…』
と。