勇者にとって魔物は……
「良かったのですか魔王様?」
「何がじゃ?」
地下魔王城謁見の間。
装飾等は無くどっしりとした玉座に座るは魔王。
その容姿は10才そこらの女の子と大差ない。
だか、その力は強大で先ほど飛び出していった魔族達を束ねる魔王である。
「勇者…だったのでしょう?」
その隣に立つ男。
20代後半くらいか、がたいもよく身長も2m越え。
そして、なにより顔が怖い。
そんな彼だが玉座に座る少女、魔王に対し優しげに声を掛けている。
「多分…」
「多分?」
魔王の歯切れの悪い言葉に男が首を傾げる。
「わからぬのじゃ…あやつを覗き穴から見た限りではろくに力も感じぬだだの人のようじゃった…じゃが、あやつ…あやつは一発でワレの居場所を、仕掛けを見破り…ワレを引きずり出しおった…」
偶然である。
「それはまた…」
男もそれを聞き額に皺を刻む。
「あの仕掛け扉には魔力も気も全てを遮断し消してどんな魔物にも気づかれない代物のはず…」
偶然である。
「それに何より…」
「何より?」
「あやつと向き合った瞬間、ワレは並々ならぬ恐怖を全身で感じたのじゃ!このワレが!恐怖で…恐怖で何もできなかった!」
魔王として、王として力を持ち、恐れられる対象である自分が逆に恐怖で何も出来なかった。
それは、彼女にとって、魔王に取っては屈辱的で耐え難く、有り得てはならないことだと彼女は弱々しく吐き出した。
……正常な反応である。
「それほどの者…なのですか…」
だが、勇者を自分の目で見ていない男は己の慕う王の異様な怯えように例えようのない気持ち悪さを感じていた。
だが、その反面。
自分は決して折れない。
例えどれほどの者であろうと自分だけは最後まで、王のために立ち向かおうと決意したのだった。
かつん…
「「っ!」」
波を打ったような静けさの中、一つの足音が魔王と男緊張を与える。
かつん…
一歩。
かつん…
また一歩。
暗闇から響く音は徐々に大きさを増していく。
「……」
その音に僅かながら震える魔王の前に男が立った。
そして、闇を睨む。
かつん…かつん…
闇から何かが現れる。
かつん…かつん…
まずは足。
かつん…かつん…
次に胴…腕……
「っ!」
魔王が身を縮める。
それを見た男は理解した。
奴が勇者なのだ…と。
だが、だからこそ理解出来なかった。
奴からは何も感じない。
帯剣した村人だと言われても納得してしまうほどに。
かつん…かつん…かつん…
そして、肩…首…顔…ついに勇者は魔王と再び合間見えた。
「お嬢ちゅわん…みぃつけたぁ!!」
「ぴゃあぁあぁぁぁ!!」
闇から完全に姿を現した勇者は満面の笑みを貼り付け駆け出した。
その笑みは見る人100人中100が即通報を行うであろう危ないものだった。
勇者の発言と共に駆け出した事で魔王は先ほどの恐怖を蘇らせた。
言語能力を失った魔王は情けなく涙を流しながら悲鳴をあげる。
そんな悲鳴を背に受けながら前に立ち塞がる男はついに理解した。
こいつは勇者ではない…変態だ…と。
そこからは早かった。
魔王である少女しか視界に入っていない勇者はかなり早いスピードを出してはいるも直線的。
そんな勇者にカウンターを入れるのは男にとっては容易な作業だった。
「さぁ、オレと楽しいあそ「ふんっ!」ぶべげぶぁっ!!!?」
一撃必殺。
男の拳は勇者の顔面を捉えると残像を残す勢いで振り抜いた。
男の存在に殴られるまで気づかなかった勇者は為す術もなく地面に突き刺さり意識を手放したのだった。
「…………」
「…………」
打って変わって静寂が空間の全てを掌握する。
「…………」
丸めた新聞紙で叩かれたゴキブリのごとくヒクヒクと痙攣する勇者に2人は目を離せないでいた。
「……あの……これ、どうします?」
先に口を開いたのは男の方だった。
先ほど勇者を沈めた自分の拳に目を向け、その後にヒクヒクするゴキブ…勇者を見下ろした後に詰まりながら言葉を呟く男は、例えるなら、まるで痴漢と思って殴ったら実は違う人でしたみたいな様子だ。
まぁ、実際は痴漢…異常者で間違いないのだが、男が違和感を感じたのには理由がある。
……弱すぎる。
確かに自分は強い。
だが、これが本当に勇者だとしたらやけに打たれ弱い。
いや、脆弱と言える程に弱すぎるのだ。
いや、確かに普通の人間ならオーバーキル出来るだけの威力をぶち込んだのだがこれはまだ生きている。
ただの村人説は消えたが、やはり本当に勇者であるならばおかしい。
『勇者』の噂ならば魔物であれば誰しも耳にする。
人間の希望…
人間の最高戦力…
そして、事実、勇者(一行)は名の知れた数々の魔物を打ち倒している。
なのに……男の混乱は増ばかりである。
「ろ…牢に…牢に繋いで…おくのじゃ…」
そして、あまりの急展開続きで放心していた魔王もやや不安定ながらも落ち着きを取り戻したようで男に指示を出す。
「牢に?外に捨てるでなければ始末でもなく?」
だが、男は魔王の言葉に素直に従えなかった。
「う、うむ。」
「……畏まりました。」
まだ、なにか言いたそうな男だったが結局なにも言わず勇者の足を掴むとズルズルと引きずりながら闇へと消えた。
1人になった魔王は何するでもなく遠くを見つめるような目をしながら呟いた。
「人間の希望は…本当に魔物の敵なのかな…」
「……知らない天井だ。」
ふむ。
この台詞は何度言っても飽きませぬな。
…ほんと、町を変える度に宿屋の朝はお決まりの台詞だからなぁこれ。
さてと。
マジでどこだここ?
まるで、岩をくり抜いて作ったよな空間。
正面には鉄格子。
「……」
足首には鎖。
両手は上下から挟み込むような形の手枷…
「あぁ、ニューマイルームか。」
変態の順応性には目を見張るものがある…
しかし不思議だ。
オレはお嬢ちゃんと感動の再開を果たした事までは覚えている…
お嬢ちゃんだってオレと目が合った瞬間、歓喜の悲鳴を上げたのに。
……歓喜→恐怖の間違いである。
そんな妄想にどっぷりと浸かる勇者の前に1つの影が近づく。
「保護対象のかほりっ!」
ぐりんっとでも聞こえてきそうな動きでそちらに顔を向ける勇者。
「ひわっ!もう起きてる!?」
魔王だ。
「あぁ~ん!お嬢ちゅうわ~ん!自らオレの所に来てくれるなんてやっぱりオレたちは惹かれ合う運命なんだねぇ!!」
勇者は寝起きから絶好調である。
「ぐっ…き、貴様は勇者で間違いないかの?」
魔王はこんななりだが魔王と呼ばれるだけの力は持っている。
それでも、こんなタイプの生物と対峙するのは初めての体験だった。
故に生まれて初めて味わう名も知らぬ感情をぐっと噛み殺し魔王は聞きたい…いや、聞かなくてはならないこと口にした。
「いかにも!我は小さい少女の味方、変態紳士の勇者でつ!」
そして、勇者は何も考えず、言わなくていいことまで律儀に答えた。
「そ……そっかぁ。」
「?」
勇者の答えを聞き、魔王は安心したような、残念なような微妙な顔をしてその場にしゃがみこんだ。
しゃがみこんだ拍子に魔王のポケットから何かが落ちる。
「ん?」
「あぁ、勇者はムートに殴られて気絶しちゃったから治療をと思って持ってきたんだけど必要なかったね……こほん。必要なかったようじゃな。」
「………」
なぜ最後に言い直したのだろう。
そんな事を思ったが口にはしなかった。
なぜか?
勇者は魔王は何かしらのキャラ作りをしていると理解しているから。
そして、密かに気まずい空気を作ってしまい狼狽える魔王を見て萌えていた。
勇者変態である。
「の、のう勇者?」
「なぁにお嬢たん?ぐふぇへへ」
今にも涎を垂らしそうな顔である。
だが、そんな勇者を見ずに魔王は俯きながらも、意を決したように拳を握りしめながら問う。
「ゆ、勇者にとって魔物とはなんじゃ?」
「え?討つべき対象だろ?」