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ロリな魔王と変態勇者  作者: 鹿鬼 シータ
19/21

変態勇者のやり残し

「いてっ、ごほっ、ぎゃっ!?…てんめぇ!!」


 魔法使いに頭を叩かれ、神官に蹴られ、戦士に背中を叩かれた。とりわけ背中への衝撃が想像以上だったのか勇者は背中を抑えながらの変な体勢のまま戦士を追いかけだした。


「なぁ、やっぱ止めようぜ?あたしらには行くとこもやることもあんだろ?」


「何言ってんのよ姐さん!だからこそ行くんでしょうが!俺が、俺であるために!」


「はなせー!」


 心底面倒くさそうに言った魔法使いに勇者は戦士をぶら下げながら胸を張ってそう言った。


「無駄だ。リーダーのこれは何を天秤にかけようとも揺らぐことはない。」


「わーってるよ!くそっ。かと言って一人で行かせる訳にもいかねぇし…」


 諦めたような口調の神官に魔法使いも投げやりに答える。それでも、魔法使いは諦めることは出来なかった。例え無理だと分かっていても考えないわけにはいかなかったのだ。こんな性格だが勇者一行で人一倍風評対策に尽力を尽くしているのが彼女であったから。

 と言うのも、ここは迷宮の森。つい昨日ここから出てきたばかりだと言うのにやり残したことがあると言って、次の国に向かおうとする一行を置いてでも勇者はこの場所に行くと聞かなかった。迷宮の森。この地下に魔王がいる。それも幼い少女の姿をした…。彼女にどんな用があるのかは知らないがその手の話は放っておくとどんな事態になって降りかかってくるかわかったものではない。だからこそ監視の目が必要なのだ。それでも、勇者が勇者である以上気軽に魔王の元へ行ったり来たりなど許されることではない。魔法使いは酷くなる頭痛を堪えながら勇者の後に続く。


「この地があんたのものになったってのを伝えるだけならあたしの魔法で伝えてやるけど?」


「いや、用件はそれだけじゃないんだ。だからいい。」


 そして、辿り着いたのは勇者と魔王が出会った場所。例の巨木風回転扉だ。そこを軽く押して階段を確認した勇者はまるで我が家のごとくそのまま降りて行った。


「痛いよぉ…苦しいよぉ…」


 それからすぐの事だった。階段を降り、薄暗い通路を進み始めて少し行った辺りで勇者は泣いていた。天井から逆さ吊りにされ幾本もの竹やりと矢に貫かれながら泣いていた。


「まぁ、罠くらいあるわな。」


 後は王座まで一直線だと機嫌よさそうにスキップする勇者にいくつもまとめて襲い掛かった罠。あるんじゃないかなぁ、くらいの気持ちで勇者から数歩下がって付き添う一行等は案の定といった具合の勇者を冷めた目で見つめる。


「罠が作動したぞ!」


「馬鹿な!あんなもん何年前からあると思ってるんだ?一応、出入りが無いときは作動させてはいるが獣一匹すら掛ったことないのに!」


「どうせ誤作動だろ?さっさと確認に……」


 そんな中、奥から申し訳程度に槍だけを持った魔族の兵が三人、談笑しながらやってくる。そしてこちらに気付くと一瞬驚いた顔をして誰だかわかると警戒し、罠に掛かったものが何か理解すると心の底から困惑した。


「悪いな。こいつの事は気にしねぇでくれ。で、出来たら魔王にあたしらが来たって伝えるだけ伝えてはくれないか?そちらに危害を加えるつもりは無ぇし、魔王に帰れと言われたら最低限用件を伝えたらこれを回収して帰るからよ。」


「……おい。」


「行ってくる。」


 魔法使いの言葉を聞いて自分たちの仕事を思い出したのか一人が奥に向かって駆け出し、残りの二人が武器を向けることはしなくても通路をふさぐように立つと口を開く。


「…武器を持てる年の奴らはみんなあの戦場にいた。私たち含め皆感謝している。」


「そうかい。」


「だが、ここから先へは、私たちの判断で通すことは出来ない。こんな場所で悪いがもうしばらく待ってほしい。」


 魔族の二人が深々と頭を下げる。それは、少なくとも侵入者に対する対応ではない。その誠意に魔法使いは今のあたしらは侵入者だ襲われないだけで十分さとぶっきらぼうに言った。そのまま数分。奥の方から二人三人では足りないほどの足音が近づいてくる。


「本当であったか。」


「………」


 現れたのは五人の護衛と強面長身のムート。そして、若干息を切らし、頬を上気させた魔王だった。驚きと喜びを混ぜたような表情の魔王とは裏腹にムートや護衛の表情は硬かった。当然である。勇者と魔王は本来ならば…。まぁ、現時点でこんな所までノコノコやって来たのが本当にあの勇者一行だと分かった時点で警戒はほとんど解けてはいたのも事実ではあるが。やろうと思えば地上からでも十分殲滅できるだけの力を見ているからだ。


「魔王た~~~ん!!」


「ひわっ!?」


 宙ぶらりんの勇者が激しく暴れだす。


「えっ?えっ?どうして勇者があんなことになってるの!?それに、皆も何で放置してるの?」


 勇者の様子に今気づいたとばかりにリアクションする魔王に暴走を加速させる勇者。そして、魔王の言葉に神官が動く。


「本当に開放していいのか?あれを?」


 勇者をあれ呼ばわりして指さす神官。答え次第では本当に開放するつもりだった。


「あ…ぅ…えとっ、」


 勇者の性質を思い出した魔王は思わず後ずさる。そして、ムートも入れ替わるように前へ。


「あぁ、とりあえず聞いとくれ。立場上あたしらも長居する気はねぇ。とりあえず用件だけ伝えるぞ。」


 このままでは事態のカオス化を招くと魔法使いが切り出す。


「えっと…せめてお茶でも…」


「やめてくれ。」


 魔王がそう返すも魔法使いの言葉は冷たい。顔も見ないような態度に魔王はしゅんと項垂れるも魔法使いがそちらを見ることはなかった。


「魔王様。」


 立場について理解しているムートが口を挟む。


「わかっておる。」


 魔王も魔王の顔になると聞く態勢を整える。もしかしたらまた王国に攻められるのかもしれない。これは宣戦布告なのかもしれない。もしくは、戦争になる前に逃げろと…本当にもしかしたら伝えに来てくれたのかも。いろんな最悪と希望が魔王の頭を過る。それでも、ここまでの発言でこの場でこの人たちと戦闘にならずに済むとわかって、その点だけは色んな意味で安心した。


「あんたたちが住むここ。迷宮の森含む一帯の土地はその吊るされた馬鹿が貰ってきた。」


「………んんっ?」


「ここは今日から勇者領なんだ。」


「………えっと…」


「もうここが狙われることはない。地上に出ようがこの地に居る限りここ周辺の国の人間には不当に襲われることはない。」


「………」


 完全に固まってしまった魔王にムートに護衛達。魔法使いは構わず続ける。


「ただし。」


 空気が一変。ひりつくような気配に魔王たちがハッと気づきと思わず身構える。


「あんたたちが不当な理由で人間を襲った場合。少なくとも上の馬鹿以外は一切容赦しない。」


「……それ…だけ…?」


 魔法使いが言い終わると同時に威圧的な空間が霧散する。魔王もようやく理解が追いついたのか消えそうな声で言葉を紡ぐ。


「あぁ、以上だ。次の目的地も決まってっから、もう行くけど、悪さをしたらすぐにわかるからそのつもりでな。」


「違うっ!」


「っ、?」


 話は終わり。そう言うように踵を返す魔法使いのマントに飛びついたのは魔王。完全に不意を突かれ躱す事も出来ずに驚きで声を出しそうになった魔法使いは振り返って見下ろしギョッとする。


「ちょっ!なに泣いてんだい!?はっ?なに?何が不満なんだい?それとも不安かい?あぁもう、やめとくれよ…たくっ……弱ったねぇ……」


 まさかの事態にテンパる魔法使いだったが最後には魔法使いのマントを掴んだまま肩を震わせ、俯き、何も言えなくなった魔王の頭をポンポンと雑に撫でるのだった。

 そして、そんな二人の後ろでどうやって脱出したのか暴れ狂う変態を押さえつける二人はただただ不幸だった。



「ご、ごめんなさい!」


 それからところ変わって物置のような粗雑な部屋。そこであり合わせを詰め込んだようなテーブルやソファーでお茶を飲む勇者一行と魔王にムート。落ち着きを取り戻した魔王は第一声に謝罪を口にすると恥ずかしそうに頬を染めた。


「あぁ、魔王たんの恥ずかしそうな顔。心のアルバムに収めました!」


「リーダー、うるさい!」


 直ぐに暴走する再び簀巻きにされた勇者を戦士は押さえつける。神官はその隣でお茶を啜りながら第二のバリケードとして構える。


「いいよ。んで、何が違うって?」


 若干不服そうに対応する魔法使い。


「えっと、ここはもう勇者の領地なんだよね?」


「あぁ。」


「本当に…このままここに居ていいの?」


「あぁ。いや、こんな穴からは出てもらうよ。何か事故でも起きて生き埋めにでもなられたら気分が悪いからね。木材はいくらでもあんだから好きにしな。」


「……条件とかは無いの?」


 とても信じられない。そんな表情である。対する魔法使いは興味無さそうに淡々と答えていく。


「意味なく人を襲わない。これだけよ。」


「……本当に?」


「あぁん?」


「っ…本当に、それだけでわたしたちは出ていかなくてもいいの?」


 思わず聞いてしまった魔王。魔法使いは別に不快だったわけではなくただ聞き返した位の積りだったが一瞬怯んだ魔王にばつが悪そうに頭を掻く。


「それだけだ。それだけ。」


「っ……」


 魔王の目に涙が溜まる。聞き間違いじゃなかった。信じられないような奇跡が本当に…。感極まるそんな魔王に魔法使いは慌てる。


「ちょ、待てよ!待てって!泣くな、泣くなよ!」


 こんな事が本当に許されるのか?魔族が魔王が存在を許されるのか?これで太陽の下を堂々と過ごさせてあげられる……魔王の涙腺は再び限界を、


「ところで、添い寝はいつ?今日?明日?」


 ぴたりと止んだ。


「…あっ。」


「ふぇ?」


 何かに気が付いた様子の神官と勇者の言葉に理解が出来ないでいる魔王。


「約束したじゃん!」


「あっ!」


 そして思い出す。勇者が魔王を抱えて神官に預けた後、その場を後にする際に騙し討ちのような塩梅で取り付けられた約束を。


「おい、戦士。そいつを上まで捨ててこい。」


「あいさー」


 冷めた目で命令を下す魔法使いと、汚物でも掴むような格好で芋虫状態の勇者を持ち上げ無表情で部屋から出ようとする戦士。


「そんなっ!約束!約束したのにっ!!」


 必死に抵抗する勇者。止める者は誰もいない。誰も…


「ま、まって!」


「魔王たん!?」


 顔を青くし、震えながらも手を上げ待ったを掛けたのは魔王だった。


「…約束は…守らないと……勇者も…守ってくれたし……」


まるで、自分に言い聞かせるように呟く魔王の目は虚ろだった。その覚悟はあくまでも変態との約束を守るための覚悟であって、悪徳領主に住処という弱みを握られた者の顔ではなかった。それを魔王の顔を見ただけで理解できてしまった魔法使いはため息を吐き、小さな声で純粋な子だ、と呟いた。


「戦士、転がせ。」


「あい。」


「へぐっ!」


 雑に捨てられた勇者は高等部を強打し呻く。


「踏みな。」


「えっ?」


 戦士の暴挙も魔法使いの言葉も理解できずに狼狽えているといいから踏みな。と魔法使いは勇者の顔面を指さした。


「これにとって添い寝なんかよりよっぽどご褒美なんだ。それとも、あんたはこれと一晩共に過ごすかい?」


「うぅ……でも、本当にいいのかな?」


「バッチコーイ!」


 答えたのは勇者だった。頬を上気させ鼻息荒くのたうち回るそれはまさしく変態のそれ。


「えっ……えっと、じゃぁ、失礼します。」


 魔王は引け腰のまま靴を片方だけ脱ぐと勇者の顔に近づけた……




「そんじゃ、あたしらは行くからな。」


 勇者の心残りを清算した一行は入ってきた階段の前に居た。仕切る魔法使いに追従する二人と引きずられる芋虫が一匹。それを見送るムートとその隣で顔を青くして震える魔王の二人。


「正直、まだ理解というか実感はありません。ですが、それがどれだけ魔王様の心労を軽くしてくれたのかは分かります。一同を代表して感謝いたします。」


 使い物にならなくなった魔王の代わりに感謝を口にするムート。


「一応、受け取っておく。だがあたしらはこれ以上干渉する気はねぇ。」


「もちろんです。今後これで立場を悪くするようであれば魔王と称し私のこの首取ってもらって構いません。一度は魔王を名乗ったこともある首です。魔王様と他の者を見逃していただけるのであれば喜んで差し出しましょう。」


「っ!ムートよ。ワレを置いて何を勝手な話を進めておる?」


 魔王が意識をはっきりさせ殺気にも似た圧を放つ。全ての責任と権限は我にある。そんな外見に似合わぬ気迫に勇者一行までもがつい身構える。


「…たくっ、ほのぼのすんのは後で勝手にやってくれ。ただでさえこっちはやりにくさを感じてるっていうのに。魔族は悪くあってくんねぇと……ちっ。行くよあんたたち。」


 何かを言いかけた魔法使いは静かに首を振ると魔王に背を向ける。それに戦士従い、神官はいちいち仕切るなとぼやく。


「あっ、えっと本当にありがとう!わたしは魔王だけどこの恩は絶対に忘れない。魔王リリム・ザリュギムの名に誓って!」


 その言葉を背に勇者一行は何も答えず外に向かう。

 自分の役目を、目的を全うするため。

 

次の国へ……



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