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仔犬とナイフ  作者: 中田辰
6/10

chapter6 愛美/バカなピエロ

 この緊張感、ハンパない。体が小刻みに震える。指先なんて感覚がないよ。リクルートスーツが体と心を締め付ける。何だか、逃がさないぞ、って言われているみたい。

 このストライプのシャツが私のラッキーアイテム。オレンジと緑のストライプが元気っぽくて好き。普通のリクルートスーツって無愛想な感じがして嫌いなんだもん。なんかおにぎりみたいで。みんな同じ格好しちゃって。これを難なく着れる人の神経がわかんない。ちょっとは自分の個性を出したいとか、目立とうとか思わないのかな。

 でも、Z社の本社って本当センス抜群。全部ガラス張りで、クリスタルみたいにキラキラしている。さすがネイル業界で実績第二位。受付のお姉さんもモデルさんみたいに綺麗だったし、シンプルなフレンチがよく似合っていた。いいな、こんな会社で働けたら自慢できる。ここに入社できたら、美樹とも自信を持って対等に話せるようになるかな。

 私だって、やるときはやるんだから。いつまでも落ちこぼれじゃないよ。

「上野さん、お待たせしました。どうぞ、お入り下さい」

さっきの受付のお姉さんだ、顔ちっちゃ。

「失礼しまぁす」

「どうぞ、お掛け下さい」

「・・・??」

私、会社間違えたかな。目の前にいる面接官・・・らしき人は小太りで眼鏡を掛けたバーコード禿げのおっちゃん。チビデブハゲの三拍子が揃っている。グレイのスーツが微妙に体に合ってなくて、袖がちょっと長い気がする。ここから見ても顔は明らかに脂ぎっているし。ガラス窓から照り注ぐ太陽の光が、おっちゃんの禿げ散らかした頭部と脂ギッシュな顔をテカテカ光らせている。真っ白い壁と大きなガラス窓。白いお洒落なテーブルに、透明な椅子。このおっちゃんが一番いちゃいけない場所じゃない?ヤバイ、ここ、なんの会社?

「上野さん?どうぞお掛け下さい」

「は、はい」

私を呼んだ・・・ってことは会社合っているんだ。じゃあ、このおっさんはなんなの?

「上野愛美さんですね。では、今から面接を始めます。私は今日面接させて頂きます小池と言います。よろしくお願いします」

「・・・よろしくお願いします」

この声、どもった声。ヤバイ、生理的に無理。

「では、まずですね、自己紹介をお願いします」

「はい。上野愛美です。二十歳です。現在ネイルアーティストを目指して、キャリアスクールに通っていて、ネイル検定の三級と二級を取得しています。今は一級獲得を目標に勉強中です。・・・あ、以上です」

 自分の声が強張って震えているよ。ヤバイ、めっちゃ緊張する。自己紹介って、こんなんでいいんだっけ?もっと趣味とか言うべき?よくよく考えたら、私、個人面接って初めてだ。今まで集団面接だったから、前の人が言ったようなことを言えば良かったんだけど。今日はマネできない。どうしよう。ヤバイ、ヤバイ。テンパるな、テンパるな。

「では、志望動機をお聞かせ願います」

「は、はい、志望動機ですね。えっと、私は先程も申しましたように・・・ネイルアーティストを目指しております。三級、二級も取り、今は一級を取ろうと勉強しています。それで、あ、そこで・・御社のホームページを見て、二級まで取得した人は店舗スタッフとして働かせて頂けるという事で・・・是非御社で働きたいと思って応募しました」

だ、大丈夫?自分。頭ん中真っ白。唇が尋常じゃない渇きっぷり。

「では、今回は実務経験が欲しいと?」

じつむけいけん・・・

「は、はい!実際今まできちんとお客様のネイルをしたことがないので、御社で働かせて頂きながら、一級取得をしたいと思います!」

「それはわかりました。上野さんは、ウチで働きたいのか、それとも一級が欲しいんですか?」

「え・・・」

なんなの・・・この雰囲気。追い込まれている感じ。

「ウチの店舗で働くとなると、かなり時間は取られますし、研修もハードですよ?相当な覚悟と根性がないと一級の勉強との両立はできませんよ?」

「大丈夫です!」

「どうして大丈夫と言えるのですか?」

「そ、それは・・・自分がそう決めたからです」

「そうですか。わかりました。では、次に自己PRをお願いします」

自己PR・・・自己PR・・・

「えっと、私はとても明るくポジティブな人間です。辛いことがあっても、持ち前の明るさで乗り切ることができます」

言え、もうちょっと何か言え!愛美!

「実は、去年、両親が事故で亡くなりました。最初は途方に暮れましたが、母と約束したネイルアーティストになるという夢は必ず叶えようと思い、今頑張って勉強します」

ダメだ・・・こんなことしか言えないよ・・・お母さん。この面接官のおっちゃん、私が何を言っても無反応なんだよ。人じゃないみたいで、怖いよ・・・。

「では、上野さんは弊社で何がしたいですか?」

怖い、怖い、怖い・・・

「はい・・・御社に入りましたら、店舗でネイルの勉強をしながら、一級を取って、御社で活躍出来るネイルアーティストになりたいと思っています」

「質問の意味がよくわかっていらっしゃらないようですね。上野さんがウチでしたい、ことです」

・・・したい・・・こと・・・?

「一流のネイルアーティストになって、お客様が満足できるネイルをしたいと思います」

沈黙。

壁掛け時計の秒針、右隅の観葉植物、そして空気が一瞬止まった、ように感じた。そして、ゆっくりとスローモーションになって全てが少しずつ動き始めたように見える。ゆっくりと、面接官のおっちゃんの瞼が開いて閉じ、目元の皮膚はピクっと動いて、「はぁ」っていう溜息が聞こえた。多分、私に聞こえてないと思っているかもしれないけど、心臓の音も聞こえそうな静寂の中では、バッチリ聞こえる。

 止まっちゃえ。そして、全てを巻き戻しにして欲しい。こんな敗北感なんて経験したくない。辛い苦い想いなんてもうしたくない。お願いだから、早く私をここから出して!

「わかりました。では、こちらからは以上ですが、上野さんから何か質問はございますか?」

何か、質問した方がいいよね・・・?でも何も思い付かない・・・。

「いえ・・・特にありません」

「そうですか。ではこれで面接を終了させて頂きます。結果は一週間以内にお電話にてお伝えさせて頂きます。もしお電話がなかった場合、今回は御縁がなかったということでご了承下さい。では、ありがとうございました」

「ありがとうございました」



 熱々のキャラメルマキアート。スタバでソファ席をゲット出来るなんて不幸中の幸いって言うのかな。大好きなキャラメルマキアートを飲んだら、自分を取り戻せると思ったのに、急いで飲んだら舌を火傷しただけ。何してんだ、バカ。

 まだ頭の中が真っ白。っていうか、あのおっちゃんに全ての生気を吸い取られた感じがする。なんか、モンスター?って感じのおっちゃんだった。チビデブハゲ、脂でテカテカした顔、生理的に無理だったから、あんまり顔は覚えてないけど、外見から判断するとどんくさい感じで、仕事は出来そうにない。でもしゃべると、どもった声なのに、スパスパと早口だったから意外過ぎる。人は外見で決めちゃいけない。

 何であんな人があの会社の採用担当なんてしてるんだろう?受付のお姉さんはあんなに綺麗で、まさしくあの会社で働いてます!って感じだったのに。どうして?

 私があのおっちゃんに対して、どうして?って思ったり、違和感を感じることが可笑しいのかな。あれが社会では当たり前のことなのかな?今まであの会社を受けた人達はどう思ってるんだろう?

 しかも、あのおっちゃんが醸し出す雰囲気って言ったら。もの凄く威圧的だったな。何であんなに私に無反応だったんだろう?自分で質問したくせに、私の答えには頷きもしないし、目さえも合わせない。私が言ったことなんて完全に耳から耳へとフーって抜けていってるよ。リアクションが無いから伝わっているのかもわからないじゃん。

 体がまだ強張っているし、顔の火照りも取れない。でも、手足の指先だけはもの凄く冷たい。目の前のガラス窓にうっすらと映る自分の顔。負け犬の顔をしている。泣いていないのに、マスカラとアイラインがちょっと崩れて、両目の目尻が黒くなっている。めっちゃブサイク。あぁ、化粧直さなきゃ。

 今日の面接はどこがいけなかったんだろう?志望動機?自己PR・・・もうその辺から自分が何を言っているのかよくわかんなかった。っていうか、あのおっちゃんが言っている質問の意味もよく解ってなかったと思う。とりあえず、「勉強したい」とか「一級を取得」をいっぱい言っていたことだけは覚えている。完全にテンパっていた。しかも、あの事件のことも言ってしまった。何言ってんだか。あんなこと言って、プラスになるとは思えない。最初は緊張していたのが、段々怖くなって・・・。あぁ、まだ怖い。絶対落ちている。

 やっぱり私にはあんな大きな会社は無理なんだ。自分にはレベルが高過ぎるのかな?でもどうやって自分のレベルを計ればいいの?

 美樹はどうやってあの大手の会社に入ったんだろう。美樹はいつも「私には無理~」とか「きっついきっつい」ばっかり言っているのに。美樹にあって、私にないものって何?私にあって、美樹にないものなんてある?

 キャラメルマキアートの甘ささえも何だかイライラする。一体なんなんだよ。就活も面接も志望動機も自己PRも資格も履歴書も正社員もアルバイトも美樹もアイも・・・一体何なの?っていうか、自分が一番何なの?って感じ。

 スタバにいる人達たちを見ていると、どうして成功者に見えるんだろう。パソコンを叩いてるサラリーマンは一流企業のビジネスマンに見えるし、女子大学生らしい女の子たちは、有名大学の学生っぽいし、ぽっちゃりめのおばちゃんたちも世田谷にお住まいの奥様方に見える。じゃあ、私は何に見える?

あぁ、トイレに行こう。

 こうやってきちんと鏡を見ると、本当にひどい顔している。顔面パンチをくらったみたいな感じ。ひどい。そうだ。今日の面接のことは絢ねえに聞いてみよう。ちゃんと就活していた絢ねえなら何かアドバイスくれるかもしれないし。

 あ、何が一番いけなかったのか解った。このオレンジと緑のストライプシャツ。とんだお馬鹿ピエロって感じ。

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