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仔犬とナイフ  作者: 中田辰
4/10

chapter4 愛美/渋谷で惨め

 なんだ、一番乗りか。アイと美樹はまだか・・・。

「お一人様ですか?」

「あ、いえ、後で二人来るんですけど」

「では、こちらへどうぞ」

いい感じの店じゃん。さすがアイのセレクト。天井が広くって解放感抜群。壁は黒だけど、太陽の光がたくさん入って気持ちいい。夜はシックなお店になるのかも。

「メニュー、置いておきますね」

ふぅーん、店員さんもニコニコしてていい感じ。

『先にドリンク頼んで待ってるよー』

アイと美樹にメール一斉送信、っと。

まぁ、メニューは普通のカフェ飯ってとこかな。パスタ、ピザ、どんぶり・・・最近ロコモコおいてあるカフェが多い気がする。何でだろう?私なら絶対頼まないのに。あーでもこの前のお店で美樹が頼んでたっけ?

あ、携帯鳴ってる。

『あと十分くらいで着きまーす』

アイはおマメさんだから、ちょっとした事でもきちんと返信してくれる。A型だからね。その点、美樹はAB型でよくわかんない。まぁ、人として遅刻しそうなときはちゃんと連絡くれるけど。っていうか、そうじゃなきゃ、専門から友達やってないし。まぁ、私が早く着いちゃったんだからしょうがないか。

「すみませ~ん」

「はい」

「連れ、まだなんですけど、とりあえずドリンクだけいいですか?」

「はい、どうぞ」

「じゃあ、アップルジュースで」

「かしこまりました」

男性の店員はけっこう皆イケメンだし。渋谷ってこともあるのかな。ここ、これから一人カフェでご贔屓しようかな。とりあえず、今日何食べよう。パスタもいいな。最近食べてないし。パンプキンクリームソースなんて超旨そう。

「失礼します。アップルジュース、お待たせ致しました」

「どうも」

ふぅ~ん、イケメン・・・じゃない店員もいるわけだ。


 っていうか、今朝の手紙にはマジ参る。あの女、今更手紙なんか書いてきて、しかも謝罪したいだなんて・・・やっぱ頭狂ってるんだって。

 どれだけ謝っても、っていうか、あの女が死刑になったとしてもお父さんとお母さんは戻って来ない。生き返らない。あーイライラする。きっとあの手紙を書いて、今ニヤニヤ気持ち悪い顔して笑っているんだよ。絶対にそう。私と絢ねえが手紙を読んで、あの事件のことを思い出して苦しんでる姿を想像してるんだ。マジでサイテーな奴。

 日本もどうかしている。人殺しても、病人扱いされれば罪には問われなくて入院。悪い奴は罰せられるんじゃないの。そりゃ、まぁ、人間だからさ、人生色はあると思うよ。私だって、ムカつく奴には死んじゃえって思うこともあるし。あの女も辛いこととか嫌になることとかあったと思う。でもそこで殺さないのが普通の人間でしょ。頭狂った殺人者なら死刑になっていいと思うんだけど。

 大体、絢ねえもよくわかんない。少し正常になったんじゃない?って、ふざけんなよ。頭おかしいから、ああやって偽善者ぶって手紙よこしてくるのに。

 何で絢ねえは、あの女の気持ちまで想像するんだろう。そんなことをすればするほど、自分の神経が擦り減っておかしくなりそうなのにさ。

人殺しはヒトゴロシ。それだけで充分じゃん。

 本当の姉妹なら、もっと解り合える所もあったのかな。こんなとき、姉妹手と手を取り合って乗り越えていくのかな。他人同士だから、こんなにも違うのかな。でも世の中には、血の繋がった兄弟姉妹なのに、めっちゃ仲悪いのもいるしね。あぁ、家族ってよくわかんないや。

 でも絢ねえみたいな人が学校の先輩とかにいたら、付いて行きたくなるかもしれない。頼りがいがあるし、なんか、きちんとしたオーラがある。彼氏さんとも長いしさ。私なんてすぐ別れちゃうのに。絢ねえは女の鏡みたいな人かもしれない。まぁ、めっちゃ良く言えばの話だけど。でも時々、絢ねえが何を考えているのかわからないときもある。それに、説明されてもよく理解できないこともある。絢ねえが頭良くて、私が馬鹿だからかな?


「愛美~お待たせー待った?」

「アイ~全然大丈夫。今来たとこ。っていうか超久しぶりじゃない?」

「一年振りくらい?」

「アイ、髪伸びたね~そのパーマ、超似合ってる」

「えへへ、ありがと。愛美に言ってもらえると嬉しい」

「え?何で?」

「だって、愛美はセンス抜群だからさ。あ、すいません、私、オレンジジュース」

「はい、かしこまりました」

「っていうかさ、ここのお店、けっこうイケメン多くない?」

「でしょ?この前友達と来たときにそう思ってさ、結構良いでしょ?」

「ちょっとマジで気に入っちゃったから、御用達にするわ」

「ごっめーん、二人とも」

「美樹~今アイも来たとこだよ」

「そうなんだ、良かった~昨日仕事がなかなか終わらなくてさ~家着いたのなんと夜中の二時!」

「えーそれって大丈夫なの?ちゃんと寝れた?」

「平気平気。こうやって二人と合ってギャーギャー言わないと逆に精神が持たないからさ」

「オレンジジュースです」

「あ、二人とももう何か頼んでるの?」

「ううん、私もアイもとりあえずドリンクだけ」

「じゃあ、私はジンジャーエールで」

「はい、かしこまりました」

「っていうか~今の店員、けっこうカッコ良くない?」

「アイのお勧めイケメンカフェだからね~」

「ふふふ、お二方がお気に召したようで何よりでございます。ささ、何食べようか~」

「私、もう決めてあるんだ、パスタのパンプキンクリームソース!」

「へぇー、めっちゃ美味しそうじゃん。じゃあ、私はロコモコ」

やっぱり。美樹はロコモコを頼んだ。何で頼むんだろう。

「私も決まった!グリーンカレーにしよ」

「失礼します。ジンジャーエールでございます」

「あ、ご飯の注文もいいですか?」

「はい、どうぞ」

 こうやっていつも二人を引っ張ってくれるのがアイ。お店選びから、何をして遊ぶか、何時集合、何時解散、そして予算まで。見た目は派手だけど、中身は超大人。私と美樹はいつもアイの指示に従っていれば悪いことにはならない。きっとアイの人生は間違いないと思う。なんとなくそう思う。

 美樹は正反対でかなり突発的。連絡取れないと思ったら、海外行っていたりするタイプ。考え方もぶっ飛んでいる。美樹の恋愛事情はどれもドラマチックで、唖然としてしまうことが多い。そんな美樹を見ていると面白いし飽きない。それで、きちんと仕事を頑張っているところが尊敬できる。今では顧客が付くくらいのヘアメイクアップアーティスト。私みたいに中途半端に進路変更せずに頑張っているところが凄い。

 じゃあ、私はどうなんだろう。


「お待たせしました。パンプキンクリームパスタ、ロコモコ、グリーンカレーでございます」

 ロコモコを頬張る美樹は、本当に美味しそうに食べる。やっぱりロコモコが好きなんだ。っていうかそんなに美味しいものなら、今度食べてみなきゃ。

「実はね、私、報告があるの」

「えっ?えっ?何?アイが報告なんて超珍しい」

結婚かもしれない。

「私ね、妊娠したの」

やっぱり。っていうか何で私解ったんだろう?

「えー!マジで?おめでとう!」

そっか、『おめでとう』なのか。そうだよね、オメデタイことだもん。

「ありがとう。自分でもマジびっくりでさ、生理が来ないな~なんて軽く思っていたら、こんなことになっていたんだよね」

「相手は・・・もちろん拓也さんだよね?」

「ちょっと愛美!当たり前じゃん!なんてこと聞くの~」

「はは、何?心配した?私が浮気でもしたって?」

「ごめん、びっくりしちゃって」

「それでそれで?結婚はするんでしょ?」

美樹の興味はロコモコではなくて、アイにシフトしたみたい。

「もちろん、するよ。元々結婚しようって話は出てたから、良いきっかけが出来た感じ。まぁ、出来ちゃった婚ってやつ」

「うわぁ~羨ましいぃ!拓也さんは何て?」

「それがね、めっちゃ喜んでくれてて。最初言うときはかなりビビってたんだけど。ほら、迷惑な顔とかされたらキツイじゃん?でも死ぬほど喜んでくれて、『結婚しよう!』って言ったくれたの」

こんな・・・幸せそうなアイを見るのは初めてかもしれない。

「マジで羨ましい!拓也さんもマジでイケメン!決断力ハンパない!いつ出産?」

「昨日産婦人科行って診てもらったら五週目だって。だから、まぁ、来年の1月くらいになるって」

「結婚はいつするの?」

「婚姻届は明日に提出するつもり。明日の午前中は拓也仕事ないし」

「拓也さん、相当早くアイと籍入れたいんだね~好き度が並大抵じゃない!」

美樹は何でこうも興奮しているのだろう。

「そんなわけで、私は明日から人妻になります。どうぞよろしくお願いします。今までと変わらずにね」

笑ったらちょこっと見えるアイの八重歯はいつも可愛いけれど、今日は格別に可愛く見える。

「よろしくお願いします」

アイが丁寧にお辞儀なんかするから、私もつられてお辞儀しちゃった。

「アイが人妻かぁ~」

「まさかこんなに早く自分が人妻になるなんて思ってもなかったよ。それで美樹はどうなの?恋愛の方は」

「なーんにもない」

丼ぶりの中をスプーンでぐちゃぐちゃする美樹。そうだ、ロコモコってぐちゃぐちゃ混ぜて食べるんだった。

「職場で良い出逢いないの?」

「ないね~まぁ、私がいる店は男女の割合半々だけど、男性陣はけっこう結婚している人多いし、若手は皆仕事に燃えてて恋愛モードなんて一切ないよ」

「でもさぁ、そこからポっと花開くこともあるんじゃない?ねぇ、愛美」

「う、うん」

アイが私に同意を求めてきた。ダメダメ。会話に集中しなきゃ。

「けっこうみんなさ、切磋琢磨している感じだからねー。店閉めた後もマネキンで練習してたりとかで、皆ガチで恋愛している暇ないって感じ」

 私も美樹みたいに、あのままヘアメイクの世界に入っていたら今はどうなっていたんだろう。

想像してもあんまり今と変わらない気がする。お父さんとお母さんは死ぬのかな、死なないのかな。

「でもね、この前社長が店に来ていたときに声掛けられたの!それで、青山の本店に来ないか?って言われちゃってさ!」

本店?本店って、あの芸能人がよく御用達にしている店?

「へー凄いじゃん!美樹!」

「まだ正式に決まったわけじゃないけどね。店長からそれらしきことは言われてないし。でも社長だよ?鶴の一声でマジでリアルになるかも?本店行ったら色んな芸能人のヘアメイクも出来るし」

 美樹がこれ程にまで目をキラキラさせるなんて初めて見た。専門のときからいつも美樹の目には情熱っぽい野望っぽいものでギラギラしていたけど、今はキラキラしている。本当に嬉しそう。なんて言うか、夢に満ちている感じ。将来が待ち遠しそう。

「それで、愛美は?就活どう?」


 その言葉を私に振らないで、って思った。必死に願っていた。

「愛美は?就活はどう?」

悪魔の呪文みたい。一気に呪われる感じ。だって、現に心臓が泥沼にはまったように身動き出来ない。

 アイは結婚。赤ちゃん。喜ぶ拓也さん。幸せな家庭。やっぱりアイの人生には間違いなんてない。予想通り。

 美樹は本店異動。期待の新人。勢いがあって一生懸命な若手。美樹があの会社を受けるって聞いたとき、私はその時点で諦めていた。美樹には勝てないと思っていたから。本当は一番行きたい会社だったんだけど。今は良かった、受けなくてって思っている。私が受かってもキャリアの差は結果的にこうやってついていたと思うし。

「愛美は?就活どう?」

「ぼちぼちやってるよ~」なんて曖昧な答え。でも本当にそれが事実だもん。やってるけど、受からない。やっぱり一級がないとダメなのかな。

 みんな、自分の人生、楽しいのかな。人生って楽しむものなの?何だか私は人生に押し潰されそうだよ。自分の人生なのにさ。

 涙が出そう。どうして。悔しい?何が?ううん、悔しくはない。悲しい?何が?お父さんとお母さんが死んだこと。でも事件のことを考えると怒りに変わるんだよね。寂しい?うん、寂しいよ。家に帰っても誰もいない。絢ねえはやっぱり家族じゃない。でも今の気持ちは寂しいって言葉じゃない。じゃあ、この気持ちは何て言うの?ねぇ、お母さん。

 そっか・・・惨めって言うんだ。

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