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歌旅  作者: 黒ツバメ
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祭りの始まり

 すっかり夕日が落ちた。あれほどあくせく物を運んでいた人々も、テントの外に時折見かけるくらいだ。

「そろそろ始まりそうだな」

 スインダムが私の横に来てそう言ってくれた。私の作業が終わるまで話しかけずに待ってくれていたようだ。実にできた人物だ。

「ここから出ても大丈夫なのか?」

「ふむ。もうここの人間の興味はこれから始まる音楽にいっている。誰も呼びに来てはくれないから自分達でステージに行ったほうがいい」と笑いながら、もう外へと歩きだしていた。

 ミレスピーは、蝋燭の明かりを消すと、スインダムに付いてテントの外へと出た。

 もはやテント近くには誰もおらず、全員先の明かりの方に集まっているようだ。

 スインダムとミレスピーは心地よい騒がしさと、肉の焼けるいい匂いのする方へと進んだ。

 とても百人しかいないとは思えないような熱気に溢れた聴衆の先には、草原の上に立派なステージが作られていた。

 驚いたことにステージは石で組まれていて、広さも一般の劇場よりも広かった。その後ろには高さが十メートルはあろうかという真っ白な幕が設置されていた。その幕の真ん中には、フルジュームの人々の象徴ともいうべきワシのマークが描かれている。

 その石のステージにギターを持った男性と、踊り子の女性が一人上がってきた。

 普通なら族長が、祭りを始める!!とか宣言をしそうなものだが、男性はいきなりギターをかきならし、鋭いカッティングをし始めた。すると、ステージをいっぱいに使って女性が踊り始めた。

 先程のパンナほどではないが、情熱的で胸の熱くなる踊りだ。

 ステージの四隅には松明が掲げられているが、普通なら、明るさはそれだけではとても足りない。しかし、踊りがはっきりと見える明るさなのは、魔法のかけられたランプを使っているからだろう。所謂スポットライトのように光が直線に入るランプを五、六個使っているようだ。あんな高価な物をどうやって手に入れたのかは疑問だが、もしかするとスインダムが秘密裏に渡したのかもしれない。

 私がスインダムの方を見ると、彼は何も知らないというように両手を肩の辺りに広げた。このとぼけた顔からするに、やはりスインダムが彼らに渡したのだろう。

 私だけでなく、その場の全員が、演奏と踊りに見入っている。

 確実に言える事は、スタートにふさわしい演奏と踊りだという事だ。そして、このギターの曲調とリズムは他では聞けない独特なものだったのは大いに収穫だ。

 ミレスピーはやはりここに来て正解だったと口元を緩めた。そして、曲が流れているうちにと、羊皮紙に楽譜をもの凄い勢いで書き始めた。

 隣のスインダムは、一心不乱に羊皮紙と戦うミレスピーをじっと見た。研究に没頭する学者と変わらないその姿に共感を覚えたのだ。

 スインダムは思う。

 彼が創ろうとしている独自の音楽は、恐らく彼の生きているうちには評価されないだろう。学問や芸術というのは革新的であるほどそういう傾向が強い。

 しかし、そういう物こそ後世に役立ち、多くの学者に研究されるのだ。スインダムはミレスピーには評価されなくともくじけず、最後の最後まで新たな音楽の境地を切り開くべく生きて欲しいと願わずにはいられなかった。

 一組目の演奏と踊りは、たっぷり一時間はあった。それでも観客からはいい踊りをした時と、素晴らしい演奏をした時は万雷の拍手が送られたし、演者もそれに気をよくして、持っている実力をいかんなく発揮したようだった。

「ふう。初めからとんでもないレベルだな。こんな事を夜通しやるとは・・・もっと羊皮紙を持ってくれば良かった」

 ミレスピーがしまったという顔をしていると、驚いた事に、小さなサイズにカットされたパピルスのノートが差し出された。

「足りなければ、こいつを使ってくれ」

「いや、その・・・スインダムさん。これはかなり高価なものでは・・・」

 どうしていいのか分からないといった困惑した顔をしているミレスピーに、スインダムは気にするなという満面の笑みを向けた。

「私は、自分が探求者と認めた人間には助力を惜しまない事にしている。それに、家に帰れば、これくらいのノートなら沢山ある。遠慮なく使ってくれ」

 いくら村長をして、学長だったとはいえ、このような高価なノートを沢山持っているとは考えにくい。そこまでして自分の為にノートをくれるという事は、スインダムが自分のやっている事に共感をしてくれたからに他ならない。

「分かった。有り難く使わせてもらう」

 ミレスピーは深々と頭を下げた。これは大陸の一番外れにある国の伝統的な謝礼の仕方だ。スインダムもその事を知っていたようで、同じく頭を下げて「では、最果ての祭りを楽しみましょう」と言った。

 自分よりも旅を多くしているのか、単純に知識量が多いのかは分からないが、この手の仕草の冗談をすぐさま理解してくれるのは、エクセレントの一言だ。

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