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歌旅  作者: 黒ツバメ
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踊り子パンナ

 祭りにむけて最後の準備が進められているのだろう。時折怒号ともとれるような大きな声も聞こえて来る。男も女も何かの木材や布、食材を大慌てで運んでいるのが見える。

 ミレスピーが幌馬車の近くまで来ると、予想通り幌馬車の影に人の気配を感じた。

 驚かせていきなり攻撃されるのは避けたい。ミレスピーは少し遠くから声をかける事にした。

「すみません!!私は旅のジョングルールですが、族長にお取り次ぎいただきたい!!」

 結構な大声で言ったつもりだが、幌馬車の向こうにいる人物はこちらに来ない。もしかすると準備の声でかき消されてしまったのかもしれないと、ミレスピーはもう一度声を張り上げた。

「すみませ」

「聞こえている!!しばし待たれい!!」

 聞こえているなら初めから返事をしてくれればいいのにと思いながら、ミレスピーはその場所でしばらく待った。

 すると、幌馬車の影から民族衣装のような演奏衣装に身を包んだ年老いた男性がこちらへとやってきた。手にはショートスピア、腰には短剣、股にはナイフが付けられている。目には殺気がこもり、何か怪しい動きをしようものなら一瞬にして命がなくなる事だけはよく分かった。

「ここは部外者の来るところではない。早々に立ち去られるがよい」

 スピアの鋭い先端を向けられた上、かなり強い口調で言われたが、私とてここまで来て「はいそうですか」と帰る訳にはいかない。

 ミレスピーは両手を上げ、何も持っていない事を示した。

「見ての通り、私は武器など所持していない。私は新しい音楽を創りだす為に旅をしている。そこで、インスピレーションを得るため、今日ここで開催される祭りに是非参加させてもらいたいのだ」

 この仰天の話しを聞いた後、老人は上から下までミレスピーを観察した。服装をまじまじと見ているので、どこの民族かも分からない不思議な姿に若干の不審を感じたようだ。

 しばらくミレスピーを観察した後、老人は何かが分かったとばかりに頷いた。

 今の世の中は物騒で、魔法を使った強盗団も珍しくはない。だから、ミレスピーが武器を持っていないとはいえ、魔法を使うかもしれないと考えるのが普通だ。しかし、老人はミレスピーに攻撃する意志はないと判断し、スピアをミレスピーから遠ざけた。

 恐らく高級な皮の入れ物の中身が気になったのだろう。

「その楽器は?」

 やはり音楽に生きる人々は、この手の楽器に反応してくれる。ミレスピーは笑いをこらえながら、荷物を地べたに置くと、楽器を皮のケースから出し、ストラップを付け、肩からバスを下げた。ペグを回し弦の調律を素早く終える。サウンドホールのホラ貝の音量を調節しながら説明した。

「こいつはスティックという楽器で、基本的にはタッピングで演奏する。低音楽器ではあるが、高音部もある程度出せる」

 世にも不思議な楽器に興味をそそられたのか初老の男性は幌馬車に向かって「パンナ!!ちょっとこっちへ来い!!」と叫んだ。

 数瞬をおいて、幌馬車の方からどたどたと慌ただしい足音が聞こえてくる。何で染めたのか分からない不思議な赤色のプリーツスカートを手でたくし上げ、綺麗な刺繍がされたエプロンをしているその少女は、赤や黄色のリボンをたくみに入れ込んでいる三つ編みを揺らしながら、私の前に駆け込んできた。

 余程慌てていたのか上がった息がなかなか収まらない。

「では、お主、この娘が踊れるような曲を頼む」

「承知しました」

 素晴らしいテストだ。ここで気に入られれば祭りへの参加は堅い。

 目の前の少女は大きく息を吸い、一気に呼吸を整え、踊りの構えをとった。

 ここに呼ばれるくらいだ。このパンナという少女はかなり踊れるのだろう。そうだとすれば、一定のリズムを刻みつつ、ちょっとおかずの多い曲がいい。

 ミレスピーは砂漠の北に位置する巨大な国に行った時に創った、『喧噪酒場』という曲を弾き始めた。

 先程タッピングで弾くと言ったにも関わらず、普通にギターのように弾き始めたので、この男性はびっくりしたかもしれない。騒々しい酒場を表現するにはこういう奏法の方がいい場合もある。ピカード奏法とラスゲアード奏法を組み合わせて喧噪を表現する。もちろんピッチは少し速めだ。

 弦をジャカジャカっと弾く小気味いい音のイントロを聴いたパンナは、にやっと笑って風に乗るような身のこなしで踊り始めた。細かいステップは高速のバスドラムを叩いているかのようだ。私の曲の裏拍にもたくみにスッテップを入れてくる。まるでドラムの裏に入れてくるベースのようだ。

 なんだか立場が入れ替わったみたいで面白い。

 パンナは腰をくねらせ、身体を一回転させると、つま先を立たせて今度は高速で回転し始めた。この曲の速さに合わせてこんな事ができる踊り子は初めて見た。

 では、次ぎの展開ではどんな踊りを見せてくれるのか?私が渾身の演奏をしようとした所で、「ストップだ!!」と初老の男性に止められた。

「ええ〜!!一番いいところで!!」とパンナは怒ったが、初老の男性は取り合わなかった。

「それは本番まで取っておけ。お主、その奏法はどこで?」

「太陽の国と呼ばれる国の酒場で会ったギタリストに習った」

「そうか・・・ラスゲアードは単にかき鳴らすのではない。四本の指それぞれに役割がある。しかも親指の使い方も完璧じゃった。いい演奏者に巡り会ったようだな。しかも曲も本当にお主が創ったようだ」

「そこまで言ってくれるとは、痛み入ります。では、祭りへの参加は?」

「もちろん喜んで受け入れよう。皆も喜ぶだろう。あ、そうそう。遅れたが私はここの族長のヴィオレルだ」

 そこそこに偉い人だとは思ったが、まさか族長だとは予想外だった。ユハースは七十歳と言っていた気がするが、見る限り六十歳そこそこにしか見えない。ショートスピアを持って不審者に当たるくらいだから、そう見えてもおかしくはないと、ミレスピーは自分を納得させた。

「改めてよろしく。私はミレーミニ・レスピーチェという旅のジョングルールだ」

「ん?みみっく?」

 ヴィオレルはあまりに覚えにくい名前に、若干面倒な顔をした。何故に私の名前は誰も覚えてくれないのだろうか?

「どこにもそんな宝箱のおばけのようなフレーズは入っていない。面倒なのでミレスピーと呼んでくれ」

「ふむ。ではパンナ。そのミレスピーとやらを楽屋に案内してやってくれ」

「分かりました!!ではミレーミニさん。こちらへ」

 恐らく彼女が史上初めて私の名前を一発で呼んでくれた人間だろう。世の中には頑張って名前を覚えようとしてくれる人間が、数万人に一人はいる事がこれで証明された。

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