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歌旅  作者: 黒ツバメ
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キキヌンを出る

 朝日が昇る前にミレスピーは荷をまとめ、この村を出る準備にかかった。たった一日だけだったが、この村から得たものは多かった。今思えば私の歌を子供が感動しながら聞いてくれたのは、教育の賜物だったのかもしれない。

「では、ミレスピーさん。お気をつけて」

「ああ。世話になったな。フィーシャもサーシャと幸せにな」

 荷物を持つ私を名残惜しそうにフィーシャとサーシャは村の外れまで見送ってくれた。

「またここを訪れることもある。その時は是非鶏鍋をよろしく」

「「もちろんです!!」」と二人同時に言ってくれた。次に来たときは間違いなく改良に改良を重ねた鶏鍋が出てくることであろう。

 ずっと手を振ってくれたフィーシャとサーシャが見えなくなると、本格的に山道に入った。緑で包まれた道は狼でも出て来そうな雰囲気だった。実際、遠吠えのような音が耳に入ってくる。

 私にも獣を遠ざける技があるのだが、残念ながら乱発はできない。実は、動物や虫は、人間には聞き取れない程の高音を出せば、気味悪がって寄ってこないものだ。しかし、その音を出すには、アルコでバスを弾きながら歩かなければいけないので、余程近くで咆哮や遠吠えが聞こえた時にしかできないのだ。

 狼と熊に怯えながらも、道なりに歩く事十時間。太陽はとっくに頭上を越えてしまっていた。ようやくというか、やっとというか目印の大きな岩が姿を現した。すぐにでも着くようなフィーシャの話ぶりだったが、ここまで実に厳しい山道だった。きっと私のライフゲージは半分以下になっているはずだ。

 確かに道は二股に分かれていた。右を見ればうっそうと茂った木々がずっと続いている。とても近くに人がまとまって過ごせるような原野が存在するとは思えない。

 ミレスピーは本当に今日中にフルジュームの集落に行けるのか不安になってきた。道端に落ちていた丁度いい長さの木の枝を杖代わりに、身体のバランスを保ちながら粘土質の土の道を進む。

 虻を払い、蛾を木の枝で一蹴し、ハンミョウに道案内してもらいながら代わり映えのない道を進んでいると、一ついい発見があった。抜かるんで湿った道に、どう見てもここ数日以内に馬車を使ってここを通ったと分かる真新しい轍と、大きな物から小さな物まで多くの人間の足跡が見て取れたのである。方向は間違っていなかった。

 これで私のライフゲージが四分の一程回復した。

 轍の数からすると、大きな馬車が数台と馬が十頭はいる。ここを通るのに難儀したのであろう。羊や山羊の糞も沢山落ちているので、家畜も思ったよりも飼われているようだ。

 フィーシャは百人程度と言っていたが、私の感覚ではもう少し多いように思う。祭りがあるので他の地域からも駆けつけているのかもしれない。これは楽しい祭りになりそうだ。

 実を言うと、彼らの事でもう一つ聞いていることがある。それは楽器に堪能だという事だ。未知の楽器は言わずもがなだが、おなじみの楽器でも民族毎の音というものがある。特にバイオリンなどは違う楽器かと思う程、弾き手の民族によって音が違う。きっとフルジュームも独特で楽しい演奏を聴かせてくれる事であろう。

 期待に胸を膨らませて先を急いだが、なかなか目的地が見えてこない。袋に入れた水も残り少なくなり、サーシャに貰ったパンはもう残り一欠片だ。結局私のライフゲージは総量の三分の一に落ち込んだ。

 上を向いて歩く気力も失せ始めた頃に、全身を包むような風を感じた。こういう風は開けた方から吹いてくるものだ。もう少しで目的地に着くという希望から足にも力が入る。

 がくがくになった足に気合いを入れ、土を踏みしめる。草の匂いが鼻に入ると、遠くから薄いながらも人の声が響いてきた。

 確かに一日で着く事は着く。しかし、それは昨夜と言っていいような朝早くに出たからで、普通なら野宿して二日かけて辿り着く距離だと言っておく。特にフィーシャ。君にだ!! 


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