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歌旅  作者: 黒ツバメ
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フィーシャとサーシャ

 夜。皆が仕事を終え、男共は酒場へとやってくる。今日は歌を聴けるとあってか珍しく女性もちらほら見える。それぞれが親しい人と小さなテーブルを囲み談笑を始めた。

 音叉を鳴らし音程を調節し、弦の最終調整をする。音を増幅させてくれるホラ貝の音量をこの酒場の広さに合わせて決める。意外だったのは、こんな田舎にあるのに、この酒場が結構広かった事だ。これでは端に座っている人に声が聞こえにくい。という訳で、ホラ貝と同じ儀式で作ったミヒカリコウロギ貝のネックレスをかけて声が大きくなるようにする。

 このような郊外を通り越し、首都からも数百キロ単位で離れている村の人々が知りたいのは、この国の最新情報だ。

 普段は絶対にこんな事はしないが、宿もただで泊めてくれるという事なので出血大サービスで、ここ数ヶ月の国政の流れ、街で何が流行っているのか、隣国との戦争の状況等の話しをまとめて歌にし、三十分ほど歌った。

 最初の最初に絶対にそんな物は歌わないと言っておいて、お前にプライドはないのか?と言う人もいるだろう。はっきり言っておく。私のプライドは百科事典のように分厚くも、金箔よりも薄くもなる。それについてどうこう言うなら、君は旅をした事のない人だ。

 そして、その後は、私のレパートリーの中から、比較的現実的な歌詞の物を選んで歌った。

 キキヌンの人々は内容そのものよりも、楽器と声が何故こんなにも聞こえるのかに興味を示したようだったが、概ね楽しんでくれたようだった。

「いやー。久々に村のみんなが楽しんでくれたよ。これアーティストフィー。そんなに出せないけど、その代わりお酒は自由に飲んでくれ」

 背が低くてずんぐりむっくりで、無精髭の似合うこの酒場の店主からお金を受け取ると、フィーシャの家で鶏を食べる時用のビールと喉を潤す為の葡萄酒をお願いした。

 普通は酒場の客からいくらか出してもらったあとに演奏するものだが、ここのシステムはエンターテイメント都市の劇場と同じだ。きっとこの酒場の店主は、村を一回出た事があるのだろう。

 楽器について若者から受けた質問の後に、若い女性から聞かれた街の流行について答えていると、フィーシャが酒場に入ってきて、私を手招きした。

 イッツァ鶏タイムだ!!

 若い女性達に手を振って酒場をおいとますると、ビール片手にフィーシャの家へと向かった。見れば、一人だけフィーシャの後に付いて来た二十代とおぼしき女性がいた。話しを聞けば女性は名前をサーシャと言い、来年には結婚するとの事。似たような名前で相性も良さそうだ。

「さて、ミレスピーさんにいただいた調味料で、今夜はかなり豪華な味になっているよ」

 フィーシャは鶏の鍋物をよそうと、初めにサーシャに渡した。

「ちょっと、初めはミレスピーさんでしょ!!」

「ああ、そうだな。すみません。すぐにつぎます」

「いや。気にしなくていい。将来の事もあるから、まずは奥様に栄養を取ってもらうのが一番だな」

 ミレスピーがそう言うとサーシャは少し顔を赤くして、器を机に置き、そそくさと何かを取りに台所へ行ってしまった。

 バツの悪そうな笑顔のフィーシャから鶏がたっぷり入った器を受け取ると、サーシャが戻ってくるのを待つ。

 全員が食卓に着き、鶏鍋会の始まりだ。

 うん。これはうまい。さすが締めたて。私の持ってきた粗塩と遥か南方の国から来たという調味料も効いている。

 一口食べたサーシャとフィーシャは顔を合わせて驚いた顔をしてから、一気に鶏鍋をたいらげた。その食べるスピードのあまりの速さに驚いていると、すでに二人とも二杯目へと入ろうとしていた。 

 これは早くたいらげないと、私の二杯目がなくなるパターンだ。

 結局無言で一人三杯ずつ鶏鍋をあっという間にたいらげ、全員でビールを飲みながら一息ついた。

「いやあ、俺はこんなにうまい鶏を食べたのは初めてだ。街の人はこんな美味しいものを食べているのかい?」

「いや、パン類は街の方が美味しいだろうが、このような味の料理は私も食べた事がない。おそらくこの鶏とここ独特のその香草がこのような味にしているのではないかな」

 ミレスピーが指さす先には、高山特有の野草がいくつか束になってキッチンに置かれていた。

「ふーん。でも、それはそこいらに生えている草ですよ」

 フィーシャは鍋のスープと香草に目を行ったり来たりさせている。

「ここでは雑草かもしれないが、それが別の場所に行けば高価な価値を生むなんて事はよくある話しだ。今からでも遅くはない。あの香草の畑を作って、この料理を街で提供すればかなりの商売になる」 

「ふーん。ねえ、この草ならあそこの斜面でも作れるわよ。しかも、使い道がないとかいう理由で私の土地だし」とサーシャは乗り気なようだ。

 サーシャと一緒なら頑張れると思ったのかフィーシャも俄然やる気になった。

「・・・そうだな。いっちょやってみるか。で、ミレスピーさんの調味料はどういうものなのですか?」

「それを教える前に一つ教えて欲しいことがある」

「はあ。私達に教えられる事があれば」フィーシャは自信なさそうな声で返す。

「この辺りで近々祭りがあると聞いた。その行き方を教えてほしいのだ」

 フィーシャはしばらく考えて、ミレスピーの方をゆっくりと覗き込んだ。その目にはそうであって欲しくないという願望が込められている。

「まさかフルジュームのところへ行くつもりですか?」

 ミレスピーは静かに頷いた。その顔に揺るぎない意志を感じたフィーシャは椅子に深く座り直し、声を殺して話し始めた。

「いいですか。彼らは悪魔のような術でいくつもの呪いをかけたり、近づくと取って喰われたりするという話しです。お祭りも気味の悪い儀式を延々続けて、誰かを生け贄を捧げると聞きます。悪い事は言いません。彼らには近づかない方がいいですよ」

 民族の違いや、自分達の常識外に生きる人々を無理に理解しろと言うつもりは毛頭ないが、私の膨大な旅の中からの経験を言わせてもらえば、どこの民族の中に入っても、多少の差こそあれ、人としての良識は必ずあるし、悪魔のように言われている人々も、周りがよく理解もせずに誤解をしている場合がほとんどだ。しかしながら、まったくもって取り付く島もない人々がいるのもまた事実だ。私も過去に命からがら逃げ仰せた経験もない訳ではない。

「忠告は受け取る。しかし、私には経験と歌の歌詞が必要なのだ。通り一遍のリュートをもったトルバドゥールとは違う新しい音楽を作りだすためにな」

 フィーシャとサーシャは顔を見合わせて目でどうだ?と言い合った。結論としては私の主張を汲み取ってくれたようだ。

「新しい物を生み出すなんて発想は残念ながら私達にはありません。ミレスピーさんは後世に名を残す演奏者になるかもしれませんね」

 少し羨ましそうな目を向け、フィーシャは本題に入った。

「では、知っている限りの話しをしたいと思います。彼らは一カ所に定住するのではなく、この辺りの山々を転々としながら暮らしています。遊牧民と呼ばれる人々とも違うようで、季節毎に自分達の神のいる場所があって、その場所に祈りを捧げる為に移動していると言われています。この季節だけ我々の村の側に来るので、いらぬ摩擦を起こさないように、今の村長は、自分が代表となって物々交換をしているそうですが、それ以外の交流はありません」

「人数は?」

「大凡ですが百名程だと聞いています」

 ミレスピーは懐から薄い羊皮紙の手帳を取り出し、メモを取った。羊皮紙を束にして本のような形にしているのを初めて見たようで、サーシャの目が輝く。

 フィーシャの話しは大変参考になった。ここの村長は村人を完全に騙してうまい汁を吸っているようだ。まあ、それも田舎の村を運営するテクニックと言ってしまえばそれまでだが、最大の収穫は、フルジュームの人々は話しの通じる人々だという事が分かった事だ。

「なるほど。それで、祭りはいつ行われるのだ?」

「村長が物々交換に行く前に、これから奴らの三の神の祭りが始まると言っていましたので、きっと明日、明後日には行なわれるはずです。場所はですね、道なりに進むと途中に大きな岩がありますので、そこの二股を右に曲がって下さい。すると、結構な人が野営できるくらいの緩やかな平原になります。彼らはこの季節そこに集落を作ります」

「そうか。ありがとう。明日の朝一番にここを出発しなくてはいかんな」

 フィーシャは心底心配そうな顔をして「本当に行くのですか?」と聞いた。

「ああ。私の飯の種だ。行かない訳にはいかない。ああ、そうだ先程の調味料だが、ルード湾で取れた塩と、遥か南方のカンドリーガードという場所で取れたトウシキミの果実を乾燥させたスターアニス、ナツメグの種を乾燥させたメースとカルダモンの種を乾燥させた物を粉状にしたものだ。すべて同量混ぜている」

 サーシャはミレスピーに何回か聞き直しながら、奥から取って来た羊皮紙に情報を書き留めていく。そのサーシャの姿は真剣そのものだった。羊皮紙が安くないという事もあるが、ミレスピーの情報がこれからの自分達にとってそれだけ重要だと認識したからだ。 

 サーシャは間違えのないよう、慎重且つ丁寧に文字をしたためている。その姿を見るにつけミレスピーは信じられない思いだった。失礼ながら彼女が文字を書けるとは思いもしなかったのだ。よく考えれば、酒場も都会のシステムを採用している。この村にはきちんと教育というものがなされているのだ。

 村長はずる賢いだけでなく、村民にも教育を還元させている。フルジュームの人々との交易で受け取っている利益は目を瞑ってもいいレベルだ。もしかすると言わないだけで、多額の税金にもその交易で得たお金を回して、赤字を防いでいるのかもしれない。

「村長の名は何と言う?」

「ああ村長ですか。どこかで役人をしていたようですが、詳しいことは誰も知らないのですよ。でも、あまりにも仕事ができるのでいつの間にか村長になっていました。名前はバイアール・ド・スインダムと言います」

 思わず苦笑せずにはいられない。どこかの役人レベルではない。こんなところで隠居生活していたとは信じられない。それが本名ならば、彼こそは学術都市ハルハイム最大の頭脳集団であるロールギュント大学の社会学者兼法学者にして、先代総長スインダムだ。この村で何かの社会実験でもしているのではないか。

「ふーん。何だかすごそうな名前だ。その村長に付いて行けばいいことありそうだな」

「ミレスピーさんもそう思いますか?彼が来てからこの村は皆字が書けるようになりましたし、実は小さいですが図書館もあるのですよ」

 こんなところに貴重極まりない本が図書館を開ける程度に置いてあるとは、なんとも信じがたい。ここの村は再訪決定だ。その時はこの夫婦が一旗あげているかもしれない。

「ほう。それは凄い。バヌーンにも本屋は一つしかない。図書館ともなれば、どこの国でも首都に行かなければない。それは誇っていい話しだ」

 その後、村長が村で決めた事をいくつか聞いたが、このまま二年も経てば、この村に議会制民主主義が定着しそうな勢いの話しばかりだった。


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