灯台から草原へ
怒ってばかりもいられないのでミレスピーはパンナに話しの続きを振った。
「ピチカートは逃走先も分かると言っていたが?」
普通に聞いたつもりだったが、自然と怒気がこもってしまった。少し落ち着かないといけない。
「うん。ピチカートの散歩コースの近くにある猫のたまり場のようよ。三毛猫は猫塚なんて言っていたようだけど」
それを聞いたレアンドロビッチの顔が少しだけ明るくなった。どうにもならないくらい何をしていいのか分からない状況が少し改善され、少しだけ先が見えたからだ。
レアンロビッチは思わず目を瞑り、両手の拳を合わせて祈りのポーズをとった。ここにミレスピーとパンナが来てくれたのは神の導きだと感じ、生まれて初めて本気で神に感謝したのだ。
三毛猫にしてみれば、まさか動物と話せる人間がここに来るとは考えていなかったのだろう。だからべらべらと話さなくてもいい事をピチカートに話してくれたのだ。このことも神に感謝をした。そして、これからはもっと信心深くなろうと心に決めた。
「では、行き先が分かった所で、皆様にお願いするしかない訳ですが、なんとかして奴らから鍵を取り戻して下さい。もちろんお礼は弾みます」
レアンドロビッチはミレスピーの手を掴んで、鼻息荒くお願いした。
その瞬間、パンナの目が輝いた。賭けてもいいが、お礼という言葉を聞いたからだ。全ての欲望を詰め込んだかのようなパンナの目は、ミレスピーを渋い顔にさせた。
今回の鍵を取り戻すというミッションは、報酬の為ではなく、人々を災厄から守る為にやるのだ。頑張った先に、自身の作曲とパンナの踊りに何らかの閃きを与えてくれる出来事があれば幸運だというくらいの認識でいなければいけない。
とはいえ、ミレスピーもそれほど硬い方ではないので、パンナの気持も分からない訳ではなかった。それは旅をするには先立つ物がなければいけないからだ。ただ、あからさまに表情に出してはいけない。あとでパンナに小言を言う事にして、まずは行動をしないといけない。
「では、馬と一緒に外に出よう」
久々に外に出たピチカートは、ひずめで地面を軽く叩くと、太陽の光を浴びて嬉しそうに声高く鳴いた。
暗い小屋の中では分からなかったが、競走馬のようなしなやかな筋肉とツヤのある毛並みはまさにパンナ好みで、ピチカートは確実に早足の馬だった。
「そう言えば、三毛猫はどうやって鍵をうばったのだ?」
出発前に一応聞いてみた。
「ああ、それはもう、なんというか信じられませんでしたよ。私はいつも鍵をこの腰紐に厳重にくくりつけているのです」
レアンドロビッチはエプロンをまくり上げると、太い紐のようなベルトを指さした。確かに右腰の辺りだけ汚れが少なくて色が違う。
「先程ですが、私は海獣の食事の食材を取りに、地下の食材庫へと向かいました。在庫の確認をして、必要な食材をカートに乗せていると、突然三毛猫が音もなく私の後ろから飛びかかってきたのです。奴は私の腰にくっつくと器用にエプロンの中へと腕を突っ込んで来ました。私はびっくりして身体を反転させて振り落とそうとしましたが、猫はまるで磁石のようにくっついて離れないのです。そればかりかナイフのように鋭い爪で鍵をくくっている紐を切ってしまったのです。鍵は床に落ちました。私も拾おうとしましたが、素早さでは猫には敵いません。あの三毛猫は鍵を口にくわえると脱兎のごとく食材庫から出て行きました。私も追いかけましたが、あまりの足の速さにまったく追い付きません。まさかと思いスペアキーの隠し場所を覗くとそちらもやられていました。それでもまだ外にいるかもしれないと灯台を出たら、ミレスピーさん達がいたのです」
なるほど。それほど鋭利な爪を持つ猫に攻撃されたらまずいな。自慢ではないが格闘技などというものはまったくもって身につけていないので、うまく猫をいなす方法を考えなければいけない。
「パンナも聞いておきたい事はあるか?」
「ない!!あとはミレちゃんにまかせるよ」
「わかった。すぐに出発しよう。レアンドロビッチさんはどうする?」
「私は鍵が見つかったらすぐに海獣に食事を提供出来るようにしておきます」
「そうか、食事か。鍵を見つけ、食事を提供して初めてクチュクチュが救われるのだな。私達も鍵を入手するためにできるだけの事はするが、万が一という事もある。その時はどうする?」
「こうなったのも私が油断したせいです。責任をとって海獣が祭壇に来る時間を見計らって灯台ごと海に沈めます」
レアンドロビッチは悲壮な決意を口にした。若干震えているのが気になるが、クチュクチュの街を全滅させる訳にはいかないという覚悟があるのは伝わった。
「わかった。最後まで希望は捨てない事だ。お互いできる事をやり遂げよう。ああ、そうだ。行く前にちょっと荷物を整理したいのだが?」
「そうですね。その荷物では動きにくいでしょう。私の書斎に荷物を置いて下さい。今度こそ盗られないように厳重に鍵をかけておきます」
すぐさまレアンドロビッチの案内で灯台に入った。灯台の中は想像していたよりも階段の幅は広く、勾配も緩やかだった。壁には様々な動物が彫られ、所々に彫刻も飾ってあった。全てが無事に終わればゆっくり見学したい造りの灯台だった。
二階部分にレアンドロビッチの部屋があり、パンナと自分の荷物はそこに置かせてもらうことになった。ミレスピーは大量の荷物から必要な物を抜き出し、動ける程度に小さくまとめた。残りは灯台に置いていくしかない。小さな肩掛け鞄を持ち、スティックの入ったケースを背中に固定すると、すぐに灯台の階段を下る。外に出ると、パンナのかけ声と馬の走る音がすぐさま耳に入ってきた。
気合い充分のパンナはフルジューム仕込みの操馬術で、さっそくピチカートに乗っていた。パンナが声をあげる度、ピチカートは方向を変え、ゆっくりと進んだり加速したりした。人馬一体とはよく言ったもので、パンナを見ているとその言葉の意味がよくわかる。
感心して見ている私の前にピチカートを止め、パンナは生き生きとした顔で「ミレちゃん。早く行こう!!」と馬上から言った。
「ああ。よろしく頼む」
妻の頼もしさに感謝しつつミレスピーは、馬上のパンナに引っ張ってもらいピチカートの背中に座った。 パンナが「はいっ!!」と足で蹴ると、ピチカートは二人くらい乗ってもへっちゃらだとばかりに、街道へ出る階段を一気に駆け上った。
後ろの方から「お気をつけて〜!!」というレアンドロビッチの声が聞こえた。
すぐさま「まかせておいて〜!!」とパンナが叫び返した。
さあ、三毛猫よ。待っていろ。




