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歌旅  作者: 黒ツバメ
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海の秘密

 頭の中で話しをまとめた灯台守は、薄汚れたエプロンを一回叩くと、慎重に話し始めた。

「この灯台には船に光を届け安全に運行してもらうという当然の役割ともう一つ役割があるのです。それは海の主と呼ばれる大きな海獣の監視です。監視と言ってもここに武器がある訳でもないので実際には食事の世話をしているのですが」

 灯台守のエプロンにはトマトや肉とおぼしき物の染みも見られる。あながち嘘ではないのだろう。それにオイルの匂いに混じって香辛料の匂いもする。

「ふむ。話しの流れから察するに、その海獣の食事に何らかのトラブルが発生したと?」

「はい。そうなのです。この海に君臨する海獣は毎日同じ時間に同じ食事をすることになっています。その食事が途絶えてしまうと、大暴れをしてこの海を荒れた海へと変えてしまうそうなのです」

 この手の話しは龍神伝説や巨大なクジラなど各地にあり、枚挙に遑がないが、たいがい迷信で実際には存在しない場合が多い。しかし、この灯台守の慌てようを見れば、ここには実際に海獣がいるのかもしれない。

 ミレスピーは灯台守の話しに俄然興味を持った。海獣なんてロマンの塊ではないか。

 巨大な海の王者の話。それこそ何百冊と発行されている英雄譚にはよく出てくるが、実際に目で見て体験して書いた人など皆無に等しいだろう。もしかすると最初の一冊目の作者だけは実際に目にした驚きを込めて書いているかもしれないが。

 これほど力を持った海獣が実際にいるのであれば、これほど曲にして面白そうな話はない。作曲者として作詞家として、そして冒険家としてこの話しに首を突っ込まないでいられようか?

「ふむ。色々経緯がありそうだな」勢い声が上気する。

「はい。この海域では昔から嵐でもないのに、よく船が沈むと言われてきました。ある時、旅の魔術師が海難事故は海獣が引き起こしている事を調べ上げました。魔術師は海運都市クチュクチュの指導者にそれを報告しました。その指導者は魔術師に解決法を探すように依頼しました。どういう経緯があったのかは分かりませんが、その魔術師と海獣の間で話し合いがもたれたそうです。そして、今に繋がる契約が成立したのです」

 海獣と話しのできる魔術師か。魔術師も色々いるが、そこまでの実力を持った魔術師はほとんどお目にかかった事がない。まあ、私の悪友ブンデルンクならその実力はあるかもしれない。でも、海獣と話しを付けるなどという依頼になれば、間違いなく法外なお金を請求して依頼主を困らせるだろう。

「その契約ってどんな契約なの?」目を輝かせてパンナが聞く。

 踊りと食べ物以外の話しにパンナがこれほど興味を持つとは少し意外だった。

 考えてみれば、パンナのいた集落は多神教だった。こと神様に関する話はそこかしこにあっただろう。想像するに、あの集落の人間はこのような人ならざる者の話は三度の飯並みに好きでもおかしくはない。

「先程も説明しましたが、毎日決まった時間に決まった食事を捧げるという契約です。レシピは代々の灯台守が受け継ぎ、毎日祭壇に捧げています」

「代々という割には灯台が新しいが?」

 灯台守は太陽を一身に浴び、美しく聳え立つ灯台を見上げると、視線をミレスピーに戻した。

「ええ。先代の灯台は造られてから六百年が経過したので、三年前に新しく造り直したのです」

「ろ、六百年!!海獣さんってそんなに長生きなの?」

「あ、この灯台の歴史に驚いたのではないのですね・・・」手を広げて残念そうな顔をした。

「それだけの間ここを守り続けた歴代の灯台守達の仕事は素晴らしいな」

 ミレスピー必死のフォローに灯台守は満面の笑みをたたえた。褒められれば誰でも嬉しいものだ。陽気な声で話しを続けた。

「そ、そうでしょう?この海の安全はこの灯台守、ひいては私の仕事にかかっているといっても過言ではないのです」

 さっきまでの不安な顔が嘘のように自信に溢れた顔になる。

「しかし、その安全が今失われようとしているのだな?」

 ミレスピーに現実に引き戻された灯台守は、再び不幸のどん底に突き落とされた悲劇の主人公のような顔になった。

「そうなのです。先程あなたが見たという三毛猫に『海獣の祭壇』へ行く為の鍵を盗られてしまったのです・・・」

 あまりの落ち込みように最後の方の言葉はか細くほとんど聞こえない有様だった。

「スペアキーは置いていないのか?」

「もちろん置いてありました。しかも歴代の灯台守しか分からない場所に厳重に保管していました。しかし、それも見事にやられていました」

「じゃあ、それは三毛猫というよりも三毛猫を操っている誰かの仕業だな」

「え、そうなのですか?」

 あまりの事に気が動転して灯台守は色々と思い至っていないようだ。普通なら第三者の疑いをもつだろう。それほどこの事態がまずいと言っていい。

「問題は簡単じゃないな。海獣の存在を知っていて、尚かつこの海を荒らしたいと考えている人物。そして、そうなることで自分が得をする必要がある。そんな人物に心当たりはないか?」

「す、すいません。私は普段クチュクチュに寄る事はほとんどありません。ですから政治的な話しはさっぱりなのです」

 ミレスピーは困った。あまりにも情報がなさ過ぎて、これでは探そうにもなかなか難しい。

「ふう。その海獣の食事の時間はまではあとどれくらいだ?」

「あと、八時間後です」

 こうしている間にも鍵は三毛猫から犯人の手に渡り、早馬でどこかに持ち去られてしまったと考えるのが妥当だろう。八時間という時間は長いようで短い。

「では、その祭壇へ続く扉を壊してしまうのはどうだ?」

「それは駄目なのです。最重要機密であることから、そのような暴挙に出ると、灯台ごと崩れてしまう仕掛けになっているのです」

「では、祭壇へと行ける他のルートは無いのか?」

「ありません。緊急脱出用の扉があるという噂はありましたが、何度どこを探してもありませんでした」

 八方ふさがりとはこの事だろう。

 海獣にお目にかかれないばかりか、クチュクチュが崩壊して船が出せなくなれば我々の旅も頓挫してしまう。それに多くの人が犠牲になる様は見たくない。

「では、どうするか・・・・・・」

 ミレスピーと灯台守は深刻な顔をして考え始めた。

「ねえねえ。それを考える前にさあ、名前くらい教えてよ」

 パンナの言う事はもっともだ。人間焦っては何もいいことはない。それに名前くらい最初に名乗るのが普通だ。

 バツの悪そうな顔をし、頭をかきながら灯台守は名乗った。

「名乗るのが遅くなってすみません。私は四十三代目の灯台守をしているアレサンドロ・レアンドロビッチといいます。どうぞよろしくお願いします」

「よろしく。レアンドロビッチさん。私はミレーミニ・レスピーチェ。こちらが妻のパンナ・レスピーチェだ」

「え・・・・・・と、パンナさんと・・・・・・」

 何故どこに行っても名前を覚えてくれないのか?若干腹は立ったがいつもの事だ。ミレスピーは気を取り直していつもの自己紹介をした。

「ミレーミニだ。ミレーミニ。私のことはミレスピーと呼んでくれ」

「ああ。分かりました。パンナさんとミレスピーさんですね」

 その様子をパンナは嬉しそうに見ている。きっとミレスピーの名前を一発で覚えたのは自分だけだとご満悦なのだろう。

「それにしても、あなた方はどうしてこのような海獣の話しを信じてくれたのですか?」

「ん?まあ、私は旅の途中に様々な体験をしてきたからな。それに、人智を越えた所から想起される音楽を創るのは至高の体験なのだと言えば分かりやすいかな」

 レアンドロビッチはミレスピーの持ち物を見てようやく、彼らがどういう職業の人間なのかを理解した。

「私はこのスティックという楽器で曲を創る為に旅をしている。そして、妻のパンナは世界一の踊り手だ」

「やだー。ミレちゃん。世界一なんて照れるじゃないー」

 みぞおちにパンナの肘が入った。本気で呼吸が出来なくなるくらいに痛いが、ここで笑みを崩さないのが円満の秘訣だ。しかし、かなり痛々しい音がしたようで、レアンドロビッチの目はミレスピーのお腹を見続けている。

「オホン。では、時間もないので解決策を考えよう」

 するとパンナが突飛も無いことを言いだした。

「ねえ、ミレちゃん。お馬さんに聞いてみようよ」

「馬?ああ、そう言えばここに降りて来たのは馬の声がするとか言っていたからだったな。レアンドロビッチさん。ここに馬はいますか?」

 レアンドロビッチは怪訝そうな目でパンナを見た。馬から話しを聞くなど普通の人間にできることではない。しかし、自分も普段から海獣と接しているし、三毛猫に鍵を奪われたからには常識など捨てた方がいいと思い至った。それにこの夫婦からは何か他の人間にはない不思議なエナジーを感じるのも事実だ。

「では、馬小屋に案内します。それにしてもこの波の音の中、よく馬の鳴き声が聞こえましたね?」

 レンドロビッチはそう言いながら、二人を連れて灯台の入り口横に設置された馬小屋へと進んだ。

「うふふー。私は生まれてからずっとお馬さんと暮らしていたから馬の声がよく聞こえるのよ。ここのお馬さん最近走っていないでしょ?なんだかすごく走りたがっているわよ」

 レアンドロビッチは驚いた。パンナの言う通り、ここ二週間程機械のメンテナンスや、外壁の掃除に謀殺され、馬の散歩をしていなかったのだ。

「そうですね。反省です。馬は走れない事にストレスを感じるでしょうからね」

「そうだよ。彼女相当お冠だよ」

 どうして牝馬という事まで分かるのだろうか?もしかするとこの少女は本当に馬と話しができるのかもしれないとレアンドロビッチは思った。

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