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歌旅  作者: 黒ツバメ
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ピンチ!!

 宴会は夜が開けるまで続き、空が赤くなる頃には小川の周りにはおびただしい数の酔いつぶれた羊と山羊が横たわっていた。この時間帯に活動しているのは夜行性の動物か、旅路を急ぐ商人と決まっている。

 本来ならば山羊も羊も大人しく山にいるはずの時間だが、大人から子供まですっかり酔いつぶれて寝てしまい、誰もがすぐには動けそうも無い。

 こういう時に限って、望まれない客が訪れるものだ。こんな早い時間にも関わらず、商人の小隊が急ぎの荷物を運んで街道を進んで来たのだ。いつもなら警戒心が強い山羊や羊のこと、蜘蛛の子を散らすように逃げているところだが、今日は誰も気がつかない。

 平和に寝ている羊と山羊を余所に、小川に差し掛かった商人達は驚きで目が飛び出そうになった。何しろ小川の脇の草むらに酔いつぶれた大量の山羊と羊がいたからだ。彼らは酔いと疲れでぴくりとも動かなかった。

 商人達はお互い青くなった顔を見合うと、全員がすぐさま頷き、馬車を器用に反転させて街へと引き返した。そして、街に飛ぶように帰ると、まだ夢の中の有力者を叩き起こし、とんでもない数の山羊と羊が死んでいるので、何かの疫病が流行っているかもしれないと報告した。

 驚いたのは街の上役達も同じだ。すぐさま早馬を飛ばして有力者を集めた。

 商人から情報がもたらされた数分後には、街の市庁舎には十人もの有力者が揃った。

「こんな時間に集まってもらってすまない。早馬でも多少聞いたとは思うが、非常にまずい事になった。詳細はこの商人の口から直接聞いてもらおう。では、よろしく」

 商人の頭領は緊張した面持ちで、落ち着き無く髭をいじりながら有力者達の前に出た。

「は、はじめまして。わっしは小麦商のオリバーといいます。コロン村に麦を届けようと朝早くこの街を出ましたが、街道に横たわるコロン川支流の草むらで沢山の山羊と羊が死んでいたのです」

 権力者たちは、興奮気味に、しかも恐怖に顔をひきつらせて話す商人の様子を見るにつけこの話しは恐らく真実で、今すぐにでも手を打たなければ大変な事になると全員が思った。

 結論はすぐに出た。この疫病をなかった事にする為に特別編制の部隊を組む事になったのだ。責任者を筆頭に傭兵と医療班も組み込まれた。

 これほど大げさにするのには訳がある。疫病は街にとって非常に重要な問題なのだ。原因不明の病が流行ったとなれば、商人達はこの街を避け、商品は立ち所に入ってこなくなり、貿易にも人々の生活にも悪い影響が出るのは必至なのだ。

「では、しかるべき対応をとらねばならない。すぐさま其の為の隊を編制する。オリバーといったか?全員が集合し次第案内を頼む」

 この有力者の言葉と同時に、酔いつぶれた山羊と羊を燃やす部隊が急いで作られた。


 ※


 ただ、この動きを察知して動き出した人物がいた。そうミレスピーだ。足腰が立たないくらいに酔いつぶれても、旅の中で培った危険察知能力は生きていた。

 人間の行動は人間の方が分かる。日の出と共に商人が動き出す事は予想できていた。だからミレスピーは、酒に溺れながらもなんとか意識を繋いで、薄皮一枚だが眠らないでいたのだ。

 案の定、商品を詰んだ馬車の音が丘の向こうから聞こえてきた。耳の良さだけは他の誰よりもいいと自負している。そんな訳で商人の姿が見えた頃にはテントをたたみ終わり、パンナを羊の影に隠し、自分も山羊の影に隠れた。当たり前だが商人達はこの惨状を見た瞬間に、脱兎の如く引き返して行った。

 彼らはすぐに街の連中を連れてくるだろう。そうなればこの羊と山羊達はきっと大変な事になる。疫病にかかっているなどと結論付けられたら、寝ている山羊と羊が一気に焼き払われてしまう。

 ミレスピーは商人達が見えなくなると同時に、群れのリーダーのところへ走った。時間はないが、どんな手を使っても山羊と羊を山に返さなければいけない。

「おい!!フルヤ!!ケチュケー!!早く群れを山に返さないと、人間共がやって来て全員が根こそぎ燃やされるぞ」

「・・・・・・・・・うーん」とフルヤ。

「・・・・・・・・・・・・ZZZZ」とケチュケー。

 これはまずい。リーダー格も完全に酔いつぶれてしまっている。こうなればやることは一つだ。

 ミレスピーは全速力で柱を抜いて潰れたテントに走ると、中へ潜り込んでスティックを探し当てると、テントから這い出た。

 そして、スティックと弦の入った筒を背中に固定すると、羊の影に隠したパンナへと走った。酔って足がふらつく中、肺に大量の空気を送り込んでなんとかパンナのいる場所へと到達した。

 情けないが、息は絶え絶えだし、全身は汗でびっしょりになっているし、おまけに酒臭いときている。しかし今はそんな酷い状態を気にしている場合ではない。

 目の前には、うつぶせになって尺取り虫のように腰を上げ、顔は右向きという他人には決して見せられない寝姿のパンナがいる。まずは彼女を起こさなくてはいけない。

「パンナ起きてくれ!!大変なことになった。少し手伝ってくれ」

「ううー。頭がー。これ以上飲めないよー。げふっ・・・・・・」

 パンナは一瞬目を開きかけたが、地面へと帰って行った。

 やはりというか、分かってはいたがパンナは夢の中から出て来られなかった。

 羊と山羊のリーダー格もパンナも戦力外という現実に一瞬天を見上げたが、ミレスピーは覚悟を決めた。まだ、時間はある。こんな所で諦めてはいけない。

 ミレスピーは宴の中心地に立つと、スティックのサウンドホールにつけた貝の音量を最大にした上で、首にぶら下げているミヒカリコオロギ貝のネックレスも最大音量にしてサウンドホールにくっつけた。

 背中のケースから弓を取り出すと、弦に添える。

 そして、大きく息を吸って弦を弓で擦った。身の毛もよだつ不協和音とガラスを指で擦ったような不快な音が周辺に響き渡る。これに耐えられる生物はなかなかいないはずだ。

 しかし、ミレスピーの思惑は砕け散った。どれだけ不快な音を連発しても、誰一頭として起きない。パンナに至っては幸せそうな笑顔を見せている。きっと夢の中では素晴らしい音楽が鳴り響いているのだろう。まったくおめでたい妻だ。

 この結果にミレスピーは焦った。これでは街から偵察部隊が到着してしまう。

 何か良い考えはないかと、必死に考えを巡らせるが、この数百頭に及ぶ山羊と羊を一瞬にして動かすのは、大魔術師の移動魔法でもないかぎり不可能だ。しかし、残念な事に私は魔導士ではない。それでも今すぐどうにかしないと、この気の良い山羊と羊がこの世からいなくなってしまうのは確実だ。

 ミレスピーは東の空に太陽が昇る中、自分の無力さに歯がみしながら、山羊と羊が入り乱れて、酔いつぶれて寝ている姿を見た。せっかくいがみあっていた集団がこれだけ仲良くなったのだ。これを維持する為にも全員を山に返したい。

 ふと、手にしたスティックを見る。これは先程のような不協和音を出す事もできるが、きちんとした楽音を出す事もできる。そして、自分の職業は何かと問われれば、ジョングルールだ。そう。音楽で人々を楽しませる生業だ。

 自分の音楽は人間だけが楽しめるのか?否だ。昨日の晩、パンナと創った曲が羊と山羊を繋ぐ曲になり、皆で楽しんだではないか。

 ミレスピーは鋭い眼で、もう一度周りを見回す。

 自分の音楽を信じろと自分に言い聞かせ、大きく息を吸って、目を瞑った。

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