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歌旅  作者: 黒ツバメ
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大宴会

 気持よく全員で歌った後は、山羊と羊入り乱れての大宴会と決まった。

 フルヤとケチュケーは最高の宴会にするからと言い残し、どこかへ行ってしまった。

「ふう。どんな宴会になるのやら」

「楽しみだねー」

 パンナははじける笑顔を送ってくる。

 里の外に出てすぐだというのに、夢の世界のような出来事に遭遇して非常に上機嫌なのは分かるが、お腹を壊しているパンナには安静にしてほしいとも思う。まあ、それを言うのは野暮というものだ。ミレスピーは夫婦共々どっぷりと楽しむ事にした。

 ミレスピーとパンナが羊と山羊の声真似合戦を繰り広げてる間に、宴会の準備は着々と進められていた。

 見れば、数匹の羊が奥のほうから大きなとっくりを運びこんで来た。部下にコップを用意させると、フルヤは主要な羊達をミレスピーの周りに配置した。

 ケチュケーも用事を済ませて来たのか部下を何頭か引きつれ、ミレスピーの周りに陣取った。

「これは俺達からのお礼の一杯だ。是非夫婦で堪能してくれ」

 そう言うフルヤの顔は自信に溢れていた。美味しくないはずはないと顔で語っている。

 ミレスピーはちらっとパンナを見た。パンナは目で大丈夫と訴えている。年齢的にどうかと思うところもあるが、まあ、一杯くらいならいいだろうと、パンナがミレスピーもお酒を飲む事を許した。

 大きなとっくりには羊印が描かれていて、その印の下には『秘伝』と書かれている。誰が絵を描き、字を書いたのかは分からないが、羊の中にはかなりの文明を築き上げている種もあるという事だろう。

 フルヤによれば、中身は羊特製のどぶろくだという事だ。恐らく人間の伺い知れないどこかで連綿と作られているのだろう。

 がたいの大きな羊が三頭がかりで、ミレスピーとパンナに渡された杯にどぶろくを流し込む。白濁しているお酒は、羊色と言っても良さそうなくらい真っ白だった。

 味にはまったく期待していなかったが、口に含んだ瞬間、ミレスピーは目を見開いてしまった。とても美味しいのだ。何が入っているのかは、きっと聞かない方がいいに違いないが、この芳醇な味わいと香しい匂い。そして、得も言われぬ心地にさせてくれるアルコールの濃度。

 ミレスピーは今まで色々なお酒を飲んできたが、これはその中でもぶっちぎりに凄いと言わざるを得なかった。隣ではパンナがとろっとした目でお酒をぺろぺろ舐めている。パンナも羊印のどぶろくを気に入ったようだ。

「ふー。フルヤ。このお酒最高に美味しいぞ!!」

「はっはっは。恐らく人間でそれを飲んだのは、ミレスピーさんが初めてだ。では、私達もいただくとしよう」

 フルヤとその側近達も、杯にどぶろくを注いで飲み始めた。もちろん山羊達にもお酒は振る舞われた。

 羊印の酒を一口飲んだケチュケーは、思わず天を仰いだ。

「くう。くやしいが、このお酒は本当に美味しい。しかし、我々山羊に伝わる果実酒もいけるぞ。おい!!お前ら、あれを持ってこい!!」

 ケチュケーが部下に叫ぶと、山羊側の奥から真っ青な液体の入った瓶が運ばれてきた。なんと瓶には山羊をかたどった金のエンブレムが付いている。そしてエンブレムの下には20という数字が書かれている。きっと二十年ものという意味だろう。

 山羊の部下達からグラスを渡され、ミレスピーとパンナはお互いを見合った。

「ミレちゃん。これも美味しいといいね」

「ケチュケーが美味しいと言っているので、美味しいに違いないさ」

 グラスには、見た事のないほど透き通った青い液体が注がれる。いったいどんな果実がこんな色のお酒を生み出すのかミレスピーには想像もつかないが、これも創造をかきたててくれるに違ない。

「では、良き曲ができた事に乾杯!!」

 ケチュケーのかけ声と共に、ミレスピーとパンナ、そして、山羊と羊の幹部が青い果実酒を飲む。

 ミレスピーは一口飲んだ瞬間、脳をかき回されたような衝撃を受けた。今まで食べた果実のどれよりも甘く、そして優雅な味。それでいてアルコールが程よく果実とからんで後味がすっきりとしているのは、最早人間には作れない技術だ。

「美味し〜〜〜〜〜い!!」とパンナが絶叫する。

「くう・・・こ、これは・・・山羊のお酒がこれほどとは・・・」

 フルヤは山羊側の果実酒に衝撃を受けたようだ。

「ふふ。まあ、ライバルなのもいいが、こうしてお互いにいい物を持っているんだ。今後は、宴席でも持ったらどうだ?」

 ミレスピーの提案に、フルヤもケチュケーも苦笑いしながら多少考えてもいいと言う頷きで返した。

「さて、ここからは無礼講だ。皆のもの存分に飲むがいいぞ!!」

 フルヤの号令と共に、山羊と羊が入り乱れて酒を酌み交わし、史上まれに見る数百匹に及ぶ山羊と羊の大宴会が始まった。

 あちらこちらで先程の歌と怒号?のごとき鳴き声、そして甲高い笑い声がこだまする。この声を聞いた人間達の間では、森の悪魔が宴を開いていると噂されることだろう。

 まあ、普通の人間達は勝手に恐怖していてくれた方がいい。こんな楽しい宴に他の奴は混ぜてあげないぜ!!とミレスピーは、すっかり酔っぱらった頭で思った。

 そんなミレスピーの横に酔っぱらった、山羊と羊が殺到する。みんなで肩を組んで歌を歌いながら、一緒に「ヴェー」とか「ヴェェェェ」とかを叫ぶ。これが気持いい。羊の酒と山羊の酒を交互に飲みながら、話しにならない話しをしていたが、いつの間にかみんなで肩を組んで踊りだしていた。フォークダンスのような、千鳥足でのたうち回っているような踊りを踊っていると、パンナが怒ってやってきた。

「ちょっと!!ミレちゃん!!そんな踊りはないじゃない!!ちゃんと踊りなさいよ!!」

 どうやら酔いつぶれて駄目駄目になっている事よりも、きちんと踊れていない事が問題のようだ。さすがパンナ。いい嫁だ。

 すると、ミレスピーと肩を組んでいる羊が話しかけてきた。

「うひひひ。お前、人間なのに俺達の酒で酔えるなんてすげえな」と羊。

「ははは。そうだな。俺達の酒は大地の恵みそのものだ。人間には刺激が強すぎると思ったんだがなあ」と山羊。

「いやいや、世辞は抜きにこんな美味しいお酒は初めて飲んだ」

 ミレスピーは正直な感想を話した。確かに今まで飲んだ全ての酒よりも美味しいのだ。こんなものを飲んだら、きっと世の中アルコール中毒だらけになるだろう。

「お前ら面白い夫婦だな。人間と妖精が半々で混ざったような感じだ。何と言っても動物の言葉が通じるし」

 ミレスピーはこの山羊の話しに何か違和感を感じた。酔った頭でなんとかその違和感を考えてみる。だが、歪んだ羊と山羊の映像が目に入るばかりで、頭の中が整理できない。

 このままではどのみち酔いつぶれてしまうと思い、羊と山羊をかき分けて、小川を目指すことにした。山羊と羊の親も子供も酔っぱらってふらふらと歩き回っているので、ミレスピーは、羊と山羊にぶつかっては右に左に流された。草むらから小川の土手までの道のりは、移動する迷路のようで意外と遠かった。

 河原に降りたミレスピーは酔い覚ましのため、頭を川に突っ込んで、流れる水の中で水を一気に喉に流し込んだ。頭が冷え、少し酔いが引いた気がする。一匹の魚と目が合ったが、魚はミレスピーに早く去れと睨みをきかせた。酒臭い望まぬ訪問者がいきなり現れれば、魚とて早々に立ち去れと思うだろう。

 ミレスピーは魚に「悪かった」と言うと、川から顔を上げ、ハンカチで顔を拭く。霧がかかっていたような思考がくっきりとした。

 先程の違和感は何なのかを考えた。ミレスピーの近くでは、数頭の山羊や羊が水を飲んでいる。そして、「うめえー」とか「ふいー」とか言っている。

 それを見て、そうかとようやく合点がいく。

 動物が人間の言葉を話しているのではなく、単純に自分達が動物の言葉を理解しているのだと。普通の人間では動物の言葉は分からない。せいぜい犬と心を通わせられるのがいいところだろう。

 動物の言葉が理解できた上、話せているのだ。そんな事は確かに精霊くらいしかできないだろう。きっとパンナが精霊に祝福されたからできる芸当なのだ。先の山羊は精霊のような事ができる人間が珍しいと言ったのだ。

 ただ、動物と話せるのならば、とことん話しをして、その様子を曲にするまでだ。これはきっと精霊が私にくれたチャンスだ。これに応えなくて作曲などできやしない。

 ミレスピーは、再び羊と山羊の群れに突入して、フルヤとケチュケーの所へ向かった。

 途中、羊からとっくりを取り上げて、ぐびぐびと酒を飲みながら、不思議な踊りを踊っているパンナに手を振った。一応手を振り返してはきたが、今度は山羊とラインダンスを踊り始めた。実に楽しそうで良い。

 二人のリーダーの所に戻ると、自分で持っている葡萄酒を薦めて、酒談義に入った。ミレスピーは頭を冷やした意味なく、みるみるうちに酔っぱらってしまったが、一ミリだけ残した理性で、山羊と羊の最新のトレンドや、人間についての思いなどを聞いて、頭の中にしまった。

 そして、どうしてテントに入って来たのかを聞いてみた。

「なあ。どうして私とパンナのテントに入ってきたのだ?」

「ああ。ここの水飲み場は我々羊と山羊の間で、ナワバリ争いをしていてな。今日も実は小競り合いがあったのだ」とフルヤ。

「そう。そして俺が羊と仲裁すべくやって来たんだ。そうしたら、何やら怪しげなテントがあって、中からはなんと羊と山羊についてどちらが眠気を誘うかと話しをしている。これは、お互い負けられないと、仲裁そっちのけでフルヤと一緒にテントに入ったのさ」とケチュケー。

「話している言葉からすると、まさか人間がいるとは思わなかったけどな」

 フルヤは笑いながら話す。

 ようするに、精霊が中にいるのだと思ったのだろう。

 いつの間にか横にいたパンナはなんの事やらという顔をして、今にも寝落ちしそうな目をしばたいている。

「それで、よくこんな宴会を開く気になったな」

「いやあ、あの曲を聴いたらなんだかこんな小さなことで争っているのがばからしくなってな」とケチュケーは豪快に笑った。

「そうそう。あの曲を聴いたら、どっちもどっちだと思うよな。だから、ここは共同の水飲み場ということにして、もう争わなくてもいいという事にしたのさ」

 フルヤもがらがらどんに負けじと酒を飲みながら、心地の良い笑みを作った。

 ミレスピーの見ていない所で、このような協定が結ばれていたとは驚きだ。このフルヤとケチュケーというリーダーは相当の傑物のようだ。

「で、日頃から争っている羊と山羊で宴会を開くにあたって、あの曲が全員の気持を一つにするのに丁度良かったということさ」

「そうか。役に立ったのなら、それは喜ばしいことだ。何と言ってもパンナが初めて作曲した曲だからな」

「ははは、じゃあ、パンナさんに乾杯だ!!」

 フルヤは杯をミレスピーに向けた。ミレスピーもどぶろくをなみなみとついでもらって、フルヤと乾杯する。どぶろくを一気に飲み干すと、今度はケチュケーと乾杯をし、青い酒を一気に呷る。

 パンナも頑張って乾杯したが、さすがに酒が完全に回って、大口を開けて寝てしまった。ミレスピーはパンナの頭を膝に乗せると、口を閉じてやった。

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