子守唄完全版を山羊と羊に聞いてもらう
山羊と羊にとって心地よい曲にする為の第一歩。まずは歌詞を考えよう。
羊が鳴けば、大地が眠り 山羊が鳴けば、森が眠る みんな寝たので 僕たちも寝る 最後に寝るのは お月さま
こんなところか?メロディは明るく、自然を感じ、そして作曲者のパンナをイメージ出来る感じだな。
ミレスピーはいくつかのフレーズを頭の中で創り、どれにしようか考える。ふと、パンナを見ると、作業に飽きたのかパンナは再び羊に抱きついて、ふわふわの毛の感触を楽しんでいた。という訳で、最後は、すこしフワフワ感のあるフレーズにした。
「よし。では、『羊と山羊の子守唄』の完成だ。ちょっと聞いてくれ」
ミレスピーは頭の中で楽譜を完成させ、記憶の中に閉じ込めた。その楽譜の映像を脳内に呼び出すと、満を持してスティックを握った。
イントロを弾くと、すぐにパンナがミレスピーの横に座った。羊と山羊も固唾を飲んでミレスピーを見つめる。
「やーぎ!やーぎ!やーぎ!ひつーじ!ひつーじ!ひーつじ! 山羊と羊は眠い声
どちらも眠い 聞いてみよう 聞いてみよう ヴェーヴェーヴェー やさしい羊 ヴェェェーヴェェェー ゆかいな山羊 羊が鳴けば、大地が眠り 山羊が鳴けば、森が眠る みんな寝たので 僕らも眠る 最後に寝るのは お月さま らーららー らーららー らーらーらー」
演奏を終えると、羊と山羊とパンナから暖かい拍手が贈られた。
「ミレちゃん!!すごくいいよ!!」
「これなら我が羊族も納得です」
「ああ。山羊側も文句は無い」
なんだかよく分からないが、争いは解決したようだ。音楽とはそういう物なのだろう。
「よし。せっかくだ。外に出て曲に合わせて踊ってくれ」
ミレスピーはパンナの背中を軽く叩いた。
「いいよー」
「では、みんなで一旦テントの外に出よう」
羊と山羊をテントから先に出させ、パンナ、ミレスピーと続いて出た。
外は心地よい冷たい風が吹いていた。しかし、ミレスピーは、周りの様子を見た瞬間、そんな心地よさなど一瞬で吹き飛んでしまった。
テントを境にして、数えきれないくらいの羊と山羊が睨み合いをしていたのだ。
ミレスピーはどちらかの肩を持たなくて良かったと、心から思った。
「おーい。みんなー。山羊と羊のどちらが眠りにふさわしいか論争は解決をみたぞ!!」と羊が、羊陣営の全員に叫んだ。
それが終わると、山羊も「この作曲家が素晴らしい曲にしてくれた。みんな、喜んでくれ!!」と山羊陣営の全員に叫んだ。
両陣営から「ヴェー!!」とか「メヘェェ!!」とか嬉しそうな声が飛ぶ。
「では、羊くん、山羊くん。真ん中に少しスペースを作ってくれ」
「ああ、そうか。名前を言っていなかったか。私はここら辺の羊のリーダーをしているフルヤだ」
「同じく、山羊のリーダーをしている、ケチュケーだ」
なんだかどちらもあまり聞いた事のない名前だが、羊と山羊だからあまり気にすることもないだろう。
「そうか。私はミレーミニ・レスピーチェ。そしてこちらが、妻のパンナ・レスピーチェだ」
「ミルー・・・ク??」とフルヤが困惑顔をする。
「ミレーミニだ。ミレーミニ」
「「・・・・・・・・・・・・」」
「では、ミレスピーと呼んでくれ」
「それなら覚えられる。ミレスピーとパンナ・レスピーチェだな」と、ケチュケーは安心したようだ。フルヤも笑っている。
人間にも獣にも覚えてもらえない名前とは・・・晴れやかなフルヤとケチュケーと対照的にミレスピーは口をへの字に曲げ、宙を見上げた。
妻の名前は覚えられるのに自分の名前は覚えてくれない事がミレスピーにはショックでならなかった。いっその事名前を変えようかと思い悩んだが、パンナが踊りたいのが我慢できないといった感じで、貧乏揺すりをしながら鋭い視線を向けるので、さっさと曲を演奏する事にした。
「それでは、パンナの踊りを披露するスペースを作ってくれ」
ミレスピーは、スティックを構え、それぞれのリーダーにお願いした。
「わかりました」とフルヤ。
「わかった」とケチュケー。
二頭はすぐさま、仲間達を下がらせ、テントの周辺を円形に空けた。
羊と山羊が四方を囲む中、パンナは全員の中心に立った。これだけの見物客に注目されて非常にご満悦のようだ。嬉しそうな顔をミレスピーに向け、激しく手を振っている。むろんミレスピーも手を振り返す。
羊と山羊に囲まれて手を振るパンナは褐色の肌も手伝ってか、どこぞの昔話に出てくる動物使いのような雰囲気だ。服装がエキゾチックな事も手伝い、肩に小動物を乗っけていれば、各地で伝説になっている聖少女伝説の本人が蘇ったように見えなくもない。
周りからはパンナに熱い声援が飛ぶ。パンナは嬉しそうに山羊と羊に手を振って歓声に応えた。
性格があれなだけで、パンナは基本的には美人で見た目は麗しの少女といった風情なのだ。山羊と羊達には差し詰め私はその助手のような感じに見えるのだろう。それにしても、自分はいつも主役になりきれない。これは作曲家兼演奏者としては非常にまずいと思うが、パンナを引き立てるのも私の仕事だと割り切るしかない。
チューニングをしながらパンナの所作に見とれていると、早くイントロを弾けとばかりにパンナはプレッシャーをかけてきた。
手を横に伸ばし、足を少し開いて構えをとる。
世間一般でここまで妻をたててやるジョングルールはいないと思えと文句を言いたいが、羊と山羊も楽しみにしているようなので、ミレスピーも恰好を付け、上へと伸ばした手を振り下ろした勢いで弦を弾き、イントロを弾き出した。
音楽を聞き漏らすまいと、一瞬、周りが静かになったが、ミレスピーの歌とパンナの踊りが始まると、手拍子と鳴き声が周りから聞こえてきた。
「やーぎ!やーぎ!やーぎ!ひつーじ!ひつーじ!ひーつじ! 山羊と羊は眠い声 どちらも眠い 聞いてみよう 聞いてみよう ヴェーヴェーヴェー やさしい羊 ヴェェェーヴェェェー ゆかいな山羊 羊が鳴けば、大地が眠り 山羊が鳴けば、森が眠る みんな寝たので 僕らも眠る 最後に寝るのは お月さま らーららー らーららー らーらーらー」
パンナは、何もしていないふりをしながらこっそりと踊りを創っていたようだ。羊と山羊の特徴を見事に掴んだ動きで、それぞれの側を盛り上げながら、美しい動きで彼らをを魅了した。あの人間やるなという、羊と山羊の声が聞こえてくるようだ。
私が一回歌ったので、山羊と羊は歌詞を覚えてくれたようだ。二巡目には鳴き声のところで大合唱をしてくれるはずだ。
「やーぎ!やーぎ!やーぎ!ひつーじ!ひつーじ!ひーつじ! 山羊と羊は眠い声 どちらも眠い 聞いてみよう 聞いてみよう」
「「ヴェーヴェーヴェー!!! やさしい羊」」
全羊が鳴き声を大合唱する。きっとこの先の港にも怒濤の羊の声が響いているはずだ。この音圧はすごい。
「「ヴェェェーヴェェェー!!! ゆかいな山羊」」
山羊達も羊に負けないくらいの大声で合唱だ。お互いの意地の張り合いは、見事に引き分けといったところだ。
圧巻の鳴き声は人間では真似出来ない。是非、次のライブでは山羊と羊に参加してもらいたいと思ったが、ここまで聞き分けのよい羊と山羊が見つかるとは思えない。今日はラッキーデーに違いない。
パンナの踊りも切れを増し、ターンを男性でも無理なレベルの速さで繰り出していた。
「羊が鳴けば、大地が眠り 山羊が鳴けば、森が眠る みんな寝たので 僕らも眠る 最後に寝るのは お月さま らーららー らーららー らーらーらー」
ミレスピーが二巡目を終えると、羊と山羊の激しい鳴き声と拍手が降り注いだ。この河原を囲むように陣取る数百匹の羊と山羊からの祝福は、虫の鳴き声を吹っ飛ばし、月さえも驚かせた。川の魚は聞いた事もない音圧で気絶し、川にぷかぷかと浮かんでしまった程だ。




