第三部 世界へ羽ばたく 〜曲創り〜 創れば楽し
第三部 世界へ羽ばたく 〜曲創り〜
初夏の陽気を木々が遮ってくれたのは、結局四日間だけだった。山を降りて、いくつかの集落を過ぎれば、太陽の光が常に注ぐ街道に出る。
先程から、行商人とすれ違う頻度が多くなってきたように思う。これは次の街が近い証拠だ。
パンナは海を見た事がないと言う。あの山の中を季節毎に移動する事だけが、今までの世界だったので、この見慣れない景色が全て新鮮に感じるようだ。
「なんだかわくわくするねー。池が大きくなったような場所なんでしょ?」
「池か・・・まあ、端がまったく見えない池というのを想像してくれればいいか」
この道の先には岬があり、そこを過ぎれば、港町のチュクチュクだ。途中の集落で聞いた印象では、この辺りの集落へ運ぶ荷のほとんど全てがこの海運都市に集まるという話しだった。これはかなり大きな都市に違いない。
「うっ!!」
「またか・・・だからあれほど変な野草を食べてはいけないと」
「仕方ないじゃないー。知っている葉っぱにそっくりだったんだもん!!」
「いいから、早く行ってこい。猛獣が出たら大きな声で呼ぶんだぞ」
「分かったー」
パンナは木の生い茂る場所へと駆けて行った。
昨日の道すがら、料理ができると言って、調子に乗った結果がこれだ。再三再四ミレスピーが見知らぬ野草を揚げた料理は食べるなと釘を刺したのに、美味しい美味しいと言ってパンナは聞かなかった。
見事に腹を下し、大事な水の消費は倍以上、三十分に一回はトイレに駆け込むという旅人としては致命的な状況に陥っている。
それでもミレスピーはまったく腹が立つということはなかった。以前なら旅の連れがこんな体調になったら一日中文句を言っていたはずだ。やはりなんだかんだ言ってパンナとの相性がいいのだろう。
しばらくするとパンナが戻ってきた.心なしか頬がこけている感じがする。
「その調子では、あまり無理はできないな。もう少し進んでいい野営地があれば、今日はもう休もう」
「えっ?でもまだお昼だよ」
「いいんだよ。私達は行商人か?一分一秒を無駄にしないという連中とは全然違う。余裕があるうちは、ゆっくり旅を楽しめるんだ。二人の時間を取れるなんて贅沢もそれほどある訳ではない」
「うふふー。ミレちゃん。素敵〜」
「だからミレちゃんはやめろって」
「やだー」
パンナはミレスピーの右腕に抱きつくように腕をからませ、身体をくっつけてきた。筋肉質とはかけ離れた柔らかい感触が心地いい。
少し風も出てきたので、二人でくっついて歩いてもさほど暑くはないだろう。
二人は野営地を見つけるべく街道を進んだ。
運のいい事に小川が見えてくる。これで水も補給出来るし、竃を使って料理もできる。恐らくは以前に野営した誰かが石を組み立てて竃を作っているはずだ。
ミレスピーの予想通り、かなりの人数がお世話になったとみられる歴戦の石竃が川から少し離れた所にあった。
「では、今日はここで休もう。パンナの体調も整えないといけないしな」
「うう。ごめんなさい」
「長旅では、ままそういう事に見舞われる。私も水が合わなかったり、高山病にかかったりして数日間動けなくなった事がある」
「ふーん。ミレちゃんでもそういう事あるんだ」
「そういう訳だから、今日はゆっくり休んでくれ」
「はーい」
ミレスピーは、パンナが倒木に腰をかけて休んでいる間に、慣れた手つきで簡易テントを設営すると、鉄製の入れ物に水をくんで、干し肉と雑穀のスープを作り始めた。
「もうご飯作るの?」
「いいか。体調を整えるには栄養をとって寝るのが一番だ。今日はさっさと寝て、明日の早くに出るぞ」
パンナは何かごにょごにょと言ったが、元はと言えば自分が悪いので、渋々納得したようだ。
ミレスピーは、スープとは別に火をかけた鉄製の入れ物のお湯にタオルを入れ、熱いおしぼりを作ると、パンナに渡した。
「ここ二日お風呂に入っていないからな。これで身体を拭くといい。すっきりするとよく眠れるぞ」
「じゃあ、ミレちゃん拭いてよ」
「は?お前な・・・背中だけだぞ」
パンナのシャツを緩めて、背中を丁寧に拭いてやる。普段から傷を付けないように楽器を拭いているので、人間の柔肌も同様に肌を傷つけないように拭くのも手慣れたものだ。
「ちょっと、ミレちゃん。拭くのうますぎじゃない?何でよー?」
「当たり前だろ。私のスティックを拭く姿を見ていないのか?」
「ふーん。まあ、そういう事にしておこうかなー」
パンナはいらん誤解をしているようだが、こんなジョングルールに夢中になる女性など皆無に等しいという事をまだ分かっていないようだ。
「次は足もー」
どれだけものぐさなのだと言いたいが、パンナが適当にごしごし拭いて肌を傷つけると後々困る。ミレスピーは渋々足も丁寧に拭いた。あまりきちんと爪の手入れもしていないようなので、爪を切りそろえ、簡単にやすりをかけた。そして、遥か南の大陸で手に入れた爪用のオイルを薄く塗ってやる。すると、丁寧に手入れされた爪を見てパンナが激怒した。
「ちょっと。ミレちゃん!!こんなことまで出来るなんてやっぱり!!」
あまりの剣幕に少したじろいだミレスピーだが、怒られる謂れはまったくないので、ゆっくりと足のマッサージを始めた。
「いいか。私のこういう技術は本を正せば全て楽器に起因する。楽器の手入れで覚えた技術を人に応用しているにすぎない。ジョングルールとはいえ、私はそれなりに幻想的な曲も創る。だから身だしなみも重要だしな」
疑惑の目を向けたパンナだが、足のマッサージが気持いいのか、やがてうつ伏せになって、マッサージを堪能し始めた。
しばらくすると、寝息が聞こえてくる。まだ、腕と上半身と髪、そして肝心の顔も拭いていないのに寝られては困る。
「おーい。寝ないでくれ。食事もまだだし、全然拭き終わってないぞ」
すると、眠すぎて半目になったパンナが、上半身を起こして反転しながらミレスピーを見た。しかし、眠気に耐えきれずに、よだれをたらしながら、がくっと崩れ落ちた。
まったく。この娘は羞恥心とか警戒心とかの類いをどこかに置いてきてしまったようだ。少しずつ真人間にしていかなければいけない。
仕方なくミレスピーは、一旦パンナを寝かせて、スープの出来映えを見る為にテントから出た。
ぐつぐつと煮えるスープは丁度よい塩梅になっている。整腸作用のある根菜を入れ、滋養のある人参も少し混ぜる。これでパンナも明日には大丈夫だろう。
火から入れ物を離し、入れ物を地面に置く。熱いうちに食べるのが吉だ。
「スープができたぞ。食べてからいくらでも寝てくれ」
渋々といった感じでパンナが這うようにテントからずるずる出てきた。まるで木から落ちたナマケモノが這っているようだ。
なんとか木の切り株に座らせて、スープを入れたカップとスプーンを渡す。パンナは半分夢の中でスープを食べているようだったが、味には満足したようで、途中からはいつものように元気にスープをたいらげた。
「どうだ?少しは落ち着いたか?」
「うん!!」
「それじゃ、食べ終わったら歯を磨いて、身体を拭いてから寝るぞ」
「えー。でも、もう大丈夫みたいだよ」
「駄目だ。お腹をくだしたのは野草のせいでもあるが、疲れで身体が疲弊しているからでもある。今日は完全に休む。いいな」
パンナは上目遣いでミレスピーに不満を示しながらも「はーい」と小さく言った。
食事を終え、歯を磨き、ついでに小川の水とお湯を混ぜながらお互い髪を洗い、テントに戻った。
結局、ミレスピーは、パンナの全身を拭くこととなり、腕のマッサージと首のマッサージを終えた頃にはいい時間になってしまった。パンナはご満悦のようだ。
「ねえ、ミレちゃん」
「なんだ?」
「子守唄歌って」
「幼児退行にでもなったか?」
「そんな訳ないでしょ!!ミレちゃんの歌を聴きながら寝たいの。早く歌って!!」
まったくここまでしてもらって、まだ私に歌えとはなかなかいい度胸をしている。なんだか妻というよりも、こうるさい子供がいるようだ。
ミレスピーはパンナの頭を膝の上に乗せた。
「人は眠れない時に何を数える?」
「えーとね。山羊!!」
「お前の常識はどうなっている?羊だ」
「ええー!!絶対山羊だよ!!」
「・・・フルジュームの人々の常識では山羊かもしれないが、一般世間では羊だ。覚えておいてくれ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・山羊だもん」口を膨らませて言う。
どうやら山羊を譲る気はないようだ。パンナと話すときは山羊という事にしようとミレスピーは柔軟思考をとる事にした。
「まあ、山羊が一匹、山羊が二匹と・・・」
「山羊が一頭!!」
「おほん。山羊が一頭、山羊が二頭と数えるのが普通だが・・・」
「ミレちゃん、普通は羊って言っていたじゃん」
話しがまったく進まない。しかし、ここで諦めてはいけない。きっとフルジュームの人々はここで面倒くさがって、色々な常識をパンナに教えなかったに違いない。
それに、こんな事を言ってはいるが、パンナは興味深そうな目をピレスピーに向けている。色々な事を知りたいという好奇心は旺盛なのだ。
「では、羊という事にしよう」
「だから数えるのは山羊だってば」
「・・・・・・・・・・・・」
落ち着け、私。哲学の問答をやっていると思うのだ。
ミレスピーは怒りの形相にならないよう、顔を笑顔にコントロールした。
「でだ、そうやって数えても、普通は寝付けないだろう?」
「羊を数えたらきっと寝られないね」
「そこで、私は考えた。きっと単調でほとほとつまらないフレーズを延々と続ければそのうち飽きて寝られるのではないかと」
「やーぎー!やーぎー!やーぎー!」
私が歌う前に変な曲を創って・・・まあ、これもアレンジすれば立派な曲か。
「まあ、そんな感じで単調なフレーズを繋げるんだ」
「ええ!!これ単調なの?」
「それだけずっと言っていたら、それは単調だろう」
「ぶー。じゃあ、やーぎー!やーぎー!やーぎー!ひつーじ!ひつーじ!ひーつじ!」
「・・・・・・・・・・・・まあいい。では、パンナと私の合作の曲を今から創る」
「わーい。ミレちゃん。いい曲にしてね」
「まかせておけ」
ミレスピーは鞄からハーモニカを取り出すと、パンナの口ずさんだメロディをハーモニカで吹いた。
「うわあ。なんだか曲になっているね」
パンナはミレスピーの膝から頭を上げて、膝を抱え込むようにして座った。
「うむ。きちんとアレンジさえすれば、なにげなく口にした鼻歌でも曲になる」
ミレスピーは頭の中でメロディを構築しながら、少しだけ音程を調整し、童謡のような曲になるようにピッチを少し遅めにする。そして、もう一度その曲をハーモニカでパンナに聞かせた。
「うわあ。すごいー。やーぎ!やーぎ!やーぎ!ひつーじ!ひつーじ!ひーつじ!!」
「なかなかだな。それにこのメロディを加える」
そう言うとミレスピーは、次のメロディをパンナにハーモニカで聞かせた。
「このメロディに、『山羊と羊 どっちが眠い 比べっこ 比べっこ メーメーメー どっちの声だろ? メーメーメー』という歌詞を当てはめてくれ」
「う・・・ちょっと、ミレちゃんが見本を見せて」
仕方ないので、ミレスピーが歌って聞かせる。パンナは目を輝かせて聞いている。
「これ、私の曲でいいの?」
「ああ。もちろんだ。作曲パンナ・レスピーチェだ」
「ミレちゃんありがとー」
パンナはミレスピーに抱きついて、頬にキスを連発した。
これが一人旅との違いと言うものだろう。なかなかに良い。




