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歌旅  作者: 黒ツバメ
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旅立ち

 ミレスピーはそそくさと楽器をしまい、呼吸を整えているパンナの汗をセーム皮で拭いてやり、旅立ちの準備を整えると、ミレスピーとパンナは、ヴィオレル、ペーテル、ギゼラそしてカイティの元へと進んだ。

「では、これで本当に旅立たせてもらう。最後にもう一度ここから先の場所を教えてくれ」

「ああ。こっちに行くとギョルン村で、そこを越えるとスーク岬の方へ出る。そこを看板の通りに進めば海運都市のチュクチュクに行けるぞ」

 ヴィオレルの説明を聞いて、ミレスピーはチュクチュクへの期待が高まった。見知らぬ土地への旅は、胸が躍ると同時に作品の新たなインスピレーションにもなる。それに、ここのところ山や内陸を旅していたので、シーフードが無性に食べたくなったのもある。

「ありがとう。では次はチュクチュクを目指すことにする」

 パンナも港町に行く事が嬉しいのか、旅そのものが楽しみで仕方ないのか、はたまたこれからの生活に胸を躍らせているのか、満面の笑みでミレスピーを見つめた。

「では、パンナ。達者でな」とペーテルが言うと、パンナは父の手をぎゅっと力強く握った。

 隣ではギゼラが目をまっ赤にして立っている。パンナをじっと見つめながら、ゆっくりと口を開いた。

「色々世界を見ていらっしゃい。そして、私に話しを聞かせてね」

 パンナは涙でかすれた声で「うん」と言ってギゼラに抱きついた。頭を何度かなでてもらった後、パンナはついに両親の隣にいた美少女の前に立った。

 二人は、睨んでいるとも牽制し合っているとも取れる視線をしばらくの間合わせた。ヴィオレルはそれを楽しんでいるようだが、周りの楽隊ははらはらしながらその様子を見ている。

 先にカイティがふてぶてしい顔を作り、切り出す。

「ふん。あなたがどこに行こうと私の知ったことじゃないけど、あなたがここに戻ってくる頃には、私はリューンに祝福されているわ」

「あなたが打楽器の神様のリューンに祝福?だったら私はイシュトーに祝福されているわ」と鼻息荒くパンナが言い返した。

「無理無理。だいたい踊り以外なにもできないのに、どうやって音楽の神様に祝福されるのよ?いいところアロイエーね」

 余裕の表情だったパンナの眉間に皺がよる。

「な、何で台所の神様なのよ!!ふん!!独り者のあなたには一生祝福されない神様かもね!!」

「何よ!!あなたと違って私は選びたい放題なの!!」

 ヒートアップしてきたパンナとカイティの言い争いは、ミレスピーに飛び火した。 

 ふむ。気付いてはいたが、私は余り物の余り物という位置づけらしい。

「ふざけないでよ!!ミレちゃんだっていいところは、沢山・・・ちょっとはあるのよ!!」

 おい。何故ちょっとと言い直す?

 さすがにミレスピーを哀れに思ったのかカイティは、ここでその話題を打ち切った。

「ま、負け組のあなたが不憫だから、これを渡すわ。帰ってくるまではせいぜい精進しなさい」

 カイティは舌戦で湿った手に何かを握っていた。パンナの横をすり抜けると、カイティは布袋をミレスピーに渡した。

「私にか?パンナに直接渡せばいいだろ」

「ううん。最後の演奏で太鼓のメインで叩かせてくれたお礼。あいつには渡すものはないわ」

 カイティはパンナを睨みながらヴィオレルの横へと戻って行った。

 貰った物を見ない訳にもいかないが、パンナが激怒するような物が入っていても困る。このまま去りたかったが、パンナが早く開けろという目で威嚇するので、ミレスピーはため息混じりに布の袋から、何かを取り出した。

「なっっっ!!」

 パンナはそれを見た瞬間、勢い良く振り返り、カイティを見た。そのカイティは口笛混じりに笑顔を作っている。

「何だ、これは?」

 ミレスピーは、手の平の中に鎮座している女の子の人形を見つめていた。

 みるみるうちにパンナの顔が紅潮していく。

「何でこんなものうちの旦那に贈るのよ!!」

 激昂したパンナがその人形を奪い取り、握りつぶさんばかりに人形を歪めた。

「ちょっと待て。折角くれたものだ。大事にしなさ・・・」

「ふざけないでよ!!これは、自分の身代わりで、それを持つ人に大事にしてもらいたいという意味を持っているの!!だからこんなものミレちゃんに渡すなんて信じられない!!」

 ふむ。モテ期が来たというのとは、少し違うようだ。あの娘もなかなかの策士だ。単純なパンナが何をされれば怒るのかを熟知している。女という生き物はげに恐ろしき生き物よ。

「ちょっと、ミレちゃんもこんなものさっさと返してきて!!」

「まあ、ちょっと冷静になれ。何故これを私に渡したのかの理由を、彼女からきちんと聞いて、それでも許せなかったら返せばいい」

 怒っているパンナに冷静になれと言っても、それは無理というものだ。大地に深々と穴を開けそうな強い歩調で、パンナはカイティへと向かった。

 投げつけかねない勢いで人形をカイティに突き出して見せる。

「何よ、これは?」

「あら。その人形の意味くらい知っているでしょ?」

「だったら、何で私の旦那にこんな物渡すのよ?」

「ふふ。私達の村は、一夫多妻でも一妻多夫でもいいのは分かっているでしょ?どうせあなたじゃミレスピーさんに見限られるだろうから、その後に私がミレスピーさんを引き取ってあげるのよ」

「そんな必要は一切ない!!ミレちゃんはずっと私のものだからね!!」

 これを聞いてはさすがのミレスピーもこの人形を受け取る訳にはいかない。パンナの手から人形をすりのごとき早業で抜き取ると、布袋にしまった。

「そう聞けば、私もこれは受け取れない。持ち帰ってくれ」

 ミレスピーは、人形の入った布袋をカイティに返した。

「ふん。ま、せいぜい仲良くするのね」

 カイティは憮然とした表情でそっぽを向いた。

 パンナはまだ怒りが収まらないといった表情でカイティを睨みつけているが、わざわざ悪役を買ってパンナを持ち上げてやるとは、このカイティという少女もなかなか人間ができている。

「ふふ。君にはリューンが祝福してくれるさ。パンナと私を鼓舞してくれてありがとう」

「ふん!!こんな女のどこがいいのか知らないけど、さっさと連れて行って!!そして、ずっと旅しているがいいわ!!」

 言葉ではそう言っているが、カイティの表情にはどことなく笑みが見える。一応私達を祝福してくれているようだ。

「ありがとう」

 ミレスピーはカイティに頭を下げた。

「???」

 ミレスピーとカイティの会話が成立していないとしか思えないパンナは、一人だけのけ者にされているような気がして、ミレスピーも睨んだ。そんなパンナは、ミレスピーへの想いがきちんと両親に伝わった上、非常に旅立ちやすい状況にしてくれた事にはまったく気付かないのであった。

 ミレスピーはヴィオレルに歩み寄った。

「彼女やりますね」

「そうだろ?非常に頭が切れるんだ。そのうち我が村をしょってくれるさ」

 ヴィオレルもカイティには太鼓判を押しているらしい。

「それじゃ、パンナこれで本当に最後の挨拶だ」

 パンナは怒り収まらぬ中、渋々ミレスピーの横に立った。

「パンナという伴侶を得て、これからの旅は今までと違い、自分の為だけではなくなった。パンナはこれから様々な経験を詰んで、素晴らしい踊り手になるだろう。そして、私もそれにふさわしい音楽を作る事で応えたいと思う。では、私達の旅を暖かい眼で見守ってくれ。素晴らしい結婚式をありがとう」

 ヴィオレルとカイティ、楽器を演奏してくれたフルジュームの人々、そしてパンナの両親に深々と頭を下げた。皆、笑顔で拍手をしてくれた。

 ミレスピーは自分の荷物を背負うと、パンナがリュックを背負うのを手伝った。あれだけ踊れるにも関わらず、身体が華奢なので荷物に持たれているように見える。

 少しふらふらとしているパンナを見ると心配になるが、これからの旅のキツさを考えれば、ここで甘やかす訳にはいかない。荷物を運ぶコツを覚えるまでは、手伝うのは最小限だ。

「それじゃ、みんな元気でね!!」

 パンナの元気な声が響くと、またぞろ別れの曲の演奏が始まった。カイティも太鼓を景気よく叩いてくれている。パンナは最高の人達と一緒に暮らしていたのだという事を、ミレスピーは実感する。

 パンナと手を繋ぎ、大きな石の場所から次なる山道へと入る。音楽がどんどん小さくなり、完全に聞こえなくなると、パンナと二人きりになった。

 パンナはこれからの旅に希望を膨らませ、ミレスピーを笑顔でじっと見ている。これから二人で作り上げて行く世界への第一歩だ。

 二人で気持を共有する為に、唇を重ね合わせ、次なる街へと向かうのだった。

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