精霊の祝福
パンナの両親との対面も済み、ヴィオレルが手を振ると、結婚の曲から見送りの曲へと変わった。この辺りのあっさり感もなかなか好感が持てる。
私も挨拶をしない訳にはいかない。
パンナが両親から離れると、今度は、ミレスピーがパンナの両親の前に立った。
「初めまして。私はミレーミニ・レスピーチェという旅のジョングルールです。最後の最後に挨拶出来てほっとしています」
涙を袖で拭きながら、パンナの父親が口を開いた。
「初めまして。いや、先程ステージで一緒に演奏したか。私はパンナの父親のペーテル・ファルカシュです。パンナは手のかかる子供でしたが、人一倍熱い人間です。是非、娘を目標の世界最高峰の踊り手にしてやってください」
そう言われるとかなりのプレッシャーだが、この才能を伸ばしてあげるのは、夫である私の責務だ。
「お任せ下さい。きっとデルメと言わずイルステン全域で名が轟きますよ。そして、この大陸の後は、ロームガンド大陸にも足を運ぶつもりです」
あまりにでかい事を言うのでペーテルは黙ってしまったが、隣の妻が話しを引き取った。
「初めまして。パンナの母親のギゼラ・ファルカシュです。あまり期待をかけると可哀想なので、私からの願いは一つです。パンナを幸せにしてやってください」
これこそ母親の鏡。実際の人生は、幸せな事ばかりではない事をしっかり分かっているからこそ、私にあえてこう言うところがさすが大人の女だ。
「しかと心に留めて共に旅をします。苦労も多いとは思いますが、旅はそれ以上の驚きと喜びがあります」
我ながらまともな事が言えたと感心する。普段からこれくらいの事が言えれば、超絶適当な性格も治るかもしれない。
「パンナ。あなたにも言っておく事があります」
パンナはギゼラの話しを聞くために、ミレスピーの隣に立った。
「いいこと。ヴィオレル族長の話しにもあったけど、あなたと同じ考えの人間は一人もいないの。だからきちんとミミッタ?さんの考えも汲み取って、二人で協力して暮らすのよ。いいわね?」
「はい!!私がしっかりと手綱を握るから大丈夫よ!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ギゼラは顔を引きつらせたが、最早パンナのこの性格は一生治らないだろう。
ギゼラは申し訳なさそうな視線をミレスピーに送ったが、ミレスピーは気にしていないという目線をギゼラに送った。どこまで伝わったかは分からないが、ギゼラはペーテルへと目を向けた。ペーテルは頷き、ポケットから細長い紺の木製の箱を出した。
「これを持って行きなさい」
ペーテルから差し出された箱をパンナは受け取り、恐る恐る中を見た。中には宝石が散りばめられたネックレスが入っていた。
「え??これ・・・は?」
「それは、我が家に長く引き継がれてきた代物だ。本来なら家督を継ぐ長男が受け取るものだが、パンナに受け継がせることにした」
「だめだよ。お兄ちゃんに申し訳ないわ」
パンナはペーテルにネックレスを返そうとしたが、ペーテルはパンナの手を包んで、パンナの手の中に箱を押しとどめた。
「いや、単純に高価だから受け継いでいるという話しではないのだ。このネックレスには逸話がある。我々の先祖は様々な国を流浪してここに辿り着いた。その途中のある日、大雨にあい、雨宿りしていた時のことだ。どこからか声がして、私を楽しませたらこの雨を止ませてあげると言われたそうだ。雨は数メートル先も見えない激しいものだったので、我が一族の先祖の中で最も踊りのうまい者が、その場で踊ったそうだ。声の主は大変に喜んで、雨を止め、さらにこのネックレスをその踊り手に贈ったそうだ。その踊り手こそ、伝説のローザだ。正式に言うと、ローザ・ファルカシュだ」
「へ??ローザって私のご先祖様だったの?」
「ああ。お前が踊りの才に恵まれているのは、きっとローザの魂を引き継いでいるからだ」
しばし呆然としたパンナだが、ペーテルの手をほどくと、そのネックレスとまじまじと眺めた。深い青を讃えたベニトライトやラリマーが散りばめられ、真ん中に大きなタンザナイトがはまっている。
「話しから推察するに、水の精霊に祝福されている物のようだな。パンナ。精霊から贈られるものは、その目的に向かう者に祝福を与えると言われる。世界中にいる金持ちや貴族が、精霊の持ち物を大金はたいて売買するのはそのせいだ」
パンナはミレスピーの話しを聞くと、もう一度そのネックレスを見た。
ブルーダイヤモンドのような高価な宝石は入っていないが、見入ってしまう青の宝石は確かに何か大きな自然の存在を感じる。
「ねえ?これを付ければ世界一の踊り手になれるかな?」
「それはパンナの努力次第だが、このネックレスが祝福してくれるような存在になれば、それは限りなく世界一という称号に近いと言えるだろうな」
「このネックレスが導いてくれるの?」
「いや、そうではない。正確に言うと、その域に達すれば、精霊に祝福されるレベルの人物になっているという話しだ。ただ、普通の人々では到底到達することのできない世界へと足を踏み入れた人々は、どういう訳か精霊から贈られた物を持っていたという事例が多い。そして、精霊と話しもできるそうだ」
「ふーん。精霊が手伝ってくれる訳じゃないのかぁ」
「当たり前だ。精霊は努力して自分の求める域に達した人物にだけ、興味を持つのだ。もちろん、そうでなくとも自分達が面白いと思えば姿を現すけどな」
「さっすが、そういう変な話しには詳しいね」
パンナはミレスピーの袖を引っ張って上下に揺らした。
失礼な。という言葉がにじみ出ている表情をしながら「そのような話しばかりでなく、私はあらゆる話しに詳しい・・・はずだ」とミレスピーは少し怒り口調で言った。
「まあ、いいや。私は世の中の事全然分からないから、ミレちゃん色々教えてね」
「おい。ミレちゃんはないだろ」
「いいじゃん。もう夫婦なんだし、私の呼びたいように呼んでも」
「いや、しかしだな、人前でミレちゃんはないだろ」
「くふふ。ミレちゃん、はずかしがりー」
隣でコホンとペーテルの咳払いが聞こえる。
「そういうのは、後でやってくれないか」
「失礼した」
ミレスピーは一歩下がって、パンナの後ろに立った。
「オホン!!では、パンナ。そういう品らしいから、大事に扱うように。我々の先祖の誇りだからな」
「はい!!お父様!!」
「お・・・とうさま??」
今まで一度も呼ばれた事のない呼称に困惑したペーテルだったが、そういう呼ばれ方も悪くないと、照れて顔を緩ませた。
「はいはい。お父様も最後は形無しね。では、ミミック?さん。パンナをよろしくお願いします」
「お母様。ミレーミニです。最後に名前は覚えておいてください。ミレーミニ・レスピーチェです」
「ミミッ・・・ク??レズポーチェ??」
ここの集落の人々の耳はどうなっているのかと言いたい。
「では、このパピルスにしたためますので、壁にでも張っておいてください」
ミレスピーは譜面がびっしりと描かれたパピルスの余白の一部を切り取り、自分の名前を書いて、ギゼラに渡した。
ギゼラはパピルスを見たが、字が読めないために、一瞬、ミレスピーのみみずのはったような字を見てから、興味無さげにそれをポケットにしまった。
別れの曲が三巡してしまったので、そろそろ切り上げだろう。だが、その前にやることがある。
ミレスピーは楽隊を見回して、音楽を止めるように促した。別れの曲はうまく途中で着地した。
「皆様。我々の為にここまでしてくれてありがとう。ここまで来ていただいた御礼をしたい。パンナいいか?」
パンナは本当に嬉しそうな顔をして頷いた。そして、精霊から貰ったというネックレスを素早く首に巻いた。
ミレスピーはケースからスティックを取り出し、すばやく弦の調整をすると、音量を最大に引き上げた。
「パンナは、今後、踊りを極め、水の精霊の祝福を受けるだろう。だから、先日創った水の精霊に関する曲を弾きたいと思う」
ミレスピーはキキヌンで子供達の前で披露した、リカリニンの森の曲を弾き始めた。正確に言えば泉の精霊の話しだが、大まかなくくりで言えば、水の精霊だろう。
スローテンポな曲だが、パンナは森の中で彷徨っている様子、泉で触れ合った精霊達を踊りで表現してくれた。
さすが我がパートナーだ。こういう時は真剣に踊りに向き合い、最高の成果を出してくれる。
草と石ころばかりの足場の悪い中、パンナは、しなやかな身体使いで、曲を踊りの世界へと落とし込んでいく。全体の踊りはゆったりしているように見えるが、所々の手や足の細かい動きは、速い動きを取り入れ、見ている人を飽きさせない。
そして気付いたのは、これだけの踊りにも関わらずアクセサリーのちゃらちゃらとした音が響いてこない。恐らくは無駄な動きをしていないからだろう。
広場をいっぱいに使って、パンナは周りの人々全てに自分を見てもらう。エンターテイナーとしても一流といったところか。アピールがないとどんなに踊りがうまくても、人々を熱狂させることはできない。
そう。観衆は皆、文字通りパンナに目を奪われている。
曲も中盤に差し掛かった。さらに驚いた事に、パンナの踊りは、切れを増していく。完全にこの曲を自分の中に消化したと言っていい。音楽の世界に身を委ねた精霊が目の前にいるような気にすらなる。パンナはすでに胸で光るペンダントに祝福されているのかもしれない。あまりに泉の精霊になりきっているので、青い光に包まれているようにも見える。
しかし、それはミレスピーの目がおかしいのではなかった。なぜなら、周りの何人かが目をこすっているのが見えたからだ。ミレスピーは、パンナが実際に祝福の青に包まれているのだと確信した。恐らく皆、パンナが薄い青の衣に包まれているように見えているはずだ。
パンナの両親は最高の贈り物をしてくれた。精霊の加護を持つ踊り手など、世界中探しても、パンナだけだろう。この凄さを分かる人には妻を自慢したくなるというものだ。ふはは。
見ればカイティも圧巻の演技を羨ましそうに見ている。終世のライバルはこれくらいでないといけないとでも思っているのかもしれない。
さて、曲もまもなく終わる。パンナはというと、ついに青白く光っているように見えるようになった。私の帽子で輝くアルストロメリアのような光だ。これが精霊のもつ独特な光なのだろうと勝手に想像してみる。
朝日と共に眠りにつく泉の精霊になりきったパンナは曲の終焉と共に動きを止め、身体を畳んで固まった。
一瞬の静寂のあと、万感の拍手が周りから贈られる。パンナはゆっくりと起き上がり、照れ笑いを浮かべながら、仲間達に手を振った。
ミレスピーも楽器を置くと、パンナへと駆け寄った。気がつけば、パンナからはすでに光は消えていた。
盛大な拍手は続く。
私も曲を演奏したし、パンナの踊りの世界観を創ったという意味で、この拍手の中に入ってもいいはずだ。ほとんどはパンナに向けられた拍手という事は理解している。だが、私もアーティストで、観客の声援が大きければ大きい程、モチベーションが上がるのだ。曲創りにはかかせないパッションはこういう時にこそ発生するのだ。
ミレスピーは言い訳がましい考えを頭で正当化すると、ちゃっかりパンナと一緒に観衆に手を振って拍手に応えた。無論ほとんどの人々がミレスピーを見ていなかったのは言うまでもない。




