結婚式
ミレスピーは駆けてくる馬の足音を聞きながら、まさかこの土壇場でパンナを連れ戻されるでは?と訝しんだが、ジャンゴが大丈夫だからちょっと待ってくれと何度も言うので、しばし待つ事にした。最悪、森の中に入ってしまえば逃げ切る自信があるというのもある。
山道の中にどんと構えている大きな石の周辺は少しだけ広い空間になっている。そこへ十頭程の馬が続けざまに入ってきた。馬には楽器を持った人間が一頭につき二人乗っていた。
最後の馬には楽器を持っていない人間が三人乗っていた。パンナはその最後の馬の上に乗っている男女を、信じられないという目で見た。そして、その瞬間涙腺が崩壊した。
「族長。お父さん。お母さん・・・」
馬にはヴィオレルとパンナそっくりな父親と、すっきりとした身体のラインの母親が乗っていた。母親のスタイルと父親の顔を受け継ぐとパンナになるというのも納得な夫婦だった。
ヴィオレルは馬から降りると、ミレスピーの前に立った。パンナは大泣きしながらミレスピーの腕にしがみついている。
「ふふ。間に合ったようだな。ジャンゴからいい知らせがなければ、どうしようかと気をもんだぞ」
ミレスピーはヴィオレルに頭を下げた。
「まさかここまで来るとは思わなかった。ジャンゴのさっきの合図はすべて丸く収まるという意味と捉えていいのか?」
「ほほほ。その通り。知っての通りパンナの踊りは最早我々の集落では収まりきれない魅力を持っている。そして、パンナがこれほどまでに夢中になる男性も集落にはいないのだ。わしが見立てた限り、お主に夢中になる女性もそれほど多くはないはずなので、ちょうどいいかと思ってな。ほほほ」
非情に失礼な話しだが、実際事実なのであえて反論はしない。
パンナはヴィオレルの話しを聞きながらミレスピーの腕を強く握った。その力は強く、後で見ればパンナの手形がはっきりとついている事だろう。
「では、ジャンゴ。時間稼ぎを良くやってくれた」
ジャンゴはほっとした様子で後ろへと下がった。
「では、簡易で申し訳ないが、結婚式を始めよう」
ヴィオレルの前には机と、見慣れない祭壇が用意された。祭壇は太陽を象った彫刻を真ん中に、楽器を象った彫刻がその周りを彩っていた。恐らくフルジュームの人々の拝める神様を祀ったものだろう。
ヴィオレルは、懐から取り出した長細い木彫りの彫刻を右手に持ち、左手の手の平を自身の顔の横に持ってきた。
「祝福の女神ハーレの名において、ここにパンナ・ファルカシュとミミ???」
「ミレーミニ・レスピーチェだ」
「おおそうだ。ミミック・レズピーチの結婚式をとりおこなう」
きっとヴィオレルの中では永久にミミックなのだろう。何度でも言う。私は宝箱のおばけではない。
「パンナ・ファルカシュは互いを認め合い、ミミック・レズピーチと永遠の愛を誓いますか?」
「はい。誓います!!」
パンナは迷いのない力強い返事をした。それでも、緊張の為か、柄にもなくやや顔が強張っているようにも見える。
「他人というのは違うのが当然であり、全ては同意では動かない。違いを認め合って、初めて愛が生まれるというものだ。パンナ・ファルカシュ。お前はそれを理解出来るか?」
「はい!!自分を分かってもらうまで頑張ります!!」
人の考えを尊重する気はほとんどなさそうな返事だ。この自我の強さを補正するのは苦労するかもしれない。というよりも補正はほぼ不可能だろう。
自分の考え、思いを押し付けるのは真の愛ではないと言ったそばから、パンナがあのように答えたので、ヴィオレルはほとほと参った顔をして、パンナの両親をチラッと見た。両親は二人とも両拳を力一杯握りしめ、冷やさせで額を光らせていた。きっとこれ以上余計な事を言うと、破談になるかもしれないと思っているのだろう。
ヴィオレルもミレスピーの懐の深さに期待するしかないと思ったようで、ミレスピーの方を向いた。
「ミミック・レズポーチェ。お主はこのパンナ・ファルカシュという奔放な女性を受け入れ、愛を育み、永遠の想い人とする事に同意するか?」
ミレスピーが即座に答えず、ヴィオレルをじっとみたので、ヴィオレルは表情を変えないように努め、パンナの両親は目を瞑って両手を合わせた。先程のパンナの答えでミレスピーがパンナとの結婚を考え直したのではという疑念が三人の頭の中で渦を巻く。
この三人には、数時間のように感じたが、数秒後ようやくミレスピーが口を開いた。
「はい。私はパンナを妻とし、永遠の愛を誓います」
この台詞を聞いた瞬間、結界寸前のダムが何とか持ちこたえたような、そんな安堵感が周りを包んだ。
パンナの両親は涙眼でお互いを見つめ合い、ヴィオレルでさえ、大きく息を吸った後に、水を一口飲んで、ふうっと、大きく息を吐いた。
ミレスピーは周りが祝福しているというよりも、胸をなで下ろしている事に気付いてはいたが、ヴィオレルの言ったパンナの奔放な部分は全て受け入れるつもりなので、特に気にはならなかった。
それにパンナが感動のあまり、ミレスピーに抱きついてきたので、ここは男として周りの微妙な雰囲気を気付かせずに、二人の空間を作るべきだろう。
ミレスピーはヴィオレルに目配せし、楽隊の方に首をやった。微妙な空気をかき消すように音楽を要求したのだ。
ヴィオレルは楽隊に向かって腕を振り上げた。本当は新郎新婦とのやりとりはまだいくつかあるのだが、これ以上は無理だとヴィオレルも感じていたので渡りに船だと思ったのだろう。幸い楽隊はいつでもファンファーレを鳴らせるように待機していた。
ヴィオレルが腕を振り下ろした瞬間。ブラスとストリングスの混成楽団が、フルジュームに伝わる結婚の儀の曲を演奏し始めた。どこまでも陽気で、突き抜ける青空を連想させるその曲は、フルジュームの人々にもパンナにもお似合いの曲だ。きっとどんな困難もこの明るさで乗り切ってきたのだろう。そういう力強さもこの曲には感じる。
そして、その楽隊の中にカイティがいるあたりに、この族長の人心掌握術の凄さが垣間見える。終世のライバルが最後の最後に相見えないのは、これからの二人にとってあまりいい事ではないと判断したのだ。そして、両親もこの二人が何を話し、どう別れるのかを見たいはずだ。
そのカイティは演奏直前になって、森の中から姿を現し、しれっと演奏に加わった。
その時のパンナの呆然とした顔は、餌を川に落としてしまった犬のようだった。
太鼓はたった一人だけだが、堂々とした雄大なリズムを刻み、演奏に厚みを加えている。その太鼓にバイオリンとヴィオラの跳ねるようなメロディが乗り、底をテューバが締める。
ただ、終世のライバルカイティが若干羨ましいような、不満そうな顔をしているのを見て、パンナも胸がすいた事だろう。
心地の良い曲に合わせて、ミレスピーとパンナは手を繋ぎ、両親の前へとゆっくりと歩いた。二人で足を揃え、足に絡む草の感触を楽しみ、目と目を合わせる。自然と笑みがこぼれる。
二人が緊張でガチガチのパンナの両親の前に立つと、パンナが一歩前へと出た。そして、父親と母親の手の甲にキスをして、何かを話した。音楽でまったく聞こえないが、普段は絶対に言わない感謝の言葉を言ったのだろう。
母親はハンカチをくわえて号泣し、父親も目を瞑って頷いていた。しかし、父親の目からも涙がとつとつと流れ出ている。
どんなに苦労しても娘を嫁がせる時の親とはこういうものかと思うが、自分に当てはめると実感がわかないというのが実際の所だ。まあ、とは言え、仮に自分に娘が出来たとして、嫁がせる瞬間はきっとパンナの母親よりも号泣していそうな気もする。




