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歌旅  作者: 黒ツバメ
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愛情

 ジャンゴは仕事をやりきったというような安堵の表情をミレスピーに向けた。

 ミレスピーもありがとうの意味を込めた小さな頷きを返した。

 満足げな顔で、ジャンゴはパンナに視線を移すと、急に何か歯に物が挟まったような怪訝な表情をした。視線を上に向けたまま数秒間固まっているので、きっと何かを思い出しそうなのだろう。

 腑に落ちた表情を作ると、ジャンゴは慌てて肩掛け鞄のポケットをまさぐった。ポケットの中からは小さな麻袋が二つ出てきた。ジャンゴは、その二つの麻袋を思い出した事に安堵するようにパンナに渡した。

「何これ?」

 パンナは二つの麻袋をすっかり上空に鎮座した太陽に向けた。強烈な陽の光で少しだけ透けて見えたが、中身が何であるのかは分からなかった。短気を絵に描いたようなパンナは、分からないのが癪に障ったのか、ジャンゴを怒りの目で貫いた。

 危険を感じたジャンゴは、すぐさま両手の平をパンナに向け、少し待てとジェスチャーした。

「いいか。これはお前の両親から預かった物だ。信じないかもしれないが、ご両親は本当に心配な顔をしていた。そして、祈りながら寂しくなると散々言っていた」

 それを聞いたパンナの表情が曇る。下唇をぎゅっと噛み締め今にも泣き出しそうな表情になる。

 家族のありがたさ、温かさを今更ながら感じたのだろう。

「まず、少し黒みがかった方の袋を開けてくれ」 

 ジャンゴの言う通りに、パンナは少し黒みがかった麻袋を静かに開けた。

 中からは手帳サイズのパピルスが一枚出てきた。

 見れば、それは小さな字で埋め尽くされた手紙だった。

 パンナはと言えば、読む前から目が赤い。今、この瞬間、人生で最も親の気持を感じたのだ。目の熱さは引かないし、いまにも感情が暴発しそうだ。それを抑える為、八つ当たりのようにミレスピーに噛み付きたいくらいだ。

 目を袖で拭き、拳に力を漲らせたまま手を降ろしたパンナは、脳を落ち着かせようと一回深呼吸をした。すると、どういう訳か頭がすっきりして冷静さを取り戻せた。

 このすっきりした頭で、パンナはこの手紙が書かれた情景を想像してみた。自分の両親はああでもないこうでもないと言って村長を困らせたに違いない。

 パンナに思わず笑みがこぼれた。

 そのパンナの微笑みを見たミレスピーは、瞬間的にパンナを抱きしめたい衝動にかられた。何しろ今に至るまでこんなに柔らかく、聖母のような笑みをたたえる女性を見た事がなかったのだ。美しさとは内面から出てくるものなのだ。感謝という言葉を初めて素直に飲み込んだパンナだからこそ、こんな顔ができたのだろう。

 パンナの頭の中には、字の書けない両親が、とりもなおさず族長に頼みこんで、パンナに向けた言葉を手紙に書き付けさせる姿が浮かんだ。もしかするとスインダムが気を利かせて書いてくれたのかもしれない。

 そんな両親に感謝しつつ、パンナは手紙を読み始めた。目を凝らして読まないと、細字のようなこの手紙は読めない。

 しばらく手紙に集中していたが、パンナは読み進むにつれて目を潤ませ、とうとう手を口に当て嗚咽し始めた。

「おがぁさん・・・おだぅさん・・・ありがとう・・・・・・」

 最後まで読めたのかはミレスピーにも分からなかったが、パンナは手紙を大事に麻袋にしまった。

「じゃ、もう一つの茶色の麻袋を開けてくれ」

 パンナはジャンゴの言う通りに、茶色の麻袋を開けた。中からは予想もしない物がでてきた。

 それは、両親と兄妹の似顔絵だった。 

 パンナは、静かに笑みを散らしながら絵を眺めた。

 ミレスピーもその絵を見させてもらったが、パンナの特徴をうまく掴んでいて、いい似顔絵だった。きっと両親と兄妹もこの絵に似ているのだろう。

「似ているのか?」

「うん。お父さんもお母さんもお兄ちゃんも弟も、みんな似ているわ」

「パンナもそっくりだな」

「そう?実物の方が断然かわいいけど」これは本気で言っている。

「あ、ああ」

 同意の言葉を吐かされたミレスピーを哀れむような目で見つつ、ジャンゴは絵の説明を始めた。

「その絵は、たまたま今回の祭りに参加していたニコライエフさんに描いてもらったんだ。そういう意味でもパンナはラッキーだったな」

「ニコライエフさんとは?」

 ジャンゴは、ミレスピーにすごいんだぞと言わんばかりの目を向けた。

「ニコライエフさんは、他の集落の人だよ。絵が本当にうまくて、その噂を聞きつけたのだろうな。首都のデルメにあるギャラリーから買い付けの人が来て、色々と交渉した結果そのギャラリーのお抱え絵師になったんだ。だから普段はデルメを拠点に絵を描いている。今回はたまたま帰省していたので、族長がパンナの家族を描くように言ってくれたんだ。ニコライエフさんはパンナの踊りがすごく気に入っていたので、顔を完璧に記憶していて、すぐにその絵が完成したんだぜ」自分で描いた訳でもないのに、ジャンゴは得意そうに言う。

 指揮者が暗譜するときは、譜面の画像をそのまま脳に入れていくような作業をするという。ニコライエフはそれと同じような事を人の顔でできるのだろう。色々な人材がいるものだとミレスピーは感心した。

 パンナは穴が開く程、絵を食い入るように見ている。

「ニコライエフさんは、パンナの家族を揃えてからものの十分でその絵を描いたそうだ。やっぱり天才は違うね。因みに、著名入りなので、それを売ればイルステン金貨五十枚にはなるって言っていたぞ」

「ご、五十枚!!??」

 パンナは、その絵が余りに高価すぎたので、驚きを通り越して、持ち歩くのが少し怖くなった。だから、其の絵をすぐに麻袋にしまい、さっさとミレスピーに渡した。ミレスピーはすぐさま防水使用の背負い鞄を開け、決して折れないように慎重に麻袋をしまった。

「それを快く無償で描いてくれたんだ。次に集落に戻ったときは、ちゃんとお礼にニコライエフさんに踊りを披露するんだぞ」

 パンナは蒼白の表情でジャンゴの話を聞いていたが、なかなか次の言葉がでない。生唾を一回飲み込んで、大きく深呼吸をすると、ようやく喉に力が入った。

「正直、族長やお父さん、お母さんにここまでしてもらえるとは思っていなかったわ。さっさと厄介払いされて終わりだと思っていた・・・なんだか、私・・・」

 言葉を詰まらせ、申し訳なさそうな顔をしているパンナにジャンゴは満面の笑みを向けた。

「ま、それに気付いてくれればいいさ。じゃ、俺の役目はここまでかな」

 ジャンゴはそう言うと、ミレスピーに手を差し出した。仕事人のごつい手だった。

 ミレスピーはジャンゴと強い握手を交わした。

「たった一日だが、一生分の世話になった。パンナの御両親には、パンナをしっかりと預からせてもらう。そして、必ず踊りで羽ばたいてもらうと伝えてくれ」

「幸せにするとかはいいのか?」

「ふふ。そうだな。きちんと幸せにする事も約束する」

 ミレスピーは柄にも無く若干照れたが、表情は変えないように頑張った。

「良かったな。パンナからは何かあるか?」

 パンナは涙をハンカチで拭いながら、「お父さん、お母さんには、今まで本当にありがとう。わがままばかりでごめんなさい。そして、お兄ちゃんには、次に来るときまでには子供の顔を見せてと。弟には、もっと楽器を練習するようにと」

「分かった。ああ、そうだ、もう一人伝言があった」

 ジャンゴは意地の悪い笑いを浮かべた。

「カイティからだ。『地獄の果てまで行ってしまえ』だそうだ」

 パンナはその名前を聞いた瞬間身体をびくっとさせたが、ジャンゴに悪い笑みを返した。

「私は地獄の果てまで行くけど、そこで天国に行くまで頑張って。と言っておいて」

「くう。厳しいな。でも確かにカイティがどこかに行っちまったら族長頭かかえちまうぜ」

「私は出て行っても問題ないと?」

 鼻息荒くパンナがジャンゴに詰め寄ろうとしたので、ミレスピーはパンナを抱き寄せて自分の横に固定した。そして、パンナの目を見つめた。しばらく見つめ合うと、パンナもミレスピーの無言のメッセージを受け取ったようだ。

 パンナがそれでおとなしくなったので、ジャンゴは驚いて目を白黒させた。

 ミレスピーは冷静な顔をしつつも、内心は助かったと思っていた。カイティの名前が出た瞬間、もしかすると暴れて収集がつかなくなるのではないかとヒヤヒヤしていたのだ。

「ジャンゴ。色々ありがとう。本来なら集落に戻って挨拶なり、準備なりをするのがいいのだろうが、今回は戻ると色々な意味で混乱を招く。族長と御両親には感謝してもしきれない。では、私達はこの辺で・・・」

 ミレスピーが出発しようとすると、ジャンゴが急に慌てて、ミレスピーに待ったをかけた。

「あ、あと一つだけお願いしてもいいか?」

「うん?何だ?」

「ちょっとその貝を貸してくれないか」

 何に使うのかと首を傾げながらも、ミレスピーは首に下げているミヒカリコオロギ貝をジャンゴに渡した。

「ありがとう」

 ジャンゴはお礼を言うと、魔法をかけて声を大きくするその貝を最大音量にした。

「あー。テステス。本日は晴天なり。本日は晴天なり。えー。ホースキャラバン。ホースキャラバン。こちらジャンゴ。聞こえているかな?鳶が鷹を生んだ。鳶が鷹を生んだ。どうぞ」

 すると、どこからか馬の鳴き声が聞こえ、何匹もの馬がこちらに走ってくる音が聞こえた。

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