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歌旅  作者: 黒ツバメ
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ミレスピーとフィーシャ

 ずっと降っていた雨は先程上がった。幸い、楽器も背負い鞄の中の大切な文書達も雨に濡れることはなかった。

 私はバヌーンという地方都市を山一つ越え、キキヌンという寒村に向かっている。

 キキヌンはあまりにも都市と離れすぎている為、商人も来ない自給自足を絵に描いたような村だと聞いた。きっと人よりも鶏と山羊が多いのだろう。

 しかし、そんな村だからこそ興味をそそられる話しが眠っている可能性が高い。

 バヌーンから山を登ること六時間。ようやく頂上と思われる場所が見えて来た。バヌーンの酒場で聞いた話が本当ならキキヌンは間もなく見えてくるはずだ。

 上下に急な勾配の連続で悲鳴をあげた股を何回か叩き、私は自分の足に最後まで歩くように指令した。まあ、指令したところで言う事を聞く訳もないのだが、もしかすると、足が自由意志を持って歩いてくれるかもしれない。

「歩け!!俺の足!!」

 しばらく無駄に足を激励しながら泥の斜面を登り続けたが、無論足は私の意志でしか動いてくれない。

  気温の上昇もあいまって額をしたたる汗を手で拭いつつ、何となしに上を見上げてみる。太陽がいつもより意地悪そうにさんさんと輝いていた。その光に吸い込まれるように一羽の鳥が頂上に向かって飛んで行った。今度は私の手に向かって羽ばたけと命じてみた。足同様、自由意志で羽ばたいてはくれないようだ。

 結局、最後まで足は勝手に歩きもしないし、手に羽も生えてくれなかった。せっかく私が登ってやっているのだから、山も少しは手加減して登りやすくしてくれと言いたい。

 まあ、文句ばっかり言っているが、私とて登ったという達成感は感じる。しかし、楽に登れればその方がいいに決まっている。次にロームガンド大陸に行った時には、悪徳魔術師にして私の友人のブンデルンクに足が勝手に歩く魔法を開発してもらおうと思う。

 息もたえだえに楽器と荷物の重さに耐え、ようやく山の一番高いところに登りきると、そこから先は火口のように丸く窪んだ盆地が広がっていた。その盆地内には外側からは見えないように作られた集落が存在した。家の大半は私のいる北側の斜面に立てられていて、南側から日の光を取れるように工夫されている。

 今思えば、窪地に入る間際に何かの魔除けのように風化した人形が立てられていたので、それが村の入り口だったのだろう。

 石造りの村の建物を眺めながら坂を下ると、何かの動物の血の匂いが漂っている。そして私を奇異な者を見る目で追う村の人々は、決して近づかずに、私を遠巻きに見ている。村の中腹くらいの場所で山羊が道を横断して行くのを数分待ち、村の中心部へと向かう。

 すると、夢中で石遊びをしている子供達が十人ほど私の前に走って来た。

 遊んでいる子供達はどこへ行ってもかわいいものだ。

「あ、すみません。私は旅のジョングルールです。今夜一晩泊まれる場所を探しているのですが」

 私は快心の笑みで聞いたつもりだったが、村の子供達は蜘蛛の子を散らすように逃げていってしまった。それを見ていた山羊がヴェエヘヘヘと嬉しそうに鳴いたので、私は大人げないと思いつつも、山羊を睨みつけた。

「はははっ!!山羊に笑われるなんて、あんたすげえな。うひひ!!」

 後ろを見れば、腹がよじれる程面白かったのか、若い農夫が涙を流して笑いながら、納戸のようなところから出て来た。手にはべっとりと鶏の血が付いている。さっきの血の匂いはこれだろう。

「わ、笑われた訳ではない。たまたま面白そうに鳴いただけだ。だいたい山羊が人間の言葉を理解する訳ないだろう」

「うちの山羊は特別でな。人の言葉が解るんだ」

 まったくもって腹が立つ冗談だ。

「ふん!こんなふざけた村に立ち寄らなければよかった。おい、次の集落までどのくらいある?」

「まあまあ、客人。そんなに怒りなさんな。あんた見た所ジョングルールだろ?酒場で歌えば宿代くらいただにしてやるから、今夜は家に泊まっていきな」

 ただ!!しかもこの男は今鶏を絞めたばかり・・・ここは薄氷よりも薄い私のプライドを捨てる時だ。

「ふむ。そうか。酒場があるなら、歌でこの村の人々を楽しませてもいい。お前、名前は何と言う?」

「俺はフィーシャ。見たままこの村の農夫さ」

 まあ、そうだろう。薄汚れた服は、穴を塞いで違う色の布でつぎはぎに補修されている。いかにも薄そうな靴も泥だらけで、画鋲でも踏もうものなら床は血の海になるのは間違いない。しかし、顔は丸くなかなか愛嬌のある顔をしている。よそ者を排他的に扱う田舎の村の住人にしては珍しいタイプと言えるだろう。

「そうか。ではフィーシャ。今日の夜はよろしく。私はジョングルールのミレーミニ・レスピーチェと言う」

「はい?みれーぴー?何だって?」

「面倒なのでまとめてミレスピーと呼んでくれ」

「ふうん。じゃあ、そう呼ばせてもらうよ。で、ミレスピーさん。酒場の親父には言っておくから、しばらく家の中でゆっくりしていてくれ」

 断る理由もないので、私は彼の家に入れてもらい、着替えと楽器の手入れをすることにした。

「それにしても、不思議な恰好をしてるなあ。ま、ジョングルールなんてそんなものか」

 そう言いながらフィーシャは家を出て行った。

 ミレスピーは旅の者特有の少し浅黒い肌で、長く伸ばした黒い髪は後ろで一本に束ね、この辺りでは見かけない美しいワイン色のスタースピネルの入ったピアスをしている。顔は非情に中性的で遠目に見れば女性と言っても通じるかもしれない。その割に性格は楽天的且ついいかげんなので、女性にはもてない。

 年齢は自称二十五歳だが、実際はもっと若い。あまりに若いとバカにして交渉にならない事が多いので、そう言っている。身長は一八〇センチくらいあり、細身だが筋肉質な身体は、常に文句言わねばとても耐えられない厳しい旅をしている賜物だろう。服装は旅人のそれだが、世界各国で見つけた最も機能的だと思ったものを身に付けている。

 帽子はテンガロンハットで、一際高いクラウンに七色に輝く鳥の羽根が二本と、薄く光るアルストロメリアの花が一輪付けられ、ブリムは短めにカットされている。パンツはリルオーン高地でしか取れないという綿で作られた風通しのいい茶色に染められたボトムス。シャツは灼熱の台地に生えるカイカイという木の繊維で作られた物で、ワンポイントで肩から袖にかけてオレンジの線の入っている薄青のカプリシャツ。それに台地の妖精から送られた、黄色の生地に世界樹の花が刺繍されているスカーフを首に巻いている。靴はビスポークで歩きやすくつま先を丸く加工されてはいるが、かかと部分は若干細めに作られた物で、ペッカリー皮をなめした表面は丈夫で傷もほとんどない。アピアランスもばっちりと言っていいだろう。

 一つ言えるのは、恐らく誰が見てもミレスピーがどこの出身なのかはまったく分からないだろうという事だ。ジョングルールをしている人間は訳ありが多いので、どこの出身か?と聞かれる事はほぼないので、ミレスピーはそれでいいと思っている。


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