永遠のパートナー
パンナは単に集落の外に出たいからそう言っているのか、それとも本気で言っているのか?
ちっとももてたことのないミレスピーには計りかねた。
今までの経験を振り返ってみる。
女性に騙された事は数知れず。相手にされないなんて事は日常茶飯事。それに旅の芸人となれば世間の目は冷たい。こんな流れ者に興味を示した女性は記憶を辿ったところで一人も該当しない。
「その言葉に私が納得したとしてパンナを連れていっても、それがパンナの方便だとすれば、夜になれば後悔する事になるぞ」少し強めに言う。
「だから、あんたは絶対にそんなこと出来ないって。それに、そうなったらそうなったで〜」と言って、両手で顎を包むように手を添えると、顔を赤らめた。
逆にミレスピーの顔が引きつる。このようなやりとりなど自分の脳内のシュミレーターに組み込まれていない。灰色の脳細胞が汗をかく。
そんなミレスピーをパンナはじっと見つめる。次の一手を考えているのだろう。
この様子から見ても、どうやら自分の信念を曲げる気はさらさらなさそうだ。しかも、私の呼称がミレーミニさんから「あんた」に呼称が変わっている。完全に術中にはまっている。
反射的にミレスピーは何か言わないといけないと感じた。
「しかし、その為には私がその気にならなければいけない。そこは分かっているのか?」
「これだけの美人を前にして、その気がないとは言わさない!!」
パンナはミレスピーに人差し指を向けてそう言い放った。
すぐに言い返せない所に自分の限界を感じる。残念だが、これ以上何かを言っても堂々巡りになるだけだろう。それならば、物事を建設的に考えた方が良い。
パンナは自分で言う通り確かに美人ではある。それは認める。しかし、ここまで自信過剰だと困りものだ。それに私を立てる事も少しは学んでくれないと、街で歌うときやお偉方に会う時に困る。何よりパンナは少なくとも私よりも三歳は若いはずだ。
それを懸念とするとして、利点は何か?何より性格的に合いそうな事。そして、世界最強の踊りをいつでも見られる上、自分の曲の魅力を高めてくれることは間違いない。
ミレスピーはパンナの意志の強そうな目をじっと見た。パンナは微動だにせず見つめ返した。
お互いに頑固で意志が硬い。それが分かっていればいいパートナーだろう。
「分かった。そこまで言うのなら検討しよう。確かにパンナの踊りは私が見てきた中でも群を抜いている。これから世界を見て回ればきっと得る物も多い。そして、旅は道連れがいた方がいいに決まっている。ただし、私が族長とパンナの両親に話しを通して了承を貰ったらの話しだ。いいな」
「その目は信用出来ない。本当に私を必要としているの?」
少し上から目線過ぎた。
普段からあまり人に配慮していないツケだ。これでは私もパンナの事は言えない。そして、パンナも集落の決まりを破ってここに来てしまった以上、集落に戻りにくいのだろう。
音楽を通じて心の会話で人並み以上には通じているとは思うが、恋愛に発展するかというのはお互いの琴線の幅によるし、一緒にいて破綻してしまえば眼も当てられない。だからパンナもこちらにもっと誠意を求めているのだろう。
パンナもさすがに言っている事に無理があると思ったのか少し言い方を変えてきた。
「じゃあ、こうしましょう。私はあなたを世界一の音楽家にできるわ。だから今すぐ私を連れて行って」
おいおい何を言いだす?
何をどうしたら、私がそんな音楽家になれるのか一から説明してくれと言いたい。だいたい何をもって世界一と言うのか?まあ、踊りもそうだが、全世界の人々が認めたらそう言ってもいいというくらいのものだ。
あまりの宣言にミレスピーが何も言えず、思考停止に陥っていると、パンナが続きを話す。
「もちろん、いきなり世界一になんてなれないわ。だから私があなたをきちんと管理して、そこへもっていく手助けをするの。いい?生半可な気持じゃ駄目よ」
これでも最大限アシストをしたいと言っているのだろう。ただ、管理はごめんいただきたい。
私は世界一など目指していないし、自分の音楽が作れればそれでいい。何故そんなストイックな事をしなくてはいけないのか?
ミレスピーの頭の中はパンナが何故こんなことを言うのか混乱した。しかし本人はいたって真剣に語りかけてくる。きっと大真面目にそれこそが自分の貢献だと考えているのだろう。
それとも私の音楽が本当に世界一にふさわしいと考えているかだ。
「私の音楽を世界一にすることと、パンナの踊りの世界一を目指すのとはベクトルが完全に異なると思うのは私だけか?」
「いいえ。私はすでに世界一だから、あなたをそれに釣り合うようにするのよ!!」
この言い方はすごい。自分に対する揺るぎない自信。これは素直に羨ましい。ただ、若干最後の所で声が震えた事でパンナも何を言っているのか良く分かっていない事は分かった。
ミレスピーは口に笑みが浮かびそうになるのを必死にこらえながら、パンナという女性の魅力が少し分かった気がした。パンナは自分の言いたい事をうまく伝えるのが死ぬ程へたくそなのだ。だから誤解を招くし、敵も多くなる。でも、常に本気で物事にぶち当たるので、ヴィオレルのように少なからず助けてくれる人々も出て来るのだ。
そういう訳で、ミレスピーも、四の五の言わない事にした。パンナはこれで最大限気を使って私を説得しているつもりなのだ。しかも、信じられない事にどうにかして自分に付いて行こうと考えているのは、その真剣な表情から嫌という程伝わってくる。
ミレスピーも腹を固めた。
ただ、その無茶理論には、多少反論しておかなければならない。
「その世界一の踊りと私の音楽が釣り合うのは一生かかっても無理だろう。いや、私とて向上心が無い訳ではない。ただ、私にメリットがあるようには・・・」
「私と一緒にいられるだけで、世界一幸せでしょ!!」
色々な世界一もあったもので、ここまでくれば思い込み世界一だ。でも、そういう世界一はなかなか手に入れられない世界一だ。
結局笑みは隠せなかった。
「素晴らしい自信家だな。それくらいじゃないと、あの踊りはできないのだろうな」
若干嫌みを込めて言ったつもりだが、パンナは笑みを浮かべて「ようやく私を分かってくれたのね!!」と目をキラキラさせて言うではないか。
パンナの目は何処までも真っ直ぐで、ミレスピーの心にぐいぐいと食い込んで来る。その愛情と情熱を炉で混ぜたような熱いものを含んだ目線は、確実にミレスピーの心をも燃やした。
「ふむ。そうだな。色々と分かったよ」
できるかぎり嬉しいと思われる顔をパンナに向けた。
ミレスピーの表情を見てどう思ったのか、パンナも覚悟を決めたような表情を向ける。そして、ミレスピーの前に身体を寄せるように一歩進んだ。
パンナは顔と顔がくっつくかという距離に顔を持ってきた。パンナの暖かい息が顔に当たる。
「私ね、あなたの音楽で踊った時、最高に幸せだったの。だから、毎日でも一緒にいて、あの音楽で踊りたいの。あんな音楽創れる人はフルジュームの中にはいないわ。そして、あの曲が創れる人にならどこにでも付いて行けると思ったの。だから一緒に行ければ、幸せでも世界一よ」
面と向かってこれを言うのは相当勇気がいったことだろう。事実、パンナは若干肩で息をしながら、ミレスピーを睨むような目つきで見ている。
ここまで言われ、自分の心にもパンナへの愛情が湧いてきたとすれば、最早恰好つけて逃げやはぐらかしの言葉を使うべきではない。本気の言葉には言霊が宿る。パンナの言葉には確実に言霊が感じられた。私も言霊を込めた言葉を使った話しをパンナにしなければいけない。
ミレスピーも、顔がくっつきそうな距離でパンナをじっと見た。パンナはどうしていいか迷っているリスのように身体が震えている。ただ、ミレスピーの目から視線は離さなかった。言いたい事はすべて言ったので、あとはそちらで考えろと言っているようだ。
「一つだけ聞く。今までにあの集落から出たいと思った事はあるのか?」
パンナは「ないわ」と即答した。
風でパンナの後ろ髪が揺れる。前髪は、汗でおでこに張り付いている。ここまで必死に走って来た証拠だ。いつ来るかも分からないミレスピーを野獣に襲われる可能性を感じながらここで待っていた。そして、ミレスピーが来るまでに必死に付いて行く理由を考えていたのだろう。
パンナは本気で旅立つ覚悟を決めてここに来たのだ。
こんな風来坊と一緒に過ごしてくれる美女がいるという幸運は、きっと隕石に当たるくらいの確率だろう。この幸運を逃してはこの先の人生を棒に振るに等しい。
ミレスピーは、パンナのおでこに張り付いた髪を手で梳いてやった。くすぐったそうな顔をして、パンナはさらに近づいた。
「分かった。自分の音楽を理解してくれ、共に歩んで欲しいと言ってくれる貴重な人間を無下に扱うほど、私も馬鹿ではない。一緒に旅が出来るように、私からも族長に嘆願してみる。そして、これからは、生涯ずっと一緒だ」
「本当!?」
ミレスピーが言葉にこめた力強さを、パンナも感じて、その本気度がわかったようだ。瞬間、パンナは顔をくしゃくしゃにして涙を流した。そして、倒れ込むようにミレスピーに抱きついて、顔をシャツに押し付けた。両手は絶対に離さないとばかりにシャツをぎゅっと握りしめている。
ミレスピーはそっとパンナの肩を抱いてやった。
正直、自分にここまでの感情を抱いてくれるパンナの奇特さは半端ではないと思うが、それくらいでないと私と旅をするという発想にはならないだろう。
「さて、一旦村に引き返そう」
パンナは涙で真っ赤になった目でミレスピーの顔を見上げ、頷いた。
もう一度ミレスピーの胸に顔を埋めると、パンナはゆっくりと顔を上げ、ミレスピーの腕に細いしなやかな腕を絡ませた。
「じゃ、行こうか!!」元気に言う。
ミレスピーとパンナが道を戻ろうと振り返ると、いつの間にか若い男性がそこに立っていた。
褐色の肌と、黒い髪はフルジュームの特徴だ。青年は、多くの色で刺繍されたバンダナと機能的に少しだぼついたパンツ、そして、綿で織られた汗を吸い取りやすい半袖のシャツを着ている。体つきは熊のようで、筋肉質でいかにも力仕事を生業にしている感じがする。村からパンナを追いかけてきたに違いない。
パンナは涙を拭きながら、安定しない声でその男に話しかける。
「ひっく。ジャンゴ・・・どうしてここに?」
「そんなこと分かっているだろう?」




