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歌旅  作者: 黒ツバメ
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駆け落ち

 全てが片付け終わり、ミレスピーはついにこの地を離れる事にした。あまりに長くいると、情が移りすぎて、去り辛くなるのもある。

 ミレスピーは族長のいる幌馬車に顔を見せると、最後の挨拶をした。

「では、族長。祭りに参加させてくれてありがとう。改めて礼を言う」

「いやいや、礼には及ばん。みんながあれだけ楽しんだのだ。こちらが礼を言わねばいけないくらいだ」

「では、またここに来させてもらっても?」

「もちろん。あんたなら大歓迎だ。来年も是非来てくれ」

「近場を旅していれば、また来ると約束する。では、次の街に向けて出発したいと思う。水と食料の補充も感謝する」

「ほっほっほ。それくらいは何の問題も無い。では達者でな」

 ヴィオレルと硬い握手をすると、馬車の奥にウィスキーをグラスに入れて飲んでいるスインダムが目に入った。ようするに、あれだけ飲んだにも関わらず、飲み直しをしていたのだ。

 この二人は半ば呆れるほど酒に強い。スインダムがここに受け入れられたのは、きっとこの酒の強さ故だろう。

 ミレスピーは脱帽し、スインダムに礼をすると、スインダムは椅子に座ったままグラスを高くあげ、挨拶を返した。半分寝かかった目を必死に開け、半笑いをしているその表情は、非常に楽しそうだ

 これで、心置きなく出発できる。

 ミレスピーは、族長の馬車を出ると、昨夜歩いてきた山道を戻った。ほとんどの人々は自分のテントで眠りについている。彼らが目を覚まして呼び止められれば、旅に行く心が揺らぐ。少し寂しいが、これでいい。

 開けた草原から一本道の森の中へと入る。辺りは一気に静けさに包まれ、木の匂いが鼻へと流れ込む。族長の話しでは、次の街まで三日はかかりそうな気配だ。

 草原近くの道に新しく作られていた馬車の轍を踏みしめ、ミレスピーはひた歩いた。頭の中で、彼らの歴史と音楽を鳴らしながら、何か曲のヒントにならないかと探る。

 頭の隅にメロディが流れる。しかし、まだこれだ!という感じのメロディではない。この音像が固まるまで何度でもこの作業を繰り返すのだ。この脳内作業を経ないで創られた曲は何故かつまらない曲になってしまう。

 頭はすっきりしているような、ぼやけたような自分でもよく分からない状態だ。まったく寝ていないので疲労があるのだろう。しかし、そういう時こそ、インスピレーションが浮かぶというものだ。

 時折思いつくフレーズや歌詞を思い出せるように細かくメモしながら、ゆっくりと確かな足取りで山道を歩く。いつの間にか数時間が経ち、分かれ道の目印になっている大きな石の前にやってきた。

 この石には何か運命を感じる。

 ミレスピーは丸みを帯び、少し色白で、人の頭の形にも見えるこの石を触ってみた。感触は普通の石だが、かなり冷気を溜め込んでいたので、山道で火照った身体を冷やしてくれた。

 身体をクールダウンできたので、ミレスピーは水を一杯飲んだ。

「ふう。では行くか」

 ミレスピーがキキヌンから来たときの二股を今度は逆に行こうとすると、突然石の上から声が降ってきた。

「ちょっと、私に何の挨拶もなしに出て行くなんて酷くない?」

 この声は上を見上げなくても誰だかわかる。問題は彼女が何故こんなところにいて、自分を待ち伏せしていたかだ。

「何を言うか。挨拶しようと探したが、まったく見つからなかったから、挨拶しなかったまでだ」

 ミレスピーが見上げるよりも早く、パンナは石の上から身軽にジャンプすると、ミレスピーの前に着地した。服装は舞台衣装から、かなりカジュアルな旅人スタイルに変わっていた。

「ふふ。ま、確かに探しても私は見つからなかったけどね」

「何故こんなところで待ち伏せなど?」

「それは、世界一になる為にどうしたらいいのかを聞いた時に、このままあの集落にいては難しいと思ったからよ」

 パンナは偉そうに胸を張り、鼻の穴を広げてそうのたまった。

 確かに私はそうした方がいいと思う事を自分なりのアドバイスとしてパンナに贈った。しかし、まさかこの娘がこのような行動にでるとは予期していなかった。

「ま、パンナの気持は分かる。しかし、パンナがこのまま何も言わずに集落を出たら、私は人さらいになってしまうし、あの祭りには生涯参加できなくなってしまう。それに、あれだけ私を受け入れてくれた人々に対して申し訳がたたない。それは分かるよな?」

 分かりやすいくらいに頬を膨らませて、つま先で何度も地面を踏みならしながらパンナは両手を広げた。

「そんな事くらい分かっているわよ!!でも、あそこにいたのじゃ駄目なの!!私は他の世界が見られないし、あの中ではずっと一番でいられるけど、他の人に私の踊りは見てもらえないし、それに・・・あの中じゃ恋愛はぜったいに無理!!」

 パンナは心の底から必死に訴えている。それは分かる。しかし、世の中はそれほど甘いものではない。所属出来る集団があるのなら、そこで過ごしていた方が幸せな場合も多い。

 ミレスピーは右手で顎をさすりながら、パンナから目線を外した。

 これは確実に説得に窮するパターンだ。この年代の娘は盲目的に自分の目標に向かっていく時がある。他人が何を言おうと耳を全く貸さないのだ。

「恋愛はともかくとして、もしパンナが私に付いて行こうと思っているのなら、少なくともフルジュームの人々に筋を通さなくてはいけない。いいか、それほどまでに集落を出たいのなら、その気持をパンナの両親と族長にぶつけてこい。その了承なしに連れて行くことはできない。そして、こんな正体不明の男に付いて行けば、あらぬ事になっても誰も助けてはくれないぞ」

 パンナは顔を真っ赤にして、力の限り訴えた。

「そんなの絶対無理!!あの人達がそんな事を許す訳ないじゃない!!だからこうして手紙を残してここに来たのよ。それに・・・あんたは私に絶対そんなことしないわ」

 パンナの足が小刻みに震えている。こういう状況になると想定はしていたのだろうが、うまく立ち回れていないと感じているのだろう。

 ミレスピーもどう言葉を選べばいいのか必死に考える。

 それだけ信用して貰えるのは嬉しい限りだが、パンナは男というものを完全に誤解している。どれだけいい人に見えても、中身は狼なんてことはざらにある。しかも、旅のジョングルールなんて、単なる無法者の場合が大半だ。

「いいか。人を信用しすぎると、必ずどこかでしっぺ返しを食らう。特に男は信用するな。騙してパンナをいいように扱おうとする輩は巨万といる。それに外の世界はパンナが思っている程やさしい世界ではない」

 集落で生活するものは、外の世界の情報を外からやってくる人々に頼る。そして、絶対に見ることの叶わない外の世界を想像し、自らの都合のいいように解釈してしまう。きっとパンナもそんなところだろう。

「でも、でも・・・私は・・・私は単純にあなたと旅をしたいの」

 これには、さすがのミレスピーも表情が固まってしまった。

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