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歌旅  作者: 黒ツバメ
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音楽の価値

 ステージ上は弾ききったという顔をしたフルジュームの人々が、演奏時の熱気そのままにお疲れさまのハグをところかしこでしている。音楽が終わったにも関わらず、鼻歌を自分でそらんじて踊っている連中もいる。一様にまだ興奮しているのが分かる。

 パンナを中心に振り付けの談義も始まった。ミレスピーの元にも人が殺到して、お礼を言う者、スティックという楽器について質問してくるもの、作曲について論議してくる者。本当に多数の人々と話す機会に恵まれた。

 完全に太陽が昇り、辺りはすっかりと見晴らしがよくなった。早朝の冷たい風が顔をなでてくる。これが妙に気持いい。眠気など何処かへ行ってしまったまま帰って来ない。

 気を利かせて子供が冷たいビールを持ってきてくれた。汗をかいたあとのビールは信じられないくらい美味しかった。周りも無礼講とばかりに浴びるようにお酒を飲み始めた。演奏は真摯に行い、その後はそれを肴に酒で盛り上がるのだろう。楽器弾きとしては素晴らしい風習だ。

 ミレスピーはジョッキに残った僅かなビールを喉に流し込むと、ずっと気になっていた独特のギターの弾き方をギタリスト達に聞きにいった。彼らは快く弦の押さえ方やリズムについて語ってくれた。今まで常識としていた演奏とは違った目から鱗の解釈が多く聞け、実にためになった。さんざんギター論議をしたあと、コントラバスやテューバ奏者と低音談義をした。

 低音パートの人間は、メインのメロディを支える場合がほとんどで、目立つようで目立たない。そこで、メロディを壊さないように、どうやって目立つのかを日々考えている。ミレスピーはタッピングで速いフレーズも弾けるので、おかずも入れやすいが、チューバになるとそうもいかない。そこで地味でも目立つラインについて皆で意見を出し合った。

 終わりの無い議論は熱を帯び、皆がムキになって意見を羅列した。これほど面白い議論はない。何と言っても低音パートの人々は奥ゆかしいので、自己主張をしてこのような話しをすること自体が非情に稀なのだ。

 メインパートを弾いている人々からけったいな目で見られながらも、話しは延々と続いた。その間にミレスピーはビールを四杯もおかわりしてしまった。

 日も完全に登り、気温も高くなってきた。ヴィオレルの号令でさすがにお開きの時間になった。

 フルジュームの人々は半ば呆れるほどに音楽を愛している事がよく分かった。

「また、ここに来てくれ。俺達は全員あなたを歓迎する」

 テューバ奏者に熱い言葉をいただき、この場を締めることになった。

 ここからは全員で大掃除とステージの解体だ。ステージ責任者と見られるギター奏者のかけ声が響くと、皆で一斉に片付けが始まった。 

 ミレスピーはこの恰好のまま作業をする訳にもいかないので、一旦着替えに楽屋へと戻った。

 すっかり汗でべとべとになったインナーを脱ぎ、おしぼりで身体を拭いていると、パンナがテントに入ってきた。

「ぎゃっ!!」

「お前は本当に間の悪い奴だな」

「少しは隠しなさいよ!!」

「別に見られて困るものは何もない」

「・・・・・・・・・」

 パンナはテントの入り口の方を向きながら、少しもじもじしていたが、少しミレスピーの方を見るように身体を柱に傾けた。

「今日はありがとう。こんなに楽しく踊れたのは初めてよ」

「いや、礼には及ばん。あれほどの踊りを見させてもらったこちらが礼を言わなければならない」

「私の踊りどうだった?」

「やはり世界でもトップクラスだと感じた。もう少し演奏者をリスペクトすべきだとは思うが」

「うふふふふふふ。本当?」

「私は世辞を言わん」

 パンナはミレスピーに褒められて、余程嬉しかったのであろう。文字通り飛び跳ねて小躍りした。そして、「ぐぉ」という蛙を潰したようなうめきをあげた。見れば、パンナはテントの柱に頭をぶつけて踞いていた。

「おいおい。最後の最後で怪我だけはしないでくれよ」

「だ、大丈夫よ!!それよりも、どうすれば本当に世界一になれると思う?」

「ふむ。今持っている技術をさらに磨くことと、できれば他の踊り手の踊りも見る事だな。あと、色々な音楽を聞くこと。そして、世の中の事を知る事。最後の最後は本人の内面にもかかってくるからな。それに付随して言うと、恋愛もしておいた方がいい。パ・ド・ドゥを踊っていた男女の踊りは格別だったろう?」 

 パンナは何か難しい哲学の難題に取り組んでいるかのような顔をすると、振り返り、ミレスピーを見上げるように見た。ミレスピーはちょうどパンツを履き替えていたところだったので、パンナは慌てて視線を反対に逸らした。

「ふーん。そう・・・ありがと!!じゃあ、私のやる事は決まったわ!!」

「そうか?まあ、次に会う時は、さらにすごい踊りを見せてくれ」

「うふふ。そうねー」

 そう言うと、パンナは脱兎のごとくテントを出て行ってしまった。

 あっけにとられたミレスピーではあるが、パンナがやる気になったようなので、良しとする事にした。

 私服に着替え終わり、ミレスピーは傍らに置いたスティックを手元に持って来た。楽器はやはりメンテナンスが命だ。演奏に使った楽器は丁寧に拭いて、弦を緩めるなり、楽器の持ち主が日々感じているベストの状態に近くする為の最低限の手入れをしなければいけない。しかも、今日はさんざん弾いたので、ブリッジとペグも少し見ておいた方がいいだろう。何しろ、ミレスピーの愛機は世界でも例を見ないくらいに数が少ないのだ。慎重すぎるくらいに調整するのは当然とも言える。

 ボディを丁寧に拭き、弦の調子を確認し、他の部分の確認をすると、ミレスピーは梱包を始めた。突然の雨で濡れては敵わないので、水を弾く布で丁寧に包む。そして、特製のケースに入れた。

「ふう。今日一日ありがとうな」

 スティックにお礼を言うと、自分の荷物の脇に置いた。心なしかステッィクも仕事をしたという安堵感に包まれているように見える。

 テントの外に出ると、全員が総出でステージをバラし始めていた。

「私は何をすればいい?」

 ミレスピーはステージ脇に立っていたヴィオレルに聞くと、「あれを手伝ってくれ」とヴィオレルが指を指した先には、あの立派な旗が見えた。

 どうやらフルジュームの旗を畳むのを手伝って欲しいと言ってくれたようだ。この村落の心をしまう手伝いをさせてくれるとは、ヴィオレルもなかなか粋な事をする。お前は、ここの一員だよという無言の意思表示だ。

「ありがとう」

 ミレスピーはヴィオレルに頭を下げると、今まさに降ろされようとしているステージの後ろに張られた旗のところに歩いた。

 すでに大勢の人が旗の周りに集まり、旗を巻こうと待ち構えていた。

 ミレスピーがゆっくりと降ろされてくる旗を見ると、真ん中の鷲の他にも旗の白い部分に白い糸で細かい刺繍が所々になされていた。きっとヴィオレルはこれも見せたかったのだろう。

 民族の誇りと歴史がここには刻まれている。恐らく口伝の歴史をここに刺繍しているのだ。白い一大絵巻は、まもなくしまわれてしまうが、少し見ただけでも精霊の時代に遡ってしまう程の歴史を感じた。

 旗の刺繍のほとんどは模様ではなく、絵画のような絵だった。これならそれぞれの時代に何があって、今に繋がっているのかがよく分かる。この祭りはもちろん多くの仲間が集まって楽しむという要素もあるが、こうしてこの旗を掲げることで、自分達の歴史を子供達に感じてもらう事も兼ねているのだ。

 そして、こんな通りすがりの私にもそれを見せてくれるとは、本当に心の広い人々だと言える。

「これすごいだろう?何と言ってもまだまだ完成していないからな。きっと数年後にはお前さんもここに縫い止められているぜ」

 さっきまでクラリネットを拭いていた禿頭のおじさんが、ちょうど手元に降りてきた旗の端を持ちながら、私に向かって話しかける。

「いや、それは恐れ多い。たった一日滞在しただけであなた方の歴史の一部に記されるのはまずいのではないか?」

「あはは。そんなに気にしなくていいぜ。何て言ったって、刺繍はまだ数百年分の出来事が残っている。あんたに辿り着くまでにはさらに数十年はかかる。あんたが毎回来てくれれば、その頃にはあんたも立派なフルジュームの一員さ」

 この時間感覚と暖かさは何だろう?ミレスピーは目頭が熱くなった。そして、黙って頷くことで、震える声を出さないように努めた。

 旗にはフルジュームがどこから来て、どう移動してきたかの歴史と、その時代時代を代表する歌手、演奏者、踊り手。歴代の族長などが細かく縫われている。驚いたことに、絵の下部にはその名前もイルステン文字で刻まれている。誰かがイルステン文字を習得し、次々と書き込んだのだろう。名前は比較的浅い年月(それでもここ百年くらいだろう)に縫われたように見えるが、これだけ膨大な名前を口伝で伝承してきた事に驚きを禁じ得ない。まだ数百年残っているとの事だが、旗の半分の面積も縫われていないので、この作業はまだまだ数千年の時を経て繰り返されるのだろう。

 縦横を交互に折っていくと、正方形に一メートル四方に畳まれた。次に来る時には、また違う歴史がここに縫い込まれているはずだ。後で族長に歴史を大まかに教えてもらうことにしよう。

 旗を畳み終えたと同時に、どこからか一人の若者が走ってきた。彼は見知らぬ石とも金属とも見える黒い箱を持っていた。ミレスピーは好奇心で箱に触ってみたが、冷たい感触だけで、結局は何でできているのかは分からなかった。旗は丁寧にその箱の中にしまわれた。

「この箱は、決して壊せないし、燃えないし、湿気も平気だ。遥か昔にどこかの大陸から伝わってきたという話しだ」

 自慢げに隣のクラリネット奏者が教えてくれた。

 遥か昔に作られたにも関わらず、今では作り方も分からない技術というものは、意外にも多く存在する。あまりに危険な技術になると、その秘密を守る為に一族で身を隠したりする事だってままあることだ。

「客人はここまで手伝ってくれれば大丈夫だ。あとは休んでいてくれ」

 いつの間にか隣にいたヴィオレルが、ミレスピーにテントを指さしながら言った。

「ふむ。そうしたいが、私も時間がない。今の旗について少し伺ってもいいか?」

 ミレスピーの質問にヴィオレルは満面の笑みで答えた。

 ステージを見下ろせる位置にある石に腰掛け、片付けを見ながら、ミレスピーはヴィオレルからフルジュームの歴史について講義を受けた。ちゃっかりスインダムもその話しを後ろで聞いている。

 悲劇とも言える民族移動の話し。そんな悲しみを音楽と踊りを楽しむ事で忘れようとしたのか、単純に生来それを楽しむようにできているのかは分からないが、移動の最中に多くの踊りと音楽が作られ、それが伝統となり、今に引き継がれているとの事だった。

 その物語は、違う大陸の本当に遠い国から始まる一大叙事詩だった。この話しを曲にするのは骨の折れる作業になりそうだが、次にここに来る時には全員で弾ける曲として、絶対に完成させようと心に誓った。

「では、その曲を楽しみしている。そうそう。今日の曲の楽譜の書かれた羊皮紙をここに置いて行ってもらえないか?いつでも演奏できるようにな」

「もちろんです。ここでの経験はこの羊皮紙の何倍もの価値がありました。是非使って下さい」

 ミレスピーは族長の取り巻きから羊皮紙を受け取ると、テントで各パートの楽譜をまとめた。譜面に間違いがないかを確認し、族長の馬車へと赴く。

 すっかりくつろいでいたヴィオレルに譜面を書いた羊皮紙を渡した。

 ミレスピーの手は少し震えていたが、それには訳があった。

 恥ずかしながら、自分の曲を楽譜にしてまで欲しいと言われたのは、これが初めてだった。あまりに他の人間と違う曲を作っていたからか、今までまったく見向きもされなかったのだ。新しい音楽を作ると言っても、やはり受け入れてくれる人々がいなければ、作ってもそれほど意味はない。こうして少しでも受け入れてくれた人々に感謝しなければならない。

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