全員演奏
それにしても、先程までの歌と演奏の一体感は、初めて合わせたとは思えない程の出来映えだった。これをすまし顔でクラシックを弾いている奴らに聞かせてやりたいと強く思った。念のために言っておくと、私はクラシックを嫌ってはいない。演奏者の高飛車な感じが気に入らないだけだ。
そして、この数百人の中でたった二人だけが、この音楽をトータルで聞いている。もちろん族長のヴィオレルとキキヌン村長のスインダムだ。二人は共にこの圧巻の音楽に涙せずにはいられなかった。
今まで肌で感じてきた音楽は尊重するし、それはこれからも変わらない。しかしながら、このような集団音楽は初めて聞く上、その音楽は非情に攻撃的で野心的で、音が重厚になるにつれて心躍るようだとヴィオレルは感じた。そして、ミレスピーのやりたいようにやらせて本当に良かったと、自分の判断の良さを少しだけ誇りに思ったのだった。
スインダムが数年前に学長を務めていた大学には芸術学部が置かれていた。絵画、彫刻、文芸など様々な学科があるが、もちろん音楽学科も設置されていた。その音楽学科の集大成ともいうべきフルオーケストラの卒業演奏を、スインダムは大学構内の音楽ホールで毎年聞いていたが、その形式とはかけ離れ、まったく聞いた事も無い未知の音楽に酔いしれていた。もちろん、連綿と受け継がれている楽器の演奏を極め、今までに作られた曲を作曲者の解釈に近い形で演奏する事は重要だ。しかし、そこよりも先に行くには、このような突拍子もない事をしなければならないのかもしれないとも思った。
すると、待ちきれないとばかりにギターが入ってきた。ギターも聞き慣れた和音のカッティングとソロパートが混じっていて、聴き応えがある。一人一人がまたうまいので、全員で代わる代わるソロを回すのだろう。全員の表情を見るに、普段は弾き語りのようにモノフォニーで弾いているのだが、ポリフォニーの面白さに気付いたに違いない。
低音を支えるコントラバスとテューバもミレスピーのスティックと共に普段よりもうねうねと動いたメロディを弾いている。
低音パートは基本的には音楽の底を支えるもので、必要以上に弾かないのだが、ミレスピーがあまりに勝手におかずを沢山いれるので、低音パートの楽器も恐る恐るだが、ちょっとずつ音を入れ始めたのだ。
そうすると、他の楽器が低音を立てて、音数を少なくしてくれるのだから面白い。
ボーカルが入れば、皆それに合わせて音数を減らして曲を演奏するのも、マナーがなっていて良い。
音楽は生き物だ。全員が違う方向を向いているとつまらないが、全員が同じ方向を向いて楽しんだ時には、期待以上の物が出来上がる。
こうして今は全員がトランペットの吹くメロディに合わせて、好きなように弾いている。
ひとしきり演奏家が楽しんだあとの主役は踊り手だ。ステージの一番前の広いスペースは踊り手達のものになった。
ステージ横に待機していた踊り手達がステージへとなだれ込む。
まずはパンナがソロで踊る。ひとしきり踊ると、他の踊り手達が入って来た。踊りはさほど難しくはないが、全員が一糸乱れぬ踊りを披露するので、ステージを見ているヴィオレルとスインダムはさぞかし面白い踊りが見られている事だろう。
踊り手はパンナよりも若い娘から、かなりの年配の女性まで三十人はいる。数人は男性だ。男性のダンサーは力強い踊りで、女性達の踊りを一層華やいで見させてくれる。
全員の繰り出す独特のステップとリズムは、このフルジュームの文化そのものだ。
生まれてからずっと踊りの中で生きてきたのだろう。全員に踊りがしみ込んでいる。女性はスカートを持ちながら腰を振り、不思議なタイミングでジャンプしながら手拍子を打つ。片足でジャンプしながら一回転するタイミングまで全員同じだ。
しばらくすると、男性も髪の毛を振り乱して、女性とパ・ド・ドゥ(ペアで踊ること)を始めた。
男女で踊るとさらに情熱度が上がる。恋人同士なのか、いつも一緒に踊っているのかは分からないが、身体を密着させ、顔を近づけ、見つめ合う。
そんな踊りを五組の男女が踊る。子供はちょっと恥ずかしそうにそれを見ながら踊っている。
パンナは一人でその五組の男女の真ん中に入り、ソロで踊り始めた。
パンナも誰かと組めばとは思ったが、意中の人間は他にいるのかもしれない。
曲が終盤に差し掛かると、男女のペアは解散し、皆で一緒の踊りを踊り始めた。
それにしても、パンナの一つ一つの動作と切れは別次元だ。同じ物を踊っているのにこのような差がでるのは何故なのかはよく分からないが、これが天性の踊り手の持つ能力というか、才能というものなのだろう。
私が書いている手記にも大げさではなくパンナを天才として記しておこう。
ああ、そうだ。今更ではあるが、解説しておこう。この曲は壮大なジャングルを移動している時に思いついた曲だ。動物達はどこまでも自由に動き回り、自然はどこまでも雄大で意地悪だった。その様子をアップテンポの曲で表現する。普通の人はスローテンポで作るはずだ。そこがへそ曲がりの私が作る曲たるところだと理解してもらいたい。
一周十分程の曲だが、すでに二周目に突入した。最早遠慮はいらないとばかりに皆が自由に弾いている。
音楽とは誰かに聞かせるものでもあるが、弾き手が楽しむものでもある。特に何の制約も無く楽しめるとあらば、楽しんだ者勝ちだ。
子供達も今までで一番楽しいイベントを経験しているとばかりにステージで走り回るようになった。親のところに行って、一緒に楽器を弾いたり、興味のある楽器の演奏者の所で教えてもらったりもしている。歌手と一緒に歌っている子供いる。
演奏はそれぞれの楽しみ方があっていい。
音楽とは自由なもので、決して規則に縛られているものではないのだ。
真っ暗闇の夜からスタートしたお祭りも、空がほの明るくなる時間に突入した。すでに曲は四周目に入った。さすがのフルジュームの人々にも疲れの色が見え始めた。この辺が潮時だろう。
ミレスピーは最終フレーズの少し前になるとステージの中央に立った。そして、全員を整列するように促した。
ステージには全員が並んで、ミレスピーの方を見る。
最終フレーズがやってくる。一瞬で終わらせるのも興が冷めるので、最後の一音を皆で出来るだけ長く弾いてもらい、演奏を締めた。
ミレスピーは弾き語りの曲をここまで壮大な作品に仕立て上げてくれた演奏家と歌手、踊り手に深々と一礼した後、この祭りに参加させてくれた、どこまでも心の広いヴィオレル族長の方に向き直り、さらに深い礼をした。
ヴィオレルとスインダムは立ち上がって拍手で応えてくれた。
ミレスピーは歌手からミヒカリコオロギ貝を受け取ると、口に当てた。
「ヴィオレル族長。この夢のような機会を与えてくれたことを感謝したい。この経験を次の曲に生かし、後世の為に作曲することを誓う」
そして、ミレスピーは演奏家と踊り手の方に振り返った。
「ここにいる全員に感謝したい。私の無理な願いをここまで完璧にやり遂げてくれた事に非情に感動している。機会があればまた一緒に演奏させて欲しい。今日は本当にありがとう」
全員から割れんばかりの拍手と声援が送られた。
ミレスピーはこれだけ歓迎されたことも、曲を評価されたこともなかったので、恥ずかしさと共に、清々しい気分にもなった。
音楽家として最高の栄誉は、曲を聴いた人々から賛辞を贈られる事だ。
自分の続けていた事に一筋の光明が指した感じがする。これをどう消化していくのかがこれからの自分の課題であることは間違いない。




