大演奏会
フルジュームの人々が無秩序に我先にと上がってくるので、少し誘導しなければまずい状況になった。
ミレスピーは、胸のミヒカリコオロギ貝で声を大きくして、全員に呼びかけた。
「楽器の人はステージ後方に!!上手がストリングス系で下手がブラス系だ!!打楽器は真ん中に集まってくれ!!」
ミレスピーの指示に従って、人間でごった返したステージ上で大移動が始まった。ハイタッチをしながら陽気に移動するので、全員が持ち場へと付くのには若干時間がかかりそうだ。
パンナは水を飲みながらその光景をぽかんと見つめていた。その横ではミレスピーが声を張って指示を出している。
「ようし!!楽器の編成はこれでいい!!踊り手と歌い手は前に列を組んで!!」
楽器の前に歌手が集まり、最前列に踊り手が並んだ。
「では、予め渡していた楽譜通りに弾いてくれ!!音符の分からない者はいるか?」
ちょぼちょぼと手が挙がったので、羊皮紙にコード譜を書き込む。そして、ミレスピーは曲の進行をわかりやすく伝えた。
パンナは背中がぞっくとするような興奮を覚えた。頭では理解していても、いざ目の前にこれだけの人が全員で音楽を演奏するなんて実感が沸かないのだ。だいたい部族毎に曲を披露して終わりになるのが通常だ。それを越えて全員で演奏するなんて考えは今までこれっぽっちも浮かばなかった。
このミレーミニという男はなかなかの奴だとパンナは感心した。
必死に指示を出しているミレスピーを見て、パンナはさっきは少し意地悪をしすぎたかもしれないとほんの一ミリ程思ったが、反省はしなかった。
ステージ上は、男も女も老人も子供もこれから起こる演奏に期待を膨らませている。興奮しすぎて鼻血が出てしまった子供もいた。大人は楽器を念入りに調整し、歌い手は歌詞を確認している。踊り手はどんな曲がきてもいいように、念入りに準備運動をしている。
ようするに最後は誰かに魅せるのではなく、全員で楽しみ倒して終わるという事だ。本来祭りとはそうであるべきなのかもしれない。全員が主役になれる事など滅多にあるのもではない。
ミレスピーが全パートの楽器の弾き手にメロディと展開を確認し終わると、打楽器奏者にリズムの確認をしに行った。
カイティはいの一番にミレスピーの前に来ると、ああだこうだ聞いてきた。説明に納得すると、太鼓で細かいリズムを刻み始めた。さっきの三十二ビートにそうとう感銘を受けたようだ。そして、パンナに負けてはいられないという意地もある。
そこで、ミレスピーはカイティにバスドラムもお願いした。リズムパートの低音部分を任せると、カイティは気合いが入ったのか、涙眼で「ありがとうございます」とミレスピーに言って両手をぎゅっと握ってきた。
「私のバスパートは君のリズムキープにかかっているからな。頑張ってくれ」
「はい!!」
カイティははじける笑顔で返事をした。
その様子を向こうでパンナが、世の中の不満が全て集まったかのような顔でミレスピーを見ている。少しは人を立てるということを覚えて欲しいものだ。
今度は歌い手を集めて、歌メロを確認した。基本的に男も女も歌がうまい。
楽器のパートと歌い手がそれぞれ自分のパートを確認しているあいだに、踊りの確認だ。全員がパンナのように踊れるわけではない。なので、子供でも楽しんで踊れるようにパンナに振り付けを即興で作ってもらった。かなりアップテンポな曲なので、なるべく単純な踊りをお願いした。
子供もパンナの踊りに合わせて一生懸命練習し始めた。
「族長。では、そろそろ本番に」
「うむ。存分に楽しんでくれ」
「一人だけこの全貌が見られるとは羨ましいかぎりです」
「それが族長権限というものだ」満足そうに言う。
「そうですね」
ミレスピーは笑って、ステージを振り返った。そこは人で溢れ返り、内在したパワーは水が一杯になってはち切れんばかりのダムのようだ。
ステージの丁度中央に進むと、ミレスピーは全員が見える位置に立った。
「ようし!!準備はいいか?」
「おお〜〜〜!!!!」
耳をつんざくとはこういう音量の事を言うのだろう。ありったけの爆薬を鳴らしたような音量だ。
指揮者が音頭をとるやり方はフルジュームの人々には合わない。何故なら阿吽の呼吸で皆が、音楽を感じているからだ。私の役割は音楽を始める合図をする事だけ。
「最後の曲だ!!力の限り演奏してくれ!!」
ミレスピーは振り上げた右手を降ろすと、曲がスタートした。そして、すぐさま演奏家の中へと入っていった。
ブラスのパートから始まる予定だったが、ストリングスも曲頭から弾き始めたので、細かい事は言わず、各パートを存分に弾いて楽しんでもらう事にした。
世界中を放浪しながら色々な音楽を聞いてきたが、これほどの音圧で圧倒される音楽を聞いたのは初めてだ。魔法で音量を大きくする貝も使っていないのに、これほどまでの迫力を出せるのは恐れ入る。
しかも、弦楽器と管楽器を組み合わせると、バランスをとるのが難しい。だからこそ普通は指揮者という者がいるのだが、これほど大きな音にも関わらず、彼らはバランスなど耳で聞きながら簡単に調整してしまう。打楽器も十人程いるにも関わらず誰が邪魔する訳でなく、適度に音の穴を埋めながら叩いてくれている。しかも、時折裏を入れ、音楽がグルーヴィーだ。
ミレスピーは弾きながら自分の作った曲ではない別の曲のように聞こえた。自分だけで弾いているのとは全く違う。もちろんパート毎に違うフレーズを弾いているのもあるが、この音圧を浴びるとどうにも一人で弾く曲が物足りなく感じてしまう。弾き語りはそれで素晴らしい面は沢山ある。あるが、多人数の演奏によって曲がこれほどまでに変質するのかと、ひたすらに感動を覚えた。
音楽というものは、同じメロディでも人の手が加われば、その個性をどんどん変えて行く。ミレスピーはこれから構築していく自分の音楽の考え方を、このセッションで改める事になった。
ようするに、音楽というエナジーを人に還元するには、いい曲を作るという事ももちろん大事だが、大人数による演奏でのパッションを出す事を考え抜いた曲を作る事も重要だと気付いたのだ。
今までは個人で完結していたが、そういう曲以外にも多人数の曲をこれから作っていこうとミレスピーは心に決めた。
そこへ予め決めていたタイミングで歌が入ってきた。これまでは多人数で歌う曲といえば、オペラや教会の歌ばかり聞いてきたが、これはまったく別物だ。何が凄いと言うのは言葉ではなかなか言い表せないが、音程の違う歌を幾重にも重ねて、これだけアップテンポの曲を歌うと、声も完全に楽器の一部だ。太鼓のグルーヴといい絡みを見せ、何か違うジャンルの音楽が誕生する瞬間に立ち会ったような気分になった。
そして、当初の予定通りに歌が一番うまいとされる女性が、ミレスピーのミヒカリコオロギ貝を手に持って、真ん中に立った。
周りの歌い手は彼女の歌うメロディの補助にまわる。
「濃緑の森 たゆたう虫に誘われ 草をかき分け 最奥目指し 進み入る」
族長に向かってニコッと笑うと次の歌詞に移る。
「大いなる太陽は 光と温もりを与えん 其がなくとも ここは常熱の世界」
オペラ歌手のような声量と叙情感たっぷりの声で歌い上げる歌は、自分が歌うよりも曲に合っている感じすらした。世の中は広いでは済まされない。ミレスピーは激しい嫉妬を覚えたが、これもこのような大演奏会をして初めて分かった事だ。いい経験と思うしかない。演奏が終わったら名前を聞いておこう。これはすごい歌手もいたものだ。
明日から、いや、今すぐにでも更なる歌唱力向上を計る事をミレスピーは心に決めたのだった。




