最速の演奏と踊り
水差しの水を飲んで一息入れていると、パンナが、声を大きくする為に首に付けているミヒカリコオロギ貝に口を近づけ観客を煽った。
「みんな〜!!楽しんでる〜?」
「おおー!!」と声援とも怒号ともつかない返事が数百人から返って来る。
「今回曲を弾いてくれているのは、旅のジョングルールのミレーミニ・レスピーチェよ!!」
とたんに声援が小さくなる。おそらく名前が覚えられなかったのだろう。いっそのことミレスピーに改名しようかと思う。
「彼は世界中を旅して、自分の音楽を作っているの!!私達の音楽にはないメロディを楽しんでね!!」
「うおおお!!!」
今度は巨大な声の塊が返ってきた。
パンナはペンダントから顔を離すと、「じゃ、次の曲お願いね!!」と言いながら、ステージの中央へと駆けて行った。そして、腰の革袋に入った水をぐびっと飲むと、左足を4の字にし、右足をまっすぐにして立ち、右手で顔を隠し、左手を右手の肘にあてがった。
まったく。こいつの体力は底なしか?まさか・・・私が老けて体力が落ちたとか?いやいや、それはない。いつもは二時間とか三時間普通にライブをしているし、ずっときつい旅を続けている。この空間とパンナのわがままが私を疲れさせているのだ。そうに違いない。
私が心の葛藤をしていると、パンナが早く演奏しろと睨みつけてきた。
まったく、何回睨めば気が済むのか・・・分かりましたよ。やりますよ。
ミレスピーは大きく一回深呼吸をした。そうすることで気持を切り替える。そして、ポケットからピックを取り出し、右手の親指と人差し指の間にセットした。
ふふふ。山で雪崩に遭遇した時の恐怖を書いた曲。これが恐怖の三十二ビートだ!!俺を舐めるな!!
ミレスピーはピックを使って限界まで早いフレーズを弾いた。これにメロディを付けるのは正直厳しいが、プロの演奏家として、曲にならない曲は弾いてはいけない。
だから、気合いで弾き倒す!!
ミレスピーは必死で弾いた。自分の作った曲の中で最も早い曲だ。そして、人間の動きには限界があるはずだ。だからこそ、ミレスピーは目を疑わずにはいられなかった。
パンナは踊りを破綻させずに、超高速フレーズに付いてきていた。足さばきも手さばきも完璧に音に合わせている。当然観客は、パンナの常人では叶わないこの踊りに狂喜している。
かく言う私も鳥肌が立った。
咆哮がステージ中に響き、曲の一部になったようだ。これが客と弾き手の一体感というものだろう。私が求めてやまない音楽の深淵の一部だ。
高速フレーズが終わり、エイトビートのパートに入る。完璧に踊りきったパンナはこれ以上無いドヤ顔で私を見た。
さすがに笑顔を返すしかない。脱帽だ。パンナの踊りはすでに世界一かもしれない。いや、これを踊りきれるのはパンナしかいないだろう。
曲は雪山の静けさと、凍り付くような寒さを表現するパートへと入る。どちらかと言うと高音がメインのフレーズなので、ギター弾きになった気分で弾く。
バス弾きはギター弾きと違ってリズムを考えながら弾く傾向が強いため、あまり自分のペースで弾くという考えを持たない。しかし、今はギター弾きの気分なので自分勝手にペースを作ってしまえと思う。
技巧を凝らしたフレーズを、特別感情を込めて弾くと、パンナも雪山にいるウサギのように可憐な踊りを踊ってくれる。打ち合わせをまったくしていないのに、何故このような踊りができるのか皆目見当がつかない。
この踊りはかわいいからずっと見ていたいという願望にかられる。だから、勝手にパートを増やしてしまった。
さて、そろそろこの曲を締める時だ。私はパンナの目を見て、いくぞ!!という意志を送った。早くやれとばかりに余裕の笑みが返ってくる。まったくかわいくない。
私は渾身の高速三十二ビートを再び弾いた。きっとパーカッションがあればかなり恰好のいい曲に聞こえただろう。
最後の最後までパンナは高速フレーズに付いてきた。
曲が終わると同時に男女関係なく惜しみのない拍手と歓声が轟いた。
さすがのパンナもふらふらになっていたので、椅子と水を持って行ってやった。
「今の踊りは後世にまでかたり伝えられるな」
「ふうふう・・・はぁ・・・ありが・・・ぐびぐび・・・どぅ」
呼吸を整えるのと、水の補給で何を言っているのかよくわからなかったが、お礼を言っているのは何となく分かった。
さて、次で最後だ。族長の許可ももらったことだし、ちょいと準備をしよう。
「最後はとっておきだからな。もう少し休んでいてくれ」
ミレスピーはパンナの肩を一回叩くと、族長の方へと歩いて行った。
パンナは目でミレスピーを追ったが、最後の曲を楽しむ為、言われた通り休む事にした。そして、足腰が立たないくらい踊りきった事にすこぶる満足感を覚えた。
「族長。次で最後の曲にしようと思う。例の物は皆に渡っているか?」
「ああ。もちろんだ。全員ステージに上げるぞ」
ミレスピーは苦笑いを浮かべた。まさか全員とは・・・観客はこの族長とスインダムだけという事か。やはりこの人はスケールが違う。
「ようし!!全員ステージに上がれ!!」
族長のかけ声と共にこの場にいる全員がステージに上がってきた。




