駆け引き
バレエとも民族舞踊ともつかないパンナの踊りは、観客の視線を一身に浴びている。
こうなれば、こっちも負けてはいられない。一瞬だけ、飛び道具を使って盛り上げてやる。
曲の合間を探し、ミレスピーは次の準備に入った。
ミレスピーのスティックのサウンドホールに付けてあるホラ貝は、実は二つある。基本的には同じように音を大きくしてくれる物だが、普段使っていない方は、出せる音が少しだけ小さい。このホラ貝に今鳴らしているホラ貝の音を入れるとどうなるのか?音はキャパシティを越えて歪む。所謂天然のディストーションになるのだ。
パンナの踊りが少し緩くなったところで、切り替えスイッチオン!!
歪んだディストーションの音が周りに響く。
当然、フルジュームの人々はこんな音は聞いた事が無い。きっと私のスティックが壊れたと思った人もいるだろう。
しかし、私がギターソロのように単音で高速フレーズを聞くと、わざとこういう音にしたのだと、皆が分かってくれた。タッピングはこういう高速フレーズに相性がいい。
パンナも最初は驚いてこちらを見たが、私が目で合図すると、意図を組んでくれたようだ。
それでもこのわがままな踊り子は、途中からわざと七拍子にして演奏を難しくさせる。こんなことでへこたれては沽券に関わるので、それに合わせて必死にフレーズを繋ぐ。
踊りと絡み合うように、丁寧にソロを弾く。まるでギタリストになったようだ。
観客は聞いた事もない歪んだ音に興奮して、音楽を聴くというよりも音楽に入って踊っている。そして一部ではうねるように人間の渦ができていた。
見たか。これが一流だ!!と言ってやりたい所だが、小さい男だと言われかねないので、それは心の中にしまっておく。
五分もソロを弾きっぱなしという前代未聞の演奏を終えると、ディストーションを切って、普通の音に戻す。頑張りすぎて指が痛い。
そろそろ一曲目を終わらせる頃だ。
パンナに合図をして、曲を緩やかにして終わらせようとしたが、パンナはそれを無視して舌を出した。
ミレスピーは一瞬こめかみに青筋を出したが、早く終わらせろと言われるよりは五百倍ましだと思い直し、再び演奏に力を入れる。メロディを去年の秋頃に作った石造りの建物の街の曲に代える。
パンナは満足そうな顔をすると、手に長いリボンを握り、そのリボンを靡かせながら踊り始めた。汗が照明で光り、身体が薄く光っているように見える。踊りがあまりに妖艶なので、パンナが曲さながら妖精や精霊の類いに見えてくる。
それにしてもだ。この私がここまでこの小娘に言いなりになっていいのであろうか?いや言い訳がない。しかし、現時点でこの空間の八割はパンナに持っていかれてしまっている。曲を止めたいと言う権利は残念ながら自分にはない。
ふと、目の前の族長が目に入る。彼は腹がよじれるのではないかというくらいに笑っていた。きっと、私の状況が面白くてならないのだ。
こうなれば、曲を切らずに、当初予定していた歌物にしてしまおう。
ミレスピーは、石造りの建物の街の曲をソフトランディングさせると、水の国と言われている都の伝説を元にした曲を奏で始めた。
「すべては天使の贈り物 其は掴めず矢庭に消える 天に還れば地に還る 我らを潤す青き水 大地に滲み入り 扶持する命は万を数える」
曲はスローダウンしたが、それでも魅せる踊りは出来るはず。叙情的な舞があれば、聴衆もこの曲をじっくりと聞いてくれるはずだ。
歌が始まったので、流石のパンナもそれに合わせて踊り始めた。
内心歌を無視して、踊り始めたらどうしようと思っていたが、杞憂に終わって良かった。動揺すると歌詞が飛びやすい。
「淀む事なき水筋は 岩より滲み出る小さき水端を幕開けに 細流の結束は、森や民草を支える大きな芯へと成長し 遥かなる溟渤へと注ぎこむ」
さて、ここで間奏だ。水のうねりと畏敬の念を音で表現しよう。
歌詞を聞いてかどうかは分からないが、パンナは泳いでいるような動きで踊ってくれている。どうやら、こちらを立てる事も出来るようだ。
Bメロに入ろう。
「人には決められない川の流れ 精霊宿りし支流の行く先は 観るもの全てを魅了する 水が形を持つ世界」
ここのフレーズが気に入っている。弾いていて気持ちいい。
「いつも春の暖かさ 凍ることなく固まる水は 形を伴い触れられる 濃い青は硬く 薄い青は柔らかい 幾層もの水を薄く重ね 形作られる水の石」
ふと気付けば、最前列で射殺さんばかりの目でカイティがパンナを観ていた。ライバルの圧倒的な踊りを目にして不機嫌なのだろう。逆に言えば、それだけ今日のパンナのパフォーマンスは圧倒的だという事だ。
「川の周りは水の建物 城も塔も全て水の壁 地面も水で木だけは本物」
本来はここでサビに入るところだが、聴衆はパンナの踊りに夢中だ。そしてあの声援。聴衆が私の歌詞を聞いているのかどうかは定かではない。という訳で、本来は間奏に使う水の世界を表現したパートを、少しずつパターンを変えながら演奏することにする。
ミレスピーはスティックの音を少し大きめにして、間奏を弾き始めた。
パンナは少し不思議そうな顔をしてこちらを見た。本来なら一気にサビパートに入る感じだったので、驚いたのだろう。きちんと歌詞は聞いていたようだ。
薄く笑ったミレスピーを見たパンナは、歌詞を聞いていないだろうとミレスピーが高を括っていた事に気付き、すれ違いざまに軽く蹴りをいれて行った。
族長はそれを見て、これ以上ない程笑って、もんどりうった。
ミレスピーはパンナに目で謝ると、パンナも渋々ながら許してくれた。
機嫌を直したパンナが、水の街の中に入ったように辺りを見回してくれたので、サビに入る事にする。
「水を固め 水に生きる 青に身を包む それが水の守護者」
「永久に 永久に 永久に 見つめる 永久に 永久に 永久に 与えん」
ふむ。我ながらなかなかいいメロディだ。これは弾いていて気持いい。
ミレスピーはサビをもう一度弾くと、間奏の部分を弾き、ようやく曲を終わらせた。全三十分。しかも一曲目だ。なかなか痺れるライブだ。




