表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
歌旅  作者: 黒ツバメ
12/36

オンステージ

 宴は文字通り夜通し続いた。ほぼ休みなしに人や楽器が代わる代わるステージへとなだれ込み、夜を昼に変えんばかりに歌声と演奏、そして男女の激しい踊りが華やぐ。

 ほぼ全員が踊り、歌い、演奏したという頃合いには、スインダムから貰ったパピルスは完全に終わっていた。書ききれない曲も多くあったが、自分の音楽の血肉に変えるには充分な成果だ。

 そして最後は自分が盛り上げなければいけない。

「こっちよ。早く!!」

 なかなか呼びに来ないと思っていたら、パンナが泡を食ったような表情でミレスピーの前に現れた。手帳を片付けている手を強引に引っ張ると、人ごみに突入させられた。

「族長!!連れてきたよ!!」

 ステージを見渡せる特等席に座っているヴィオレルは、満足げな顔をこちらに向けた。今回の祭りの演奏がどれも良かったので、心底嬉しいのだろう。

「で、話しとは何だ?」

「ああ。最後は皆で楽しみたいのだ。それで、相談がある」

 ヴィオレルはミレスピーの提案を聞くと、若干驚いた表情のあとに満面の笑みを作り、その提案を受け入れてくれた。

「うふふ。最後楽しみだね!!」

 パンナも喜んでくれたようだ。


 楽屋という名のゴミ捨て場に戻ると、ミレスピーはスティックの最終調整を済ませ、トレードマークのテンガロンハットを被った。今夜は一段とアルストロメリアが輝いている。きっとこれから演奏される音楽を楽しみにしているのだろう。

「綺麗〜。これ何て花?」

「うん。これは妖精達から友情の証として受け取ったアルストロメリアという花だ」

「ええ!!妖精!?ミレーミニさんって、すごいですね!!」

 目を輝かせて帽子を観ているパンナは、妖精を実際にいるものとして受け取ってくれた。素直でいい娘だが、将来詐欺には引っかからないように祈る。

「では、これで私は外に出る。衣装に着替えたら声をかけてくれ」

「うん!!」

 ミレスピーはテントを出ると、頭の中で演奏のシミュレーションをした。曲は多すぎず少なすぎずという事で、3曲に絞った。

 一曲目はインストで、二曲目は歌ものだ。三曲目は・・・まあ、なんとかなるだろう。

 歌詞を頭で反芻しながら、音を出さずにスティックの弦を弾いていると、テントからパンナが出てきた。

「どう?」

 どうと言われれば、素晴らしく衣装が合っているし、化粧も乗っていて美しいとしか言いようがない。正直、ミレスピー自身、演奏衣装は凝っているつもりだが、トータルバランスでは完敗だと思った。

 花の細かい刺繍が散りばめられた色とりどりの生地が組み合わされた、腰から足首までをカバーする長いフレアスカートの腰には、こちらも花の刺繍のなされている薄く透けたピンクのヒップスカーフが巻かれている。アクセントのチェーンベルトは銀製で、赤や青の石や、丸い硬貨のような物が装飾として揺れている。お腹から胸の下までは肌をさらけ出し、胸と肩を覆うチョリは、肩の部分は薄くバラの刺繍のされたシースルーで、胸の前で布を大きく結んでいるのが特徴だ。こちらもヒップスカートに負けじと色鮮やかな刺繍の生地が組み合わせて作られている。腕には十連のバングルが巻かれ、所かしこに水晶が輝いている。

「衣装は完璧だな。誰よりも似合っている。踊りが加われば、げに美しき舞姫の誕生だ」

「うふふ」

 ミレスピーに褒められ、パンナは気を良くしたようだ。

「さて、ステージに行こうか」

「うん!!」

 二人がステージまで来ると、先程までステージを占領していた楽器が全て片付けられていた。何もないステージに二人で上がる。

 久しく忘れていた興奮の二文字がミレスピーの心を揺さぶる。真っ暗で星が瞬いていた空には仄かに光が入っている。朝方特有の寒々しい風が今は心地よい。この歓声。この空気感。街では決して生まれはしない。

 だいたいにして、アジ演説などはもってのほかだが、巨大な人数の集まるイベントは、体制批判や暴動に発展しやすく、どこの国でも規制ないし、禁止されている。

 だからこそ周りに集まった総勢五百人には膨れ上がった聴衆は、他の地域では絶対に集まらない。

 不思議とステージに上がると、周りがよく見える。パンナのライバルのカイティも最前列で羨むような、睨むような視線を送っている。

「私はミレーミニ・レスピーチェ。旅のジョングルールだ。族長のヴィオレルの計らいで大取をまかされた。私の演奏とパンナの踊りを楽しんでもらいたい。一曲目は、私が海に出て遭難した時、奇跡的に辿り着いた島の人々を表した曲だ」

 まあ、聴き手がどうとるかは分からないが、私はその島で危険人物と思われ、終始島民から逃げ続ける生活をした。曲調が微妙に速いのは、その時の逸る気持を表現した曲だからだ。しかし、恐怖を感じる曲調ではない。なぜなら、最終的には私を受け入れ、大陸へと返してくれたからだ。

 パンナの顔が、いつもの柔らかい表情から、踊りの為の表情へと変わった。

 私のスティックの音は最大音量にセットした。これならここの会場のどこにいても演奏が聞こえるはずだ。

 腰の入れ物から弓を取り出す。アルコで弦を鳴らす。先日張り替えたばかりの馬の尾を張られた弓からは、瑞々しい粒の揃った音が放たれる。

 それに呼応してパンナがゆっくりと踊りだす。

 最初の数分はこのような感じで、島を遠くから眺めた当時の心境を音にする。不安と希望の入り交じったゆったりしたフレーズに合わせて、パンナは手を揺らし、ステージを大きく使って足を走らせる。時折腰をくねらせる妖婉さは、とてもあどけなさの残るパンナと同一人物には見えない。やはり彼女は踊りの神に祝福されている。

 アルコのパートが終わり、弓を素早く腰の入れ物にしまう。指によるタッピングと和音で弾き始めると、次第にパンナの踊りも熱が入ってきた。しかも、ジャンプとステップをわざと細かくして、もっと早く弾けと私を挑発までしてくる。

 こうなると、私とていつまでもゆっくりとしたフレーズを弾いてはいられない。曲の合わせはいらないとはこの事だったのかと舌を巻く。踊っている私に合わせろという強烈な自己顕示欲。こうやって演奏家を試すのだから、踊りに祝福された女神はタチが悪い。

 ミレスピーは丸々ワンパートを削って、踊りがいのある速いフレーズのパートへと一気に移行した。

 これで、微妙な踊りを踊ったら許さん。

 パンナは意地の悪い笑顔を私に向けると、強烈な十六ビートのステップを踏み始めた。私の演奏も、それを追いかけるようにフレーズを速くする。

 長い足を折り曲げ、そしてしならせる。パンナは床に音の波紋を作りながら、ミレスピーの周りを衛星のように回ると、聴衆の方へと向かう。一瞬、立ち止まると、腰を限界まで折り曲げ、風のように滑らかに指先と手を操る。

 全てを包み込む聖母と、情熱で男を焦がす異国の女神の顔を併せ持った、我らがパンナは、踊りと美しい顔の千変万化で、会場の男も女も全てを魅了していく。

 パンナは注目されている事に満足感を覚えた。しかも踊りの音楽はいつも聞いている仲間の音楽ではない、あまり聞き慣れない異国の音楽だ。そして、演奏家は自分の踊りたいように弾きながら曲をアレンジしてくれている。

 こうなると要求の水準を上げて自分の思い通りにしてみたい欲求にかられる。

 パンナは遠慮なしに裏拍にステップを叩き込んで、さらに複雑なリズムで尚かつ速いフレーズを弾かせようとした。

 ミレスピーは作曲した曲から、若干不本意ながらも即興で弾く方向に舵を切った。

 とは言え、ミレスピーもインプロビゼーションは嫌いではない。むしろこんな機会は二度とない可能性の方が高い。

 そんな我々の駆け引きが聴衆にも分かったのか、誰かが叫び声のような声援をした。すると堰を切ったかのように怒号のような野太い声と、手拍子が乱れ飛んだ。

 驚いたことに全ての聴衆が複雑なリズムに完全に付いてきている。

 数百人からの手拍子と声援でパンナが燃えないはずがない。もっと盛り上がれと言わんばかりに観客に向かって両手を上げて煽った。

 遠く離れたキキヌンにも届きそうな観客の声援とザガリートが、天から降ってきたようにミレスピーに降り注ぐ。

 ミレスピーも声にかき消されないように、一心不乱に弦をかき鳴らす。

 パンナは、ミレスピーのラスゲアードに負けまいと、分身でも見えそうな回転をしながら、同時に手を伸ばしたり縮ませたりした。

 ここまでの高速回転は観客も観た事がなかったのだろう。周りの聴衆の興奮度が高まり、聴衆がステージに乗り込まんばかりに身を乗り出してきた。その気持はよく分かる。自分も弾きながらジャンプなどしたいくらいに高揚してきたからだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ