祭りも中盤に
「ふむ。ここの族長から、かなりいいものが観られるとは聞いていたが、予想以上だ」
ハンカチで額を拭きながらスインダムは声を絞り出した。演奏に圧倒されて、実際に疲れてしまったのだろう。
「確かに。私も持ってきた羊皮紙を半分使ってしまった」
お互いに笑ったあと、パンナが運んで来てくれた食事をいただく。白くて平べったいパンが羊の肉によく合いとても美味しい。肉汁が舌に広がる。羊の肉も新鮮だ。
周りの観客の声が多少大きくなったような気がする。首をもたげると、なるほど人がステージ周りに溢れている。
「なんだか客が増えてないか?」
ミレスピーはそう言いながらパンを口に運ぶ。うん。やはりこれは相当にいける。
「ここの人々にはあまり開始時間は関係ない。だいたい間に合えばいいのだ。だから、他の集落の人々も時間通りには来ないのだろうさ。最終的にはここの野原一杯になるらしいぞ」
こんな陽気で、音楽に熱心な人々を押しのけて私とパンナが大取でよいのだろうか?とも思うが、最後は皆を絶対に驚かせてやるという自信もある。ミレスピーは徐々に熱気を増すこの空気に幸せを感じた。
ステージにはバイオリン、バンドネオン、アップライト、パーカッションという編成のバンドが組まれ、年配の女性歌手がステージの真ん中に立った。
火照った聴衆を沈めるように、情熱的でありながら押し殺したボーカルが響く。年期の入った少し低めの声は、叙情的な曲の雰囲気を高める。バンドネオンとギターが交互に曲の要所要所を締めている。それぞれの楽器が立っているので声もよく通る。全てが計算されていて、音楽としてのトータル感は相当なものだ。
女性歌手は顔をくしゃくしゃにしながら、少し物悲しい歌詞に合わせて手を上げた。そして、観客に拍手を要求する。観客は歌に魅了されながらも、そのパフォーマンスに触発され、一緒に歌詞を口ずさむ。
私も含めてこの場は彼女の声に魅了されている。音楽とは一体感だと、これを見れば一目瞭然だ。
ミレスピーは音が耳を通る度に、勝手に動き楽譜をしたためていた手を止めた。
目をステージに送れば、楽器がソロパートをそれぞれ回して観客を楽しませている。
残念なことに、私の羊皮紙がここで終わりを告げてしまったのだ。この先はスインダムのパピルスに記載する事にする。
奇跡的にパピルスを用意している間に、このステージは終わった。いつの間にか増えた客からの拍手も合わせ、聞いた事のない音量の拍手と声援を聞いた。
演奏者達がゆっくりとステージを降りて行くのが見える。後から来た人々が、ステージを見ようとどんどん前へと詰めかけて来る。あれよあれよといううちに私とスインダムの周りは人の生垣が出来ていた。
これでは、演奏が見にくくて仕方がない。
スインダムとどうしたものかという顔を合わせていると、私の周りの人々から巨大な歓声が上がった。
歓声で聞き取りにくかったが、スインダムによると、丁度違う集落の音楽家がステージに立ったのだろうとの事だ。
そういえば、演奏会といえば同じ演奏家がひとしきり演奏して終わりだが、こういう雑多な感じの音楽会も悪くない。貴族が金に物を言わせて様々な音楽家に演奏させるのとは全く違う、自主的に仲間を集めて開く音楽会という形態も一度は企画してみても面白い。
そんな事を思っていると、人をかき分けてパンナがやってきた。息も絶え絶えで、歯を食いしばっている所をみると、今の今まで踊っていたのだろう。
「おいおい。本番は大丈夫か?」
「私を誰だと思っているのよ?そこまでにはキチンと体調を整えるわ」
「そうか。それなら安心だ」
あっさりと信用してくれたのが意外だったのか、パンナはぱくぱくと口を動かしたが、その口からは言葉は発せられなかった。
それにしてもパンナの汗がまったく止まらない。パンナが服の袖で額を拭おうとしたので、その手を掴んで止め、少し大きめのハンカチで顔全体を拭いてやる。
パンナは顔を真っ赤にして「子供じゃない!!」と抗議してきたが、汗を袖で拭こうとした奴がそんな事を言っても、説得力はあまりない。
「だったら自前でハンカチくらい用意しておけ」
「うう・・・でも、今日はお母さんがハンカチの用意を・・・」
あまり責めてもかわいそうだ。
「これをやる。激しい練習するならこれくらい厚手のものを持っていた方がいいぞ」
ミレスピーはステージ用のセーム革をパンナに渡した。
「え・・・こんなに柔らかいのがあるの?」
「ああ。特別製だ。大事に使ってくれ」
しばし、セーム革を見ながら感触を楽しんでいたパンナは、汗を拭くと、満面の笑みでセーム革をポケットに入れた。
「ありがと!!大事に使うわ」
パンナはミレスピーの隣に座ると、自分の前にいた子供を強引にどかして、三人がステージが観られるようにした。
「ここからは、遠方から集まってくれた他の集落の人々の出番よ。ストリングスで揃えた楽団もあるわよ」
「それは楽しみだな。それで私達はいつスタンバイすればいい?少しは曲を合わせるか?」
「大丈夫。さっき余分な雑音を全て排除するために、私なりの精神統一をしてきたからどんな音楽にも合わせる用意はあるわ」
「そうか。ならば演奏する前に一度族長と話させてくれ」
「うん。わかった。じゃ、いつ行けばいいのか聞いてくるね!!」
そう言うと、先程どかした子供をさらに押しのけて、パンナは人ごみへと消えていった。子供はパンナに何か悪態をついたが、周りの声にかき消された。
「ふふ。元気な娘だな」
「まったく。でも、踊りは一級品だ。楽しみにしておいてくれ」
「ほう?君が言うのだから、それはすごいのだろうな」
さすがに疲れがたまり、目を手の甲でごしごしこすりながら、しょぼついた目でスインダムがこちらを見る。
「ああ。すごい。あれ以上の素材はなかなかお目にかかれない」
スインダムは信じられないという顔をして、無言で頷いた。




