高速ブラスと太鼓たたきのカイティ
次の演奏者がステージに上がるのを見ながらスインダムは「で、ここの曲は他と違うのかい?」となんとなしに聞いてきた。
「ああ。かなり違う。リズムもメロディもかなり独特だ。曲に合わせてパーカッションをどう叩くのかを聴いてみたい」
「色々な検証の仕方があるものだな」
スインダムは音楽の理論は門外漢なので、後は純粋に楽しむ事にした。
次の演奏者は二人組のギター弾きだった。演奏が始まってみれば、二重奏の素晴らしい曲だった。それぞれのギターがメロディとカッティングを交互に行いながら、まるでこの民族の歴史を見ているような音楽が展開する。この曲に歌詞をつけて歌にしてもいい曲になること請け合いだ。
二つのメロディを同時に譜面におこすのは骨が折れたが、速いパートと遅いパートがはっきりしていたので、途中からはなんとかなった。遅いパートのそこはかとなく物悲しい、人生の悲哀が詰まったようなメロディは、きっとフルジュームの人々の普段の心を映しているのだろう。秀逸な曲だった。
彼らも持ち曲を五曲も披露したので、時間にして一時間以上は演奏していたように思える。曲の展開の基礎部分は同じような構成だったので、ミレスピーは、最後の三曲は譜面におこす作業はせず、純粋に演奏を楽しんだ。
「どう?楽しんでいる?」
大所帯のブラスバンドがセッティングを開始した頃合いを見計らって、パンナが羊の肉を薄く切り取ったものを薄生地のパンに挟んだ料理と、ワインを持ってやってきた。
「ああ。こんな素晴らしい祭りに参加させてもらって、感謝の極みだ。フルジュームの人々の血を感じる曲が多いな」
「本当?!次の高速ブラスも無茶苦茶恰好いいよ!!」
料理と飲み物をミレスピーとスインダムに渡すと、パンナは大粒の汗をハンカチで拭いながら、ミレスピーの隣に座った。伝わって来る身体の体温の高さからすると、今までずっと踊っていたのだろう。
パンナの上気した顔は、希望に満ち溢れた若葉を想起させる顔で、ミレスピーは自分もここまでまっすぐではなくとも、自分の音楽を信じて進もうと思わずにはいられなかった。そして、自分よりも若い娘にも教わることもあるものだとも思った。
ステージに目をやると、十名以上の男性と女性が上がっていた。
基本は、男性は楽器で、女性は踊りという編成だが、パーカッションとクラリネットが女性奏者だった。 それにしてもパーカッションが女性とは面白い。
私がパーカッションの女性を見ているのに気付いたのか、パンナが少し機嫌悪そうに「あいつは、去年からああして太鼓を叩いたり、パーカッションを叩いたりしているの。先代のモネルさんにはまだまだ及ばないけどね」と説明してくれた。
なるほど。ちょうどパンナと同い年くらいだ。楽器と踊りという違いはあれども、きっとライバルのような存在なのだろう。顔もパンナに比べると多少きつそうな感じだが、相当な美人になりそうな感じだ。
パーカッションの位置を入念に直している彼女をもう一度見ると「カイティよりも私の方が美人よ!!」とパンナの若干怒りのこもった声が聞こえてきた。
「じゃあ、私は音楽に耳を傾けて、全力でこの羊皮紙にメロディを書き留めることにする。それでいいか?」
「カイティ以外は一流だから、そこはちゃんと見て」
なんとも微笑ましい提案だが、ここでパンナとは手打ちだ。最後に踊るまでに彼女を怒らせては、いいパフォーマンスはできない。
「では、そうさせてもらう」
パンナもそれ以上は何も言わなかった。
どのみち少し聞いたら、楽譜を作るのに手一杯になるので、カイティどころではなくなるはずだ。
ステージを見れば、トランペット、アルトサクソフォン、バリトンサックス、クラリネットにテューバやテノールホルンなど錚々たる楽器が演奏に備えて待ち構えている。
突然バリトンの男性がゆっくりとしたメロディを奏で始めた。それに合わせてそれぞれ二名ずつのテューバとテノールホルンが低音部分を絶妙に埋める。すると、今度はメロディをトランペットの奏者が吹き始める。ゆっくりとしたスタートではあった。カイティはまだ何もせずに待機している。
するといつの間にかスイッチが入ったかのように、演奏が速くなった。
テンポ八十の十六分音符の音が連なり、二連のボンゴも小気味よく音を入れてくる。
観客もがよめき、腕を上げ、リズムに合わせてジャンプをする者、音楽に合わせて首を上下に振りながら音楽に入り込む者もいた。皆、共通するのは笑顔で心の底から楽しんでいることだ。
全身に鳥肌がたつのは久しぶりだ。メロディといい、奏者から発せられるエナジーといい、最早言う事はない。これが音楽だ。
トランペットとバリトンサックスは、止めどなく流れる渓流瀑の水のごとく音を蜿々と紡ぎ、一瞬の火球の煌めきと空間のインフレーションが脳内で起こったかのように、私のインスピレーションを刺激した。
しばらくは聴くに任せていたが、パンナのライバルの太鼓の音が入ってきた所で、少し現実に戻り、必死に羊皮紙にペンを走らせた。
主要パートの起こしを必死に終わらせると、隣のパンナは音楽に合わせて、いても立ってもいられないというように、座りながら足をステップさせていた。きっと血が騒ぐのだろう。
スインダムも高速フレーズに唸りながら聴き入っている。
私もこの先は音楽を純粋に楽しむ為、聴く方に集中だ。
めくるめくばかりの音の洪水を身体で感じると、意識はどこかに追いやられ、すべての感覚が音を純粋に求めて来る。パンナの足音すら心地いいリズムに吸収され、いいスパイスになる。
あっという間に時間は過ぎ去り、このブラスバンドはステージを降りた。野暮な事を言って時間にすると、二時間は演奏していただろう。
踊り子も疲労困憊といった感じだ。もう足腰は立たないはずだ。
観客の声援を聞きながら、パンナは少しくやしそうな目をステージに送っていたが、またどこかへと行ってしまった。きっと踊りの練習に行ったのだろう。この負けん気の強さがあれば、彼女の踊りは間違いなく進化する。




